恩恵

 午後2時過ぎ、銀色のボールを眺めて静止していた。

「マナミ、そんなに悩んでないでさっさと覚悟決めちゃいなさいよ。」

「お、おおおお姉ちゃん!急かさないでよ。今自分を正当化するのに必死なんだから。」

「だからそんなの必要ないって。」

バレンタインの日にチョコをあげる。好きな人に。その意味というか、なんというか色々と渡す理由を遠回しから頭の中で作っている最中で...でも、そんなの要らないとお姉ちゃんが言う。確かにこれでは一生何も作れそうにない。ちなみにカップケーキを作ろうと思っているのだがお姉ちゃんにはそんなの私では一人で作れないと鼻で笑っているお姉ちゃんがものすごく頭にくる。

「まあ、でもマナミはいい子だよ。」

「何人も男をひっかきまわして遊んでる姉よりかは確かにいい子だろうね。」

「あはは。その通りだ。」

私はいまだにボールを眺めて何も作れない状態を見かねてお姉ちゃんはソファーの上で寝転んでいた上半身をガバッと起こした。

「それじゃあ、マナミの勇気を出すためにお姉ちゃんの昔話をしてあげましょ~。」

「何、その読み聞かせしてあげるよの流れ。」

「まあまあ、黙って聞いていれば作る気起きるかもよ。」

私は少し考えた後にボールを置いて聞く体制に入った。


〈姉目線〉

 「そもそも作ろうと思い当たったのは高校二年のハロウィンの日だったよ。4年前かな?」

その日にびっくりすることにクラスの人、3人に手作りのお菓子を貰った。そもそもその日に、ハロウィンの日はお菓子を上げる習慣があることに初めて知った。そのうちに1人だけ男子に貰った。それはプレーンのクッキーだった。そのときに「バレンタインのときお返しするね。」と言ってしまった。その約束を果したいというのが始まりだったんだよね。

「で、あげたの?」

「あげたんだけどねー。その人だけにあげたんじゃだめなんだよね。友達になんか言われたくないじゃん?」

渡したのはその人のクラスの友達全員。もちろん心の中では疲れてたよ。今のマナミみたいに自分の中で正当化するのに必死だった。バレンタイン当日も緊張で手が震えたよ。自分が渡したときはすぐに開き直れたからそのままそのこと忘れて普通の日常に戻った。お返しもないものだと思っていた。そもそもホワイトデーの存在も知らないに等しくて私にとってはどうでもいい日のはずだった。


 この日は朝早く学校に来た。話す相手もいなくて一人机で集中してやることやっていた。まだ出していない宿題だったり、友達からのお願い事をこなしてたり色々。

「ありがとう。」

「ありがとう。」

続けて二人の男子の声が横から聞こえた。びっくりしすぎて自分の声と重なって誰だか判別できなかった。市販のチョコを置いてそそくさとどっかいくものだからチョコの主が分からないし、もっとびっくりしたのは自分の机の左隅にまた別のチョコが置いてあるのに気づいた。

「コワッ」

置いた本人には申し訳ないがいつの間にかチョコが置いてあったらびっくりどころじゃない。だから許してくれ。


〈マナミ目線〉

 「こうやってちゃんとお返しできる人もいるんだよ。私はこの人たちのおかげで自分を正当化する理由がなくなったんだよ。だからマナミも大丈夫だよ。チョコ貰って嫌な奴はいない。」

「・・・その中にお姉ちゃんの好きな人がいたとしたら私よりヘタレだね。」

「言ってくれるじゃない。私はそれより前に二回別の人に告って振られてる。」

「すみません。私が悪かったです。」

そう言ってお姉ちゃんは声を上げて笑った。でも、あんなに男と遊んで帰ってこないお姉ちゃんが振られた過去と、ちゃんとお返しされた過去を聴いて迷いが大半吹っ切れた気がする。

「お姉ちゃん。私、頑張るよ。」

「おーがんばれー。」


「・・・。」

「これはあげられないな。」


初めてのお菓子作りは失敗した。もう一生お菓子作らない。

「焦げてない部分はちゃんとチョコ味のカップケーキだから私が貰っちゃうねー。」

「焦げ味のカップケーキであればいくらでもどうぞ...。」

この後ちょっとお洒落なチョコ買って自分で可愛く包装した。

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総合物語集 衣草薫創KunsouKoromogusa @kurukururibon

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