第30話『月と聖樹』

 一晩の間に何があったのか、月花騎士団員リー・インから報告を受けたマシューは面白くないと口をとがらせた。

「つまり、我が婚約者はラウレンツの手先を一匹穏便おんびんに潰したと?」

「は」

 マシューは灰銀の髪をかきあげ大きな溜め息をつく。

「ま、サシャさんの性格なら納得か。それなら多少ラウレンツの痛手にはなった?」

「は。加えて多彩な情報を得ました」

 ラウレンツの工房にサシャと瓜二つなホムンクルスの娘がいると聞き、マシューは腹わたが煮えくり返った。

「……その偽物、なるべく早く殺してきて」

「はっ。精霊オリヴィエの証言によりラウレンツの工房のおよその位置は割り出せました。太陽騎士団と連携し、包囲します」

「うん。大方、結界だの何だので存在は隠しているだろうしトラップだらけだろうから、十二分じゅうにぶんに気をつけて」

「はっ」




 太陽と月の共同談話室へ向かったマシューは、いつもの友人たちと婚約者に囲まれ破顔している樹木の精霊オリヴィエを見つけ大きな溜め息をついた。

「あ、マシューおはよう!」

「……おはよう。大事なことは俺にも相談して欲しいんだけどな?」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 マシューは周囲へ見せつけるために、サシャへ近寄るとすぐに唇を奪う。

「む!?」

「あらまあマシューったら」

「おっと、そう言うことは私たちが見ていないところで……」

マシューは数回軽いキスをし、婚約者を解放した。

「もぉおお恥ずかしいから!」

「俺に黙って怖いことした仕返し」

「だからごめんって〜!」

 マシューが顔を向けるとオリヴィエはパッと顔を明るくする。

(うーん、無邪気すぎて嫌味すら通じなさそう)

マシューはオリヴィエにも怒りたい気持ちがあったが、仕方ないと肩をすくめた。

「名前の通りオリーブの精霊なんだね」

「はい、そうです!」

「元気だねぇ」

いらつくくらいに)

 オリヴィエはサシャと見つめ合うとえへへぇと表情をゆるませる。

「それで? オリヴィエもサシャさんの使い魔にするの?」

「ん、ああそれね。実はまだ考え中で」

「おや、珍しい。即決で契約すると思ったのに」

サシャは己の背後から両腕を回してきたオリヴィエを片手で撫でる。

「私の微笑みで生まれたのは事実だけど、さすがに三体は多いかなって」

「まあ、騎士二体もつけてるからね。十分だと思うよ」

「この子お水飲めれば日光で魔力自己生産できるし、低負荷なのよ。だからジョゼットさんにどうかなって思ったんだけど……」

ジョゼットは幼馴染たちから注目され、目を丸くする。

「わたくしに?」

「お医者さんがいいよって判断するなら? ほら、体への負担がどれくらいか分からないし」

「すぐ聞いてみます!」

「オリヴィエもどう? ジョゼットさんとの契約」

「太陽さまと毎日会えますか?」

「あら赤ちゃんみたいなこと言って」

「まだ赤ん坊同然だ。すぐに引き離さないほうがいい」

「そう言うもん? 花の精霊フェアリーの時はどうだったかな……」

 マシューが微笑みの下に怒りを忍ばせていると、アミーカとフラターが大鴉の姿でオリヴィエをにらみつけていたので少年は思わずふっと笑った。

(俺と一緒で気に食わないみたい)




 珍しく二羽のカラスはジェミニを通してマシューを精霊寮へと呼び出した。

「あいつデレデレしやがって! オレたちのご主人様だぞ!」

「ああ、うん。俺も気持ちは一緒だよ。愚痴ぐちを言いたくもなるよね」

 マシューはカラスたちと己のフクロウへクッキーと紅茶をおごってやり、困ったような笑顔を見せる。

「オレのご主人様なのにーっ!」

「あはは、フラターは素直で気持ちがいいよ。アミーカは大丈夫? 黙ってるけど」

アミーカは紅茶を一口飲み、間をあけて口を開いた。

「……どうやったらあいつに気付かれずに葉をむしれるか考えてる」

「ふふふ」

 マシューも息をついて肩をすくめる。

「俺も怒ってはいたんだよ。サシャさんを危ない目にわせた一人だし、彼女に手間をかけさせてるからね」

「過去形なのかよ」

「二人が怒ってるから、少しスッキリした」

マシューが微笑むとカラスたちは口をとがらせた。

「お前もいかれ」

「え?」

「ちゃんとおこっとかないと、体に悪いぞ!」

「いや、おこるだけ魔力が無駄だから……」

おこりたい時におこっとけ。体に溜まる」

二羽から同じことを言われてしまい、マシューは先ほどの苛々いらいらを思い出す。

「……怒った!」

 少年がその一言で済ませてしまうと、カラスたちは呆れた。

「終わり?」

「うん。体力が少ないとね、いかりを継続するのも難しいんだよ」

「えー、何だそれ」

「ふふ。二人ともありがとう」


 気を取り直したマシューはレイン家の紋章が刻まれた封蝋ふうろうと手紙一式を持ってサシャを談話室へ呼び出した。

「はい、教えるから尊い方へのお返事を書く」

「うげっ。どうしても書かなきゃ駄目……?」

「むしろお返事出すには遅いから、急がないと駄目だよ」

「うう……」

 マシューは貴族の言い回しや表現が必要だから、とサシャに下書きを何度もさせる。その目の前で自分も手紙をしたためる。

「マシューも書くの?」

「もちろん。今回、サシャさんとの婚約を進めていてお返事が遅れたってことにするから。責任者としてね」

「ご、ごめん。ありがとう……」

 手紙を書き終えたマシューは使い魔ジェミニを呼び出し自分の手紙を持たせる。

「サシャさんもアミーカかフラターに持たせて一緒に飛ばすよ。そのくらいしないと誠意を示せないからね」

 目を丸くしたサシャはアミーカとフラターのどちらがいいか指を迷わせる。

「え、ど、どっちか……? どうしよう……」

「俺のおすすめはフラター」

「えっ?」

「覚えがいいでしょ。伝言を頼まれたらその場で丸暗記できる。あと愛想がいいから。今回は謝罪だからね」

じゃあお願い、と主人にわれ、フラターは笑顔を作って頷いた。

「カワイイカラスちゃんしてくるっすよ」

「待った。気に入られる必要はないからね? ありがたい申し出を断るんだから。申し訳なさそうな顔してきて」

「お、合点承知しょうちすけ

 マシューとサシャはフクロウとカラスが飛び去っていくのを見届け、ふうと息をついた。

「とりあえずこれで何とかなるかな」


 ところが。

ジェミニとフラターはどんよりした表情で戻ってきた。

「負けた……」

「な、何があったの?」

 夕食が終わったあとの共同談話室。フラターは悔しそうに頭を抱えた。

「何で婚約者共々お茶会に誘われてんだよ!! バカか!?」

「どうしてそうなったの!?」

「向こうの使い魔が一枚上手うわてで……言いくるめられてしまったんです……」

「相棒が行ってればその場で弁論大会優勝してたってのに!!」

「あちゃあ、配役を見誤ったか……」

アミーカは意外、と片割れの顔を見つめる。

「同期したんだからある程度俺の真似は出来ただろ?」

「真似じゃ勝てねえ……! あれは思考フギンの本領発揮するところだった! マジで!!」

「そんなにくるくる回る舌なのか、例のエルフ」

アミーカは面白そうな相手だ、と一人でほくそ笑む。

 今度は自分の名前まで書かれてしまったお茶会のお誘いを見て、マシューは溜め息をつく。

「尊い方はいつでも来てくれて構わないってさ。ま、この場合次の休みには顔出せってことだね」

「婚約断ったのにぃ……!」

「そうでなくても忙しいのに、どうしてこう言う時って立て続けなんだろうね……」




 王家所有のとある豪奢ごうしゃな一室。ウジェン・ナンタン・エクシミリアンは茶会の日を楽しみにしながら、今日こそチェスの駒の種類を覚えようとばんと対峙していた。

主人あるじ、茶会のメニュー表が仕上がりました」

「ん? おお」

ウジェンは覚えかけていた駒の名前を忘れ去りつつ、己の使い魔ブランシュが差し出した紙を受け取った。

「太陽の娘と相手の……なんだったか」

「レイン家の次代当主マシュー様です」

「おお、そのマシューとやら。このティーフーズは気にいるだろうか?」

「月の一族はさっぱりとした味付けがお好きですから、大丈夫でしょう」

「うん、そうか!」

 ウジェンは再びチェス盤が視界に入ると、駒の名前と形を脳内で一致させようと盤上をにらむ。

「むむむ……」

高位精霊エルフのブランシュは主人あるじの様子を見守りながら、彼が散らかした服を手に取り片付けを始めた。




 生まれ変わってすぐはサシャにベッタリとくっついていたオリヴィエだったが、二日ほどすぎると一人で日向ぼっこをするようになり、彼の頭や肩にはトリの精霊たちがつどった。

「ふふ」

 オリヴィエは天に浮かぶ太陽を見上げながらふわりと微笑む。

「あったかぁい」

 サシャはジョゼットと共にオリヴィエを迎えにきて、彼が精霊たちの止まり木になっているのを見かけ、ジョゼットの背を優しく押した。

「二人で話してみて」


 ジョゼットが現れるとオリヴィエはあっという顔をしてからふんにゃりと笑った。

「お月さまー」

「日向ぼっこをしていたの?」

「はい。天のお母さまにご挨拶あいさつをしていました」

 オリヴィエは生みの親であるサシャをお母さまと呼び始めていた。

 ジョゼットはそう、と微笑んでからオリヴィエの隣に腰を下ろした。

「わたくしも一緒に日向ぼっこします」

「うん、あったかいですよー」

 オリヴィエはしばらくジョゼットと並んで陽を浴びていたが、ふと月の姫の手が病的に細いのを目にして、ホムンクルスの娘を思い出しまなじりを下げた。

「お手手が真っ白」

「え? ええ、そうね」

ジョゼットはつい最近まで入退院を繰り返していたのだとオリヴィエへ話した。

「ご病気?」

「月の力と言うのは闇と土が主なのだけれど、その二つの属性が揃うと心臓に負担がかかるの。月の御子みこたちはみんなそう。わたくしは特に、日常生活に支障が出たと言うだけなのよ」

慣れているから大丈夫だとジョゼットが言うものの、オリヴィエは悲しそうな表情で少女の青白い手を取る。

「歩くと苦しいですか?」

「そうね、時々」

「じゃあ、ステッキがあるといいです。ステッキは見ました。ラウ……前のご主人様がその、使っていたことがあって」

オリヴィエはつえで叩かれた記憶を首を振って追い出し、ジョゼットの白銀の瞳を見つめた。

「僕はあなたの杖になれますか?」

 それは間違いなく契約の申し出だった。

 ジョゼットは目を丸くしたあと、薄っすらと涙を浮かべながら微笑んだ。

「こんなに大きくて素晴らしい杖は他にないわ」


 ジョゼットとオリヴィエの契約が無事に済んだと聞いたサシャたちは大変に喜び、いつもの喫茶スペースでお祝いのパーティを開いた。

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【長編】太陽の女神、月の男神 ふろたん/月海 香 @Furotan

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