???日目

「忘れないよ」

 雪のように揺れるマグノリアの花を見上げながら、夢見子ゆみこは空へ呟いた。隣を歩いていた永愛とあが首を傾げる。

「どうしたの?」

「んー? えへへ、空の向こうにいる誰かさんに、宣戦布告?」

「物騒だね?」

 風が二人の制服のスカートを揺らす。初夏の匂いが混ざった風の中、小学一年生の頃から一緒にいる二人は笑い合った。

 どこまでも抜けるような青空に、夢見子は再び顔を上げる。

「私はお姫様じゃないから。だから、ちゃんと、生きていかないと」

 魔法使いは幼い頃の夢見子の願いを叶えに来てくれなかった。王子様も来てくれなかった。

 泣きながら待つことしか出来なかった幼い夢見子の前に現れたのも、勇気を出す魔法をかけてくれたのも、ヒトリのトモダチだった。

「約束したんだもん、『そばにいるよ』って。『行ってらっしゃい』も『おかえりなさい』も言ってねって」

 トモダチと交わした指切りを終わらせたつもりは、夢見子には毛頭なかった。

「だから約束をし直しちゃった。私が、勝手に」

「どんな約束?」

 永愛が「なんて横暴な」と言いながら訊いた。

 夢見子はかつてのトモダチのように永愛に笑った。

「私が、私のそばにいてくれたみんなを忘れないで、私が私を大事に出来ていたら。

 私がそんな私を好きになったら。

 また私の近くに来てよねって、そんな、一方通行な約束」

 夢見子が空に手をかざす。制服の下に隠したペンダントが温かく応えた気がした。

「で、私はずっと忘れないので、早く来てねって。早く来ないと泣いちゃうよって」

「泣いちゃうのかー。それは私も困っちゃうなー」

 永愛は笑うと「でも」と続けた。

「なんで『私のところに来て』じゃないの?」

 首を傾げた永愛に、夢見子は楽しそうに笑った。


「今度は私が、会いに行きたいの!」


 永愛は眩しそうに夢見子を見る。夢見子の笑顔を見るうちに、永愛までだんだん口が緩んできて、笑った。

「そっか! それなら早く来てもらわないと困っちゃうね!」

「でしょっ?」

 夏が近付く青空の下、笑い合いながら歩く二人の少女の先で、一人の少年がランドセルを揺らしながらマグノリアの木へ向かっていた。


 その様子を見ていたのは、人知れず光っている、ヒトリのマリモだけだった。

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ウソツキウサギのなきむしまほう 海藤史郎 @mizuiro__shiro

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