第3話 カメが助ける

「タロウさん。ここから逃げましょう。でないと食われてしまいます」

「何だって?」

「しっ、声を落として。……乙姫は善人の血肉を啜って若さを保っているのです。あの浜でのいじめ騒ぎも、クラゲが子どもに毒を仕込んで起こしたもの。すべてがあなたを食うために仕組まれたことだったのです。でも、もうわたしはこんなことをしたくない。あなたといっしょなら、ぜったいここから逃げ出せる。タロウさん、わたしを信じて、背に乗って、しっかりつかまって。そして、ぜったいに後ろをふり返らないで。さあ、いっしょに逃げましょう!」

 乙姫の尖った歯が脳裏をよぎり、タロウはすぐにカメの背に乗り、カメは全力で泳ぎ出す。

 来たときとはくらべものにならない速さ、カメの本気がタロウに伝わる。

 背後で不穏なとどろき、何かが迫って来るどす黒い気配が。

 タロウはふり返らない。ただもう必死でカメの甲羅にしがみつく。


 浜にたどり着いた。タロウは安心と解放感で四肢を伸ばす。しかしカメは息も絶え絶えだ。

「とにかくうちへ。だいじょうぶか?」

「だいじょうぶです」

 力をふりしぼって這い進むカメを気づかいながら、タロウはゆっくりと住み家へ向かう。

 たどり着いた家は、傾きかけていた。

「え?」

 タロウはおどろき、歪んだ戸を力づくで開けて中に入る。荒れ果て、まるで廃屋だ。泣きそうになりながら、タロウはあの小さな台を探す。ほこりまみれになった台が見つかり、あの白いタカラガイもちゃんとそこにあった。手拭いでほこりをふき取ると、やさしい丸みを帯びた白い姿が現れる。

「いったい、何で……」

 困惑したタロウにカメが言う。

「いろいろあったんですよ。でも、くよくよすることはありません。いま、あなたがここにいる、それがすべて。ここからはじめればいいんです」

「よし、待ってろ。すぐに手桶に海水を汲んで来るから」

「いいえ。もうわたしの時間は終わりです」

 カメが静かに言う。

「タロウさん、あなたに会えてほんとうによかった。あそこから抜け出せるなんて思ってもいなかった、でも、あなたがいたから抜け出せた。ありがとう。あなたへほんとうのお礼をしたい。これからわたしがあなたに言うことを、ちゃんとやり遂げてください。それが私の最後の願いです」

 静かに語るカメの姿は、タロウに父母を看取った時のことを思い出させた。タロウは、命の恩人でもあるカメが言い遺すことばを真摯に聞き取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る