頼光一家の土蜘蛛退治!?

クワノフ・クワノビッチ

頼光一家の土蜘蛛退治!?

 源 頼光みなもとのよりみつの名を知っているだろうか。

 頼光! と言うよりは、 どちらかと言うと頼光らいこう様 と呼んだ方が ピンとくるかも知れない。

 鎌倉時代を切り開いた源頼朝よりも二百年程前に活躍した実在の人物で、父親で摂津の国司になっていた源満仲みつなかに従い、 受領ずりょうクラスの中級貴族ライフを歩んだ人なのだ。

 もともと源氏というのは、歴代の天皇の沢山生まれた子供達を、皇族ではなく臣下扱いにする為に与えられた姓である。そこで時代と共に源氏を称する人々も増え、いつの間にか官職にも付けなくなったため、武芸を磨き軍人貴族になる者や、地方に出て豪族になる者も出始めた。

 中でもとりわけ、摂津国に拠点を持った源満仲・頼光 親子は、時の権力者である藤原兼家や道長らと上手く付き合い、官人としても成功したので、長い武士の歴史のいしずえのように語られている。

 そのせいだろうか、伝説や説話の中では頼光はまるで英雄ヒーローのように扱われているのだ。

 例えば『 御伽草子おとぎぞうし 』の中では、大江山に住む、鬼・酒呑童子しゅてんどうじ一党を、優秀な部下達(いわゆる四天王と呼ばれる家来達)と共に討伐する。

 また、能の演目の中にも、頼光の武勇伝を描いた『土蜘蛛つちぐも』という作品があるが、これは病に罹って苦しむ頼光が、夢に現れた怪しい僧の姿をした"蜘蛛の精"と闘うが逃げられ、その後、頼光の異変に気付いた部下の"独武者ひとりむしゃ"が現場に残された血痕を辿って土蜘蛛の巣を見つけ、それを退治する話だ。

 だが、実際の頼光は、武士というよりは、要領の良い"すぐれ者"だった。

 後一条天皇の時代には昇殿も許され、次々と受領を歴任して、かなり富を蓄えていたようだ。 

 また、頼光様には個性的な腹違いの弟達がいた。

 上の弟である頼親よりちかは、大和国やまとのくにで勢力を伸ばし、そしてその下の弟・頼信よりのぶ河内国かわちのくにに居着いて、後の源頼朝らの先祖になったのである。

 ちなみに、この二人は、頼光よりは武士らしい活動を行った。

 頼信は赴任先の東国で豪族らの闘争に巻き込まれ、荒々しい洗礼を受け、頼親は、大和の国の既成勢力と競うことに必死だったようである。

 大和とは、今で言う奈良県で、そこで既に春日大社、興福寺、東大寺等が所領を持っていたからだ。

 当然、新参者の頼親は面白くなかったのか、かなり派手な騒ぎを起こしている。

 興福寺との対立では、従者が僧房に放火騒ぎを起こしたり、同じく旧大和守だった藤原保昌やすまさ(頼親の母方の伯父)に対しては、従者同士が、京の町中で白昼堂々と殺人事件まで引き起こした。

 それでも頼親も道長に仕えていたお蔭で、何とか御目溢しおめこぼししてもらえたようだ。

 だが、いくら何でもやり過ぎたのだろう。

 息子である頼房が興福寺との間で戦を行い、僧徒を多数殺害した為、とうとう頼親は土佐国へ、頼房は隠岐に配流はいる(流刑)されたのだった。

 仏教的な考え方が主流だった時代に、物騒な事件を多く起こした頼親は、当時としてはサイコパスな人物だったのではなかろうか。


 まだ残暑が厳しい初秋の頃の話である。

 源頼光に仕える侍女の"胡蝶こちょう"は、このところおこりに罹って高熱に苦しむ頼光の世話をしていた。

 ちなみに瘧とは、熱病の一種で、高熱が出て意識が朦朧とする厄介な病で、一説にはマラリアではないかと言われている。

 道長のお蔭か、朝廷でも顔が利くようになっている頼光は、典薬寮てんやくりょう(宮中の医療・調薬を担当する部署)から薬を取り寄せて服しているが、なかなか快復する様子はなかった。

 近頃では食欲もない。

 そこでせめて、水気のものだけでも飲んでもらおうと胡蝶は苦心している。

 胡蝶は、年の頃なら十七、八歳ぐらいで、小柄で素朴な可愛い娘だった。

 そして今も頼光の為に用意した"甘露水スペシャルドリンク"を差し入れる為に回廊を急いでいる。

 頼光の病気が良くならないことは心配だったが、それでも胡蝶にとっては、ちょっと弱気になった頼光の世話ができることは、実はとても嬉しかったのである。

 それに、近頃では都の作法にも慣れ、扇で上手く顔を隠しながら捧げ物を運べるようになってきた。そんなことも純粋に嬉しい。

 胡蝶は、都で上級貴族の侍女をしている伯母を頼って大和国から出て来たが、田舎育ちなので礼儀作法は苦手だった。

 大和国といっても、葛城かつらぎと呼ばれる山間部で、とても田舎なのだ。

 そこで、あわよくば都の良家で侍女の職を得るか、あるいは身分の高い御曹子に見初められ、そのままの座を手に入れるか、……そんな夢を抱いて上京したのである。

 そして頼光様は、胡蝶にとっては憧れのそのものなのだ。

 確かに軍人貴族として名を馳せる源頼光の邸には、有象無象の怪しい輩が出入りしている。だが、頼光にはそんな恐ろしさは全くない。むしろとても洗礼されていて優雅に見える。

 やがて頼光の部屋の前に辿り着くと、一人の男が立ちはだかり、胡蝶の腕をグッと掴んだ。

「ひやっ!」

 驚きのあまり、胡蝶は手に握っていた顔隠しの扇を落としてしまった。

「そちは、今日もご機嫌じゃな」

 胡蝶の進路妨害をしたのは、頼光の異母弟である頼親である。病に伏して無防備になっている頼光を警固をしているのだ。

「つい先程、薬湯を持って参ったばかりではないか、何故、再びここに居る! 」

 頼親は、頼光より背が高くガッシリしていて、いかにもという感じがする若者だった。

 年令は頼光より一回り以上離れているので、見方によっては子供っぽく見える。

「やい、蜘蛛子ちちゅこよ! ……さては我に会いに来たのか? 」

 年が近いせいか、頼親は胡蝶にやたらと絡んできた。

「……何をおっしゃるかと思えば、次郎様、御冗談は休み休みにおっしゃいませ! それに何度も申し上げておりますように、私の名は"胡蝶こちょう"であって"蜘蛛ちちゅ"ではありませんぞ」

 頼親にとっては、この小柄で丸顔のをからかうことが、ちょっとした楽しみになっているようだ。

 だが、胡蝶は不躾な頼親のことがちょっと苦手だった。それでも近親者の頼親が頼光の部屋前で警固しているのでどうしても避けられない。

「……あるじ様に甘露水かんろすいをお持ちしたのです。熱のせいで何もお食べになっていないようなので」

「甘露水とな? 」

「私の住んでおりましたさとでは、秋も深まった頃にくずを集めて甘葛あまずら(蔦の枝からとれる液体を固めた甘味料)を作ります。それを大切に夏まで取っておき、冷たい水に加えると"甘い水"ができあがるので、……」

 胡蝶が真面目に説明していると、

「どれどれ、それほど甘い水など作れるものなのか? 」

 そう言いながら、胡蝶の水筒を取り上げてしまった。

「何をなさいますか? 主様の為に用意したものですぞ! 」

 と、言ってはみたが、頼親は気にすることなく、グビリと水を飲み干してしまう。

「うびぃ、……毒ではなかったようじゃな」

 そう言うと、頼親はニッコリ笑った。

『こいつ! ……に笑いやがって』

 胡蝶は、こんな風に妨害行為にあった時には、ストレス解消の為、心の中で暴言を吐くのである。

 もちろん規則正しく持ち込む薬湯には、こんな無体なことはしないが、胡蝶が私的な用で頼光の処へ行こうとすると、頼親は邪魔するのだ。


『頼親って、……本当に邪魔だわ! 』

 胡蝶は忌々しくてしょうがない。

 源氏の家長としての頼光様には興味があっても、他の兄弟はどうでも良かった。

 頼親は単純で、空気の読めない武骨な男だし、その二歳下の弟である頼信にいたっては大人しくて物足りないからだ。

 ……もし可能ならば、何番目の妻でもいい! 頼光様に見初められたい!

 そんな不謹慎なことさえ思っていた。

 だが、そんな打算的な考えも、最近、揺るぎ始めている。

『……腹立つわぁ! 』

 心の中でそう叫んでいても、顔が何故だかニヤニヤ笑ってしまうのだ。

『もしかして、頼親の奴、私のこと好きなんじゃねぇ? 』

 最近では、薬の時でも頼親がちょっかいを出してくるし、差し入れしようものなら完全に頼親に食われてしまう。

 そんな無体な行動に、何となく頼親のが透けて見えるようで、何とも言えない気持ちになっているからだ。

 それでも、薬が効いたせいか、あるいは頼光の自然治癒力が強力だったせいか、最近、頼光は健康を取り戻しつつあった。

 それは胡蝶にとっても喜ばしいことであるはずなのに、何故か素直に喜べない。なぜなら頼光が快癒したら、いよいよ内向きの仕事だけになって、接点が無くなってしまうからだ。

 このままでは、夢の都暮らしなど絶対に不可能になる。

 そこで胡蝶は思い切った賭けに出ることにした。


 今日の胡蝶は久しぶりに薬ではなく差し入れを持っている。

 すると、いつものように頼親が現われた。

『ふふ、……出たな! 』

 胡蝶は思わずほくそ笑んだ。

「そちも懲りんな、兄上の差し入れは我の物じゃ」

「そうおっしゃるかと思い、今日は次郎様の為に持って参りました」

「……まことか?」

 心なしか、頼親は嬉しそうである。

「いつもご苦労様です。主様も随分良くなられましたことですし、たまにはゆるりとして下さいませ」

 そう言うと、胡蝶は運んできた御台みだい(食物を載せる御膳)を頼親の前に置いた。

 そこには、漆で美しく塗られた黒い瓢箪ひょうたんと揃いの盃が載せられている。

も、……いや、も随分、大胆になったな! 初めて会った頃には、顔を見せるのも嫌がっておったのに」

 何故か、頼親が言葉を改めた。

『プップップッ』

 もちろん、胡蝶は心の中で笑っている。

「これは、我が郷に伝わる秘酒でございますよ! さぁさぁ、お召し上がりくださいませ」

 頼親が盃を持ち上げると、胡蝶はかさず酒を注いだ。

 そして勧められるままに、グビリと飲む。

「うっ、げっ、……何じゃこれは? 」

「うふふ、美味びみでございましょう? 」

「ううっ、……刺激的な味じゃな! 」

「深山で育った"山葡萄やまぶどう"をふんだんに使っておりますので」

「道理で酸っぱいわけじゃ」

「いえ、……それは何と申しましょうか、長い年月をかけて育まれた証でして」

 そう言うと、胡蝶はクスリと笑った。

 どうやら頼親の表情を見ていると、酒の保存が悪くて酸化が進み、酢のような味になっているようだ。

「いや、その、もう充分じゃ、……そなたのだけ貰っておこう」

 さすがの頼親も音を上げた。

「あら、次郎様、もう酔われましたか、意外と弱いのですね」

 ちょっと意地悪に言ってみる。

「我が郷では、この酒は立派な成人男性のですよ! これを飲み干せぬようでは、妻など娶れませんぞ」

 今度は偉そうに言ってみた。

「はぁ? こんなもので嫁取りできるのか」

「まぁ、……はい」何となく生返事する。

「ならば、そなたもか? 」

「はい? 何とおっしゃいましたか」

「ならば、飲み干すぞ! 」

 そう言うと、頼親は瓢箪の中の酒を飲み干してしまった。

 胡蝶としては、あくまで妨害を止めさせるつもりで仕掛けたことだったが、結果的には運命が変わる切っ掛けを作ってしまったのである。


 その日の後、頼親から正式に"胡蝶を妻にしたい"という申し入れがあったのだが、意外な展開の速さに胡蝶自身も驚き、どうしたら良いかが判らず途方に暮れてしまった。

 例えば、頼親は長男ではないから、いざとなると胡蝶側が婿として迎い入れなければならない。

 しかしどう考えても、都人の頼親が、大和の草深い田舎に棲む胡蝶の一族の婿になるとは思えないからだ。

 そこで一つ条件を出した。それは曽祖父そうそふである郷長さとおさに直接会ってことである。

「大和のいにしえの一族である"葛城"の郷長なら、そう簡単に許さないだろう。……それに、辺鄙へんぴな所に隠れておられるので、会えないかもしれない! 」

 そんな妙な運試しも兼ね、胡蝶は頼親を送り出したのである。


 その年の秋も深まった頃のことだ。

 大和国葛城山の奥深く、険しい道を急ぐ三人の男達がいた。

 一人は二十歳そこそこの若者で、もう一人は三十路程の落ち着いた男、そして二人の後ろには頼親がいる。

 頼親達は、どんどん急になっていく坂道を息を切らしながら登って行く。

 郷人の話では、郷長は既に出家した身なので、山奥ので隠遁生活を送っているとのことだ。

 やがて山頂近くにやしろらしき建物が見えてきた。

「おう、若様、あれがそうではありませんか? 」

 三十路男が言う。

「やれやれ、やっと見つかりましたか、……あまりの山深さに、郷人にたばかられたかと思いましたぞ」

 そう言いながら、若者が額の汗を拭った。

「いよいよ、郷長殿にお会いできるな、……用を済ませて、都に戻るぞ! 」

 頼親は、まだ余裕があるのか声が元気だ。

 休みも取らずに進む頼親に、二人の従者はちょっと困ったように顔を見合わせた。


 だが、やっと辿り着いたのに、社には誰もいなかった。

 そこには、人が住んでいる気配さえもないのだ。

 そこで、その辺りに"洞"がないか探していると、社の裏の岩壁に一か所だけ不自然なほど蔦が絡まった岩の割れ目が見つかった。

 まさか、こんな狭い岩穴に住むなんて? と首をかしげていると、

「はて、あの胡蝶の身内のことじゃ、小さく丸くなって狭い所に入っておるのかもしれん」

 そんな風に頼親が真顔で言う。

 その言葉に、従者達は必死に笑うのを堪えた。

 だが、穴に向かって呼び掛けてみたが、何の反応もない。

 そこで、出かけているのか、それとも隠れているのか、社の側に隠れて観察することにした。

 都人である頼親は、自分達の来訪が分かるようにと、都で考えた和歌を穴の側の蔦に結び付ける。それが風に揺られてぬさのように見えた。

「雅でございますな! 」

 三十路の男に褒められて、頼親は嬉しそうである。


 日が西に傾き始めた頃、穴から何かが出てくるのが見えた。

 それは小さく丸く、それでいて手足が長い老人で、まるで蜘蛛のように見える。

 やがて老人は頼親の歌に気付き、それを手に取った。

 社の陰に隠れてそれを見ていた頼親達は固唾かたずを飲んだ。

「うーん、やなぁ! 」

 そう言うと、老人はニヤリと笑ったのである。

 おそらくカチンときたのだろう、頼親が飛び出しそうになった。

「やい! そこの御老人、待たれよ」

 とうとう我慢できずに大声で叫んだ。

 すると老人は慌てて穴に逃げ込んでしまったのである。


 一度、スイッチが入ってしまうと、頼親は止められない。

 キリリと額に鉢巻きを結ぶと、もう臨戦態勢に入っている。

 鉢巻きを巻いた頼親の顔は、眉毛が隠れているせいか、凄く見えた。

「あのじじめ、必ず捕らえて無理矢理でも挨拶せねばなるまい」

 あんな年寄りを相手に、主は熱くなり過ぎではないか? とも思ったが、だが、もう止められないだろうと、従者達も腹を括ることにした。


「では、……参るぞいてまうぞ! 」

 その言葉を合図に太刀を抜くと、蔦を払いながら穴に突入した。

 すると、やっと人が一人入れるほどの道が現われ、そこで一番小柄な若者が先頭になって進む。

 暗くてとした道に苦戦する二人を差し置いて、若者がどんどんと進むと、やがて広い場所に出た。中はあまり灯りがないせいか薄暗い。

 その中央に、頭を隠し、まるでのように気配を消している老人が見えた。

「もうし、御老人! 急ぎの御用がありますので、……、御顔をお見せ下さい」

 そう言うと、老人を小脇に抱え、もと来た道を戻ったのである。


 もう七十歳は過ぎているだろうか、小さな色黒の老人が畏まって座っていた。

 老人の頭には、道の途中で付いたと思われる蜘蛛の糸がいっぱい引っ付いている。

 本当ののようだ。

 だが、それを見た若者は、ちょっと気の毒な事をした気分になった。


 その後、胡蝶が無事に頼親の嫁になったか定かではないが、とにかく頼親は三度も大和国の国司を務め、"大和源氏"と呼ばれる人々の祖先となったのである。




 











 

 



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