第4話 乙女と出会う
タロウは、拭き清められた台の上に置かれた白いタカラガイに向かって、手を合わせる。
「今日もいい日でありますように」
それから、床の上の亀の甲羅に目をやる。あのカメが、タロウに遺してくれたもの。
気合を入れてなった縄で、タロウはその甲羅を自分の背中にくくりつける。
「よし、行くぞ」
家の外に踏み出す。朝日を浴びる。カメさん、きみの願いをこのウラシマタロウが叶えてみせる。
カメの甲羅を背負ったタロウが町に入っていくと、道行く人々はタロウに好奇の目を向け、避けるように道を開けた。タロウをじろじろ見ながら連れとひそひそ話をする者もいる。
小さい子どもは好奇心を隠さない。
「カメ? カメラ?」
「カメカメラ? ギャメラ?」
興味津々でタロウに近づこうとする幼児を、母親があわてて手元に引き寄せる。
タロウは何も気にしなかった。カメの甲羅が自分を守ってくれている、そう確信していた。
ある店の看板が目にとまる。
「竜宮屋」
ここだ。タロウはひとりうなづく。
外がざわざわしているのに気づいた店の主人が出てきた。そして店の前に立つタロウを見て、にっこりする。
「おお、これはりっぱな亀の甲羅じゃ。さあ、中へ」
タロウは店の主人と共に竜宮屋に入る。
それを見て、町の人々も安心したように平常に戻っていく。
竜宮屋に亀の甲羅を運び込むのは、おかしなことではないからだ。
背中から下ろしたカメの甲羅を竜宮屋の主人の前に置く。白髪の主人は細い身体を甲羅に被せるようにしながら念入りに見分し、あらたまってタロウを見た。
「じつに見事じゃ。こんなりっぱな甲羅はこの年になるまで見たことがない。どこで手に入れなさったか、よければ聞かせてもらえんかな」
ほんとうにほめてくれている。そう直観したタロウは、これまでのいきさつをそのまま話した。
タロウの話を聞いた老人は、おだやかな笑みを浮かべてこう言った。
「このあたりでは、浜で若い男が消えるという伝説があるのじゃが、それと関係しとることかもしれんのう。とにかく、あなたさまがご無事で何よりじゃ。このカメの甲羅には、福がついとるのかもしれんわい」
タロウは、自分の話をそのまま受け入れてもらえたことで、救われたような気がした。安堵感に包まれ、涙ぐみそうになる。
あらためて竜宮屋の店内を見ると、貝やサンゴやべっこうを使った飾り物や道具がならんでいる。かわいらしくきれいな眺めだった。竜宮城できらめいていたあの世の美しさではなく、海がもたらす宝を愛でる人の心が表れた品々。
「おじいちゃん。お客さまにお茶を」
若い娘の声がした。
奥から出てきた娘がタロウにお茶を出す。
「どうぞ」
「どうも」
そこで二人の目があった瞬間、カメの甲羅がピカッと輝き、二人は光に包まれた。
娘は臆することなくタロウを見つめ、タロウもまたごく自然に彼女に向き合う。
「孫娘のオトメじゃ」
状況を察した店の主人が言う。
「ウラシマタロウという者です」
オトメはタロウに笑みを返す。口元から真珠のような丸みを帯びた白い歯が覗いた。
「まあ、このカメの甲羅。ウラシマさんが持ってきてくれたの? すばらしい、こんなのはじめて! おじいちゃん、これはもう細工物にしたりしないで、このままお店に飾りましょうよ。きっとお店の守り神になってくれるわ、竜宮屋の守りガメに!」
「オトメがそう言うならそうしよう」
店の主人は笑いながらそう返し、そしてタロウに目をやりこうたずねる。
「さて、その守りガメが連れてきてくれなすった、ウラシマタロウさんにはどうしてもらう? タロウさんもここにいてもうらうかの?」
「……タロウさんがよければ、ぜひ」
店の主人はタロウに向かってこう言った。
「オトメはふた親に早く死なれてのう。わたしが親代わりになり、店の跡継ぎにと育ててきた。わたしもこの年、お迎えが来る前にオトメに祝言を挙げさせられれば、もう思い残すことはない。この守りガメの結んだご縁、どうかタロウさん、わたしを安心させてもらえないかの」
「……こちらこそ、よろしくおねがいします」
タロウはオトメに一礼し、やさしい笑顔になる。カメが光で満たしてくれた、人の善意を信じていい、この場にいることに感謝して。
竜宮屋に福の亀を背負って婿が来た。
そんなうわさが近辺に流れ、店に飾られた福の亀を拝むと幸運に恵まれるそうだなどとも言われ出し、竜宮屋は大繁盛した。
店を切り盛りするのは明るくてしっかり者のオトメ。
タロウは海についての知見を活かし、貝やサンゴを手に入れる。そして、子どもたちを連れて釣りに行き、クラゲに刺されないように注意するのだった。
ウラ・ウラシマ 小山らみ @rammie
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