第3話 シアとルーク

「そこまでっ!」


 ビクトール先生の制止の声に、今まで構えていた剣をゆっくりと下していきます。

その動作だけでも、腕が悲鳴を上げているのでしょう。

ブルブルと小さく震えてしまっています。


「キツイだろ? だが、身体強化に頼っていては強くならないからな。

 これも強くなる為には必要な事だ!」

「ええ、もちろん分かっておりますわ。私、是式のことでは根はあげませんわよ?」


 ただのお遊びだと勘違いされてはたまりませんわ。

私、お母様のようになるのが夢ですから!

目標はお母様を超える事、ですのよ?

……。

少々厳しいかしら……。


「ありがとうございました」

「おう! まぁ、ゆっくり休め」

「はい。勿論ですわ。適度な休息も体づくりには大切な事、ですわよね?」

「はははっ。よく分かってるじゃないか」


 そう言うと、からりと笑ってビクトール先生は出て行かれました。


「ふぅ……」


 一呼吸おくと、額から滴り落ちる汗が気になってきました。

集中している時は気にならないのですが……。

 今は訓練着なので、ハンカチなどが入るポケットなどはついておりません。

仕方ないですわね……。

 そう思って手の甲で拭おうとしたところ、突然、清涼な風が身体全体を包み込みました。

そして滴り落ちる汗どころか、身体全体の汗や不快感も、風がなくなると同時に消え去ります。

 これは……。


「お兄様……」

「シーア。令嬢が手で汗を拭うのはちょっといただけないなぁ……」


 振り返ると此方に歩いてきているお兄様の姿が見えます。

やはりお兄様の魔術でしたのね。

そんな笑いながら言われても、感謝なんかしませんわよ?


「もうっ! 汗をシャワーで流すのが、頑張ったとひしひしと感じる瞬間ですのよ?

 清浄魔術を使われてしまったら、物足りなくなってしまいますわ」

「えー? いいの? ユーリに『ねえしゃま、汗くちゃいでしゅ』なんて言われても?」

「っ!?」


 それは絶対嫌ですわっ!!


「まさか、近くにユーリがおりますのっ!?」

「いや、いないけど?」

「お兄様っ!!」


 もうっ!

ニシシッと悪戯が成功したとでも言う様に笑うお兄様に、思わず頬が膨らんでしまいました。

 動揺のあまり、こんな子供っぽい仕草をするなんて、私もまだまだですわね。


「まぁ、手で汗を拭うなとは言わないけれど、一応気をつけては欲しいかな?」

「どういう事ですの?」

「シアは公爵令嬢じゃないか。僕達家族は気にしないけどさ。世の中の男性は公爵令嬢に夢を持っているからね。

 そんな令嬢が手で汗を拭う? 夢も幻滅だよね」

「私、人前ではそんな事いたしませんわ」

「はぁー……。シアもまだまだだね……」


 何がまだまだですの?

 令嬢教育?剣術?いえ、この場合は令嬢教育ですわね。分かってますわよ、もちろん。

だって、お兄様より私の方が剣術は出来ているはずですもの。ふふふっ。


「んー。なんか脳筋の香りがする……。

 シーア。まさか剣術では……。何て考えてないよね?」

「まっ、まぁっ! お兄様失礼ですわよ!

 私の令嬢教育がまだまだと仰りたいのでしょう? それぐらい分かっておりますわ!」

「はぁ……」


 なぜか盛大なため息がお兄様から返ってきました。

何ですの?


「いや、うん。分かってたよ、分かってたけれども……。

 やっぱり父様に言って結界の強化と母様に……?

 なんて言えば良いか分からないから、丸投げしよう! うん、そうしよう!

 だってこれ、僕が考え込む事じゃない気がするしね」


 もうっ!

ブツブツ呟くのは人がいないところでしていただけないかしら?

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転生令息の、のんびりまったりな日々〜番外編置き場〜 鴎 みい @haru0u0-ki

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