第29話『太陽とオリーブ(後編)』

 コルトーは太陽騎士団員のオーレリア・ミューアへ連絡を取り、彼女を経由して太陽神の杖であるアミーカを呼び出した。

 単身呼び出されたカラスの騎士は、BARの個室で縮こまっているオリヴィエを見ると店主コルトーへどう言うことだと鋭い目を向けた。

「知り合いが拾ってきたんだ。なんか可哀想だし放っておけなくて」

 アミーカはコルトーをにらみつけたあとオリヴィエを冷たい目で見下ろす。

「君のご主人様に会いたいそうだよ」

「捧げ物なら俺が受け取る」

 オリヴィエは花を贈りたいと言おうとして、急に痛み出した胸を握りしめた。

「う……」

「オリヴィエくん? どうした?」


 屋敷ではオリヴィエを呼び戻すために、ラウレンツが己の胸に細い針を差し込んでいた。ラウレンツは針を通してオリヴィエの心臓に呪文を注ぎ込む。


「い、痛いっ。痛い! ごめんなさい、ごめんなさいすぐに戻ります……!」

 冷たくオリヴィエを見下ろすアミーカの横で店主コルトーは焦った。

「いま戻られると困る!」

アミーカはその叫びを聞くとオリヴィエの胸倉を掴んだ。

「俺の目を見ろ」

 オリヴィエの瞳をのぞき込んだアミーカは眼球を通して人工精霊の頭に雷を撃ち込んだ。オリヴィエは目を見開いて体を震わせると気を失い、クタッとした。

「ちょっと!?」

アミーカは輝く黄金と宝石の瞳でコルトーをにらんだ。

「どう言うことか一から説明しろ。でなければこいつをこの場で殺す」




 オリヴィエが再び目を覚ますと彼はベッドの上で誰かの膝に抱かれていた。

「何でそう言う手荒な……あっ」

オリヴィエが見上げると天の花嫁は微笑んだ。

「おはようオリヴィエ」

 オリヴィエはきゃっと悲鳴を上げると慌ててサシャの膝から飛びのいた。

「ああ、急に動いたらダメよ。ほら横になって」

おいで、と両腕を広げられ、オリヴィエは高鳴る心臓を押さえながらそっと憧れの人の腕の中へ納まった。

 サシャはオリヴィエの頭と背を撫でながら、かたわらに立つアミーカとフラターを見上げる。

「乱暴しないのよ。悪い子じゃないんだから」

「ワルだろ。少なくとも一度はお前をさらおうとした」

「それはご主人様の命令にそむけないからよ」

 ねえ? と顔をのぞき込まれたオリヴィエは顔を真っ赤にした。

(太陽さまが、こっちを見てる)

オリヴィエは恥ずかしくなって顔を両手でおおった。

 サシャはオリヴィエを抱きしめゆっくりと背中を撫でる。

「大丈夫よ。いま色んな人があなたのこと調べてくれてるから。ここで待ちましょうね」

オリヴィエは何度もうなずいた。


 BAR『妖精の栄光アールヴレズル』へ集まった太陽騎士団の団員たちは、サシャの横で大人しく座り込むオリヴィエを見て首をひねった。

「主人の命令にそむきつつあるのなら、このまま諜報員ちょうほういんとして雇っては?」

「そんな器用なことこいつが出来るかよ。さっさと始末しろ」

相棒アミーカに賛成だね。こっちの情報が筒抜けになってパァだろ」

「どうしてそう物騒な発想になるの」

 サシャが見下ろすとオリヴィエは視線を返す。

「オリヴィエ、これから悪いことはしないって約束して欲しいの」

「し、しません。太陽さまにちかいます」

「いい子ね。それなら、ご主人様にもそう伝えられる?」

オリヴィエは目を丸くするとオドオドと服のすそをいじり出す。

「で、出来ません」

「いまちかってくれたのに?」

「ラウレンツ様は、僕の話は聞いてくれません。お、怒られると思います……」

「そう……」

 サシャは不安定になったオリヴィエをなだめるため、彼の頬を優しく撫でる。

「あなたが怒られるのは嫌ね」

オリヴィエは細くともしっかりした少女の手が温かくて、緊張を解いた。

「オリヴィエくん、それならラウレンツに関して知ってることを教えてほしい」

 コルトーにわれるも、オリヴィエは首を横に振った。

「どうしてだい? 怒られるから?」

「ラウレンツ様に関する話は出来ない、んです。口が勝手に閉じます」

「閉口呪文か。厄介だな」

 サシャはあごに指を当てるとそれなら、とつぶやく。

「オリヴィエ、ラウレンツの話は出来なくても自分の話は出来る?」

「は、はい」

「あっ、なるほど……!」

 サシャはゆっくり一つずつ自分の話をしてね、とオリヴィエに言い聞かせる。

「ええと、僕は人工精霊です。ラウレンツ様の内臓と髪で作られました」

「内臓の種類は? ああ、場所は?」

「えっと……」

オリヴィエは胸の真ん中と左の脇腹を触る。

「心臓と腎臓、かな? 腎臓なら二つあるから分けられる」

「しかし心臓は……」

「うん、普通は分割できないけど……」

「ぼ、僕の体はご主人様と連動しています。僕の内臓はご主人様の物です」

「なるほど、外部装置として稼働させているなら本人は負担がない……」

「やはり人工精霊の作り方に関しては上手いですね。それから?」

オリヴィエは微笑むサシャを見つめる。太陽の瞳に見つめられたなら、勇気が湧いてくる。

「僕は、太陽神さまに微笑まれるまで心を持っていませんでした。だから僕の心は太陽神さまのものです」

「おっと、そう来る」

 コルトーたち太陽騎士団は情報を整理する。

「つまりラウレンツにとってオリヴィエくんは自分の分身。手や足の延長でしかなかった」

「ふむ。ところが天の花嫁に微笑まれオリヴィエは本格的な精霊へ昇華した」

「ラウレンツとサシャ様両方へ忠誠を誓っているような状態ですね」

「そうなっちゃうね。ややこしいよこれは」

 サシャはオリヴィエを何とか助けられないだろうかと考えを巡らせる。アミーカとフラターはお互いを見ると仕方がないと溜め息をついた。

「方法は一応ある」

「ほんと?」

「オレたちとしては気が進まないけど」

 アミーカとフラターはその場にいる者たちへ、太陽神の杖の素材、オリハルコンの一部にオリヴィエの魂を宿らせればよいと教える。

「要は魂の定着先があればいい。肉体は捨てさせろ」

「そう言うことであれば」

 月寮の清掃員がおそれながらと前へ出る。

主人あるじの杖である必要はありません。死霊魔法でも同じ手段を取れます」

「今すぐ新鮮な死体用意できんのか?」

アミーカから突っ込まれ清掃員は口ごもる。

「それはその……」

「この場ですぐに用意出来なきゃ駄目だ」

サシャは思いつきを口にする。

「ねえ、そのって獣じゃなきゃダメ? 植物は?」

「か、可能です!」


 サシャはオリーブの枝がよいと指示する。

 丁度店の裏の家に生えている、とコルトーは大急ぎでもらいに向かう。その間、月寮の清掃員はテーブルと椅子をどかしてひらけた床へチョークを使い魔法陣を描く。

 コルトーがオリーブの立派な枝を手に戻ってくると、魔法使いたちは魔法陣の中央へオリヴィエを寝かせて陣を囲んだ。

「オリヴィエ、大丈夫よ」

 サシャはオリーブの枝を持って微笑んだ。


「明るいところを目指してね」


 痛みはなかった。オリヴィエはいつの間にか薄暗い場所にいて、体もなく浮いている。

「オリヴィエ」

 愛しい娘の声がしてオリヴィエはそちらへ吸い寄せられる。

 しばらく進むと太陽を背にしたオリーブの大木があり、その枝には二羽のワタリガラスがとまっている。

「サシャを裏切るような真似をしたらぶっ飛ばす」

「見張ってるからな」

そんなこと絶対にしない、とオリヴィエは誓って大木の中へ進んでいった。


 オリヴィエは目を覚ました。オレンジゴールドの髪の少女に微笑まれ、精霊は微笑みを返す。

「あったかい」




 山奥の工房にこもっていたラウレンツは心臓と腎臓が冷たくなりその場にうずくまった。

「う、ぐ……!」

オリヴィエが死んだか、重大な怪我をしたことを察知したラウレンツはすぐに儀式用の短剣を己の腹に突き立てる。


 オリヴィエが捨てた肉体から術者に干渉しようとした清掃員は、ブクブクとふくれ上がり秩序ちつじょを失った肉人形を見て舌打ちをした。

「分身を捨てたか……!」


 ラウレンツは痛みに耐えながら短剣を引き抜き、息を整えると薬箱に手を伸ばして針と糸を取り出した。ラウレンツは麻酔もなしにチクチクと腹を縫っていく。

(もう少し長く使えると思ったが、しくじったか。まあ手足も内臓も培養すれば増える。大した損失ではない……)

 ラウレンツは縫合ほうごうを終えるとヨロヨロと立ち上がった。

(仮眠して、死体がどこへいったかだけは確認しよう……)




 太陽騎士団員はサシャが死体を見ないようにオリヴィエの元の体と少女の間に立ち並んだ。

 サシャは手にしていたオリーブの枝から生まれた精霊が、葉を頭から生やした青年の姿になったことを見届けて微笑んだ。

「おはようオリヴィエ」

「おはようございます、天の花嫁」

 オリヴィエはそれはそれは嬉しそうに笑う。

「えへへぇ」

「だらしねえ顔しやがって」

 アミーカとフラターはデレデレとするオリヴィエを見て、すぐそばでフンと鼻を鳴らす。

「太陽さま、撫でてー」

「あらあら甘えん坊さん」

 オリヴィエは少女の手で頭の葉をわさわさと揺らされ、表情をとろけさせる。

 アミーカとフラターはじっとオリヴィエを見下ろして警戒していたが、彼の状態が安定していると分かるとそれぞれに視線を逸らした。

「まあ、植物の精霊は基本生みの親には歯向かわないしな」

「デレデレしやがって。ムカつく」

 樹木の精霊オリヴィエを膝に抱いたサシャは太陽のしもべたちを見上げる。

「そっちは大丈夫?」

「は。肉人形を回収して、引き続きラウレンツの痕跡を調べます」

 オリヴィエはラウレンツから解放されたことを思い出してハッとした。

「あの、ラウレンツの工房に太陽さまにそっくりなホムンクルスがいるの」

「えっ?」

「なに!?」

 精霊オリヴィエは覚えている限りの景色や、屋敷の中にあった宝物や道具のことを話した。

「太陽さまの持ち物は大体持ってるって僕に自慢してた」

「ホムンクルスの娘がサシャ様にそっくり?」

「分身を作ったのと同じ要領か? だとしても素材はなんだ?」

 サシャは嫌な想像をした。

(私の前世の死体を使った?)

(可能性としては大いにあるな)

 サシャは考えを口に出すか悩んだが、結局黙っていても仕方ないと騎士団員たちへ伝えた。

「もし私のがこの世に残っているとしたら、太陽神の魂はどちらに宿っていいかまどうはず。覚醒が遅れている原因たりえるわ」

「そのホムンクルスを見つけ出して始末しましょう」

「しかし、我らが主人あるじのご遺体は必ず焼却して天へ帰していますし、残っているとは……」

「それについても調べよう。ラウレンツは思った以上に賢く立ち回っているらしい」

 サシャはふうと息をつくとオリヴィエへ視線を戻した。

「とりあえず、オリヴィエは私の部屋で寝ましょうね」

「うん!」

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