宇宙のはて

香久山 ゆみ

宇宙のはて

「宇宙の端っこってどうなってると思う?」

 下校途上でカズヤが言う。最近「宇宙にはまってる」んだそうで、そんな話ばっかりだ。

 宇宙は膨張してるっていわれててさ、膨らむってことは無限じゃないってことだろ。けど宇宙のどの位置から360度見回しても、やっぱりここから見るのと同じような景色が広がるっていう。宇宙は球体をしているって説もあって、そんならその外側って何なの? ……。

 口を挟む隙もなく、カズヤはひとり熱弁している。マニアのカズヤに分からないことが、ユマに分かるはずもない。「な、どう思う?」カズヤに訊かれて、ユマはようやく返事する。

「そんなの実際に行ってみないと分からないよ」

「行けるわけない。宇宙の果てって、光の速さで行っても138億年かかるんだぞ」

 カズヤはまたとうとうと語りだす。いかに宇宙が広く遠いか。

 けれど、ユマには宇宙を探索しに行く当てがあるのだ。

 その夜、ユマはひとり竹林に立った。

 一面の竹はほのかに緑に発光しており辺りは薄明るい。きょろきょろ見渡すと、一本の竹が一際明るい光を放っている。その竹からひょっこり小さな影が顔を出す。

「カグ!」

「ユマちゃん!」

 ユマが駆け寄る。影も飛び出してくる。

「うれしい。会いに来てくれたんだね」

 ふたりはひしと抱きしめ合う。カグは変わらず小さくてふわふわの温かい毛並みでお日様のにおいがする。ク~ンとカグもユマのにおいを嗅ぐ。カグは小型犬でユマの妹だ。

「今日はカグと遠くまで散歩に行こうと思って。冒険だよ」

 ユマは、カグに昼間の話をした。一緒に宇宙の端っこを探しに行こうと。

「ええー、なんでそんなこと知りたいの。意味分かんない。どうでもいいよー」

 カグがふんと鼻息を吐く。

「けど、ユマちゃんと一緒ならおもしろそう」

 カグはにこっと笑って、しっぽをブンブン振った。そう言ってくれると思った。前にふたりで虹の足を探しに行ったことだってあるのだ。今回はふたりで宇宙旅行へ出発だ。

「でもどうやって行こう?」

 ユマが腕組みすると、カグが言う。

「ロケットで行こう。ユマちゃんついてきて」

 カグの後について光る竹を上っていくと、月に着いた。「こっちこっち」、案内された場所にそれは停まっていた。

「えー、これロケットじゃないじゃん」

 そこにあったのは赤い自動車。家族でドライブする時にいつも乗る、ユマん家の車だ。

「大丈夫。乗って」

「えっ。カグが運転するの?」

 カグが運転席に、ユマが助手席に乗り込む。シートベルトをすると、カグが肉球でハンドルを握りアクセルを踏む。ミニチュアダックスの短い足なのにカグはすごいなあ、ユマが感心してる間に車ロケットは出発した。砂塵を巻き上げふわりと浮かんだ車はそのまま宇宙空間を進む。

 宇宙は想像していたよりも明るく賑やかだ。数多の星が色とりどりに光っている。

 眼下に赤い星が見える。カグが案内する。

「火星だよ」

「火星人っているのかなあ。……あっ! お弁当に持ってきたタコさんウインナーを落っことしちゃった」

「えっ、お弁当! ササミある?」

「チーズもあるよ」

 カグの好物をたくさん持ってきたんだ。車を自動操縦にして、カグはぱくぱく食べた。相変わらず食いしん坊なんだから!

 その間も車は進む。

「わ。あの星、周りに輪っかがある」

 ユマが声を上げる。巨大な球の周囲にまるで浮き輪をつけているみたいな輪が見える。

「土星だね」

「あの輪をすべり台みたいに滑ってみたい」

「ダメダメ。危ないから近寄れないよ。あの輪は氷や岩石の粒で出来ているから、ぶつかったら大事故になっちゃう」

 そう言ってカグは真っ直ぐ車を走らせる。もうずいぶん長い時間走り続けているけれど、まだまだ見渡す限り漆黒の宇宙に浮かぶ星々という景色が続く。果ては見えない。

「ねえユマちゃん。行ってみたい所ある?」

「あ。小惑星B612号に行ってみたい!」

 ユマが最近読んだ本に載っていたのだ。けれどカグは残念そうに答えた。

「ここから逆方向だ」

 今から方向転換して行くには遠過ぎる。

「けど、すごくかわいい星だったよ」

「カグ、行ったことあるの?!」

「うん。赤い薔薇が咲いていてとってもきれいだった。ユマちゃんに持っていってあげたかったけど、星にはそのたった一本きりしかなかったから摘むのをやめたの。ユマちゃん、いつか一緒に見に行こうね」

「うん!」

 また会う約束に、ユマは元気よく返事した。カグも楽しそうにしっぽを振る。

 車は流れ星のふるさとを抜ける。キラキラ絶景だったけど、たくさんの星を避けて通るのに右へ左へガクンガクン大変だった。

 そこを抜けると、急に辺りがしんと静まり返ったように感じる。近くに見える星の数が少し減ったせいかもしれない。

「なにあれ」

 ロケットのようなものがすーっと宇宙空間を進んでいる。ハンドルを切って近づく。チカチカ光って見えたのは、ロケットに引っかかった金属板のようだ。ユマは窓から腕を伸ばして金属板を取った。金属板には裸の男の人と女の人の絵が描かれていた。

「なんじゃこりゃ?」

「ずいぶん昔に地球から飛ばされた探査機だね。その板は、もしも宇宙人が拾った時に、地球にはこんな生命体がいますよって知らせるためのものだよ」

 カグが説明する。ユマは少し考えて、鞄からペンを取り出した。キュッキュ。助手席でユマが黙々と金属板に何か書き込んでいる。

「ユマちゃん、ダメだよ。落書きしちゃあ」

 止めると、ユマは金属板をカグに向けた。そこには人間の男女の横に小さな犬の絵が描かれていた。

「地球にはもっとたくさんの生命体がいるもの」

 ユマは悪びれずに言う。カグの似顔絵は得意なのだ、上手に描けた。

「もう、ユマちゃんたら! ……カグ、その金属板を記念に欲しいな」

「ふふ、ダメだよ」

 ユマは金属板を探査機に戻した。探査機はまたすーっとどこまでも航行を続ける。

「あの探査機が、人間が調査したもっとも遠い宇宙だよ」

 それ以上先は人類は誰も到達したことのない、未知の領域なのだ。どこまでも景色は変わらない。宇宙の漆黒がなんだか不気味に見えてきた。

「……もう、引き返そうか」

 不安になったユマが言う。ずいぶん遠くに来たけれど、一向に果ては見えそうにない。

「そうだね」

 カグのしっぽもくるんと丸まっている。

 帰ろうと言ったものの、車は全然動かない。

「どうしたの?」

 カグを見ると、上目遣いでじっとユマを見つめている。はっ。ユマは嫌~な予感がする。いっつもそうだった。お散歩の時、カグはいつでもご機嫌で新しい道を進んでいく。けれど、いざ家路に着こうとすると道が分からずに、可愛い顔でユマを見上げるのだ。迷子だ!

「確か、こっちから来たと思うけど」

 そう言うものの、宇宙の景色はどこも同じで全然自信はない。でも、とにかく行くしかない。ぐんぐん宇宙空間を進んでいく。さっき通ったような、通ってないような。

「あ! しまった!」

 運転席のカグが悲鳴を上げる。アクセルをベタ踏みするも車は前に進まない。それどころか何かに引っ張られるように後退していく。ユマも後ろを振り返る。宇宙空間よりもさらに暗い、大きな暗黒の穴が口を開けている。

「あ~~~」

 赤い車はブラックホールに吸い込まれた。ユマはカグを抱きしめた。カグもユマを。ぎゅうっと抱きあったまま、次第に目の前は真っ黒になった。

 ……おーい、おーい……

 誰かの呼ぶ声で目を開く。白い天井が見える。

「ユマ! いつまで寝てるの、遅刻するわよ。カズヤくんもう迎えに来てるわよ」

 朝の光が射す窓の外から、「おーい」とカズヤの呼ぶ声が聞こえる。ユマは慌てて準備をしてランドセルを背負って家を飛び出す。

「おはよう」

「おそよう」

 カズヤが憎まれ口を叩く。カグが生きていた頃は、毎朝カグがユマの布団に入ってきて起こしてくれていたのだが、いなくなってからはユマは寝坊ばかり。見兼ねたカズヤが毎朝誘いに来てくれる。

「ね、カズヤ。宇宙って本当に広いね。でも私、宇宙よりもっと広いもの知ってるよ」

「何それ」

「ヒミツ!」

 ユマは、宇宙ドライブの時にカグが言ったことを思い出していた。

「ねえユマちゃん。宇宙は無限くらい大きいけれど、無限よりももっと大きなものがあるよ。――ユマちゃんの心の中。無限の外側まで想像するんだもん」

 だから遠く離れていたっていつでも会えるんだね、と大好きな妹は笑った。

「遅刻だ!」

 二つのランドセルは学校を目指して駆け出した。澄んだ青空がどこまでも広がる。

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