エピローグ
三年前よく行っていたショッピングモールに、私たちはピアスを選びに来ていた。
私の、ではなく桃のだ。
高校生になった桃は、最近メイクを覚えておしゃれもするようになった。
それはまあ、いいんだけど。
「……なんで私まで制服着てこなきゃなんないの?」
大学二年生になっているというのに、私は高校の頃の制服を引っ張り出して着ている。まだ二十歳だからいけないことはないと思うのだが、少し恥ずかしい。
桃の頼みだから断りはしなかった。
いや、まあ、大学入ってから制服で遊園地行くとかそういうイベントも、あったにはあったんだけど。
「どうせだから、お揃いでお出かけしたかったんです」
桃はそう言って、くるりと回ってみせた。
スカートがふわっと揺れる。
桃は私が行っていたのと同じ高校にこの春入学した。あの学校はそれなりの進学校だから校則も緩いし、髪を染めようがピアスをしようが自由だ。
桃には合っている、かもしれない。
「どうせだから、先輩って呼んでもいいですか?」
桃はにこにこ笑って言う。
桃が同じ制服を着ているだけで変な感じがするのに、その上先輩だなんて呼ばれたら余計に変な感じになりそうだ。
でも、新鮮でいいかもしれない。
「試しに呼んでみ」
「はい! えっと……星野先輩」
「……佐藤」
やっぱり、妙な空気が流れる。
二人して変な笑い方をして、顔を微かに紅潮させる。
私たちってもしかして、馬鹿なんだろうか。いや、私が馬鹿だってのは疑うまでもないとは思うんだけど。
私たちはバカップルとかそういうアレなのかもしれない、なんて。
私は誤魔化すように桃の手を握った。
「やっぱなし! いつも通りでいこう、桃」
「はい、実來さん」
私たちにはいつも通りの関係が一番合っていると思う。
手を握って歩くと、自然に私たちは元通りになって、いつもみたいに笑い合うことができた。
いつの間にか桃は私の生活の一部になっている。
もう、桃と出会ってから三年だ。その間に数えきれないほど色んなことがあって、その結果私は桃と付き合っている。
同性で、年下の少女と付き合うことになるなんて、三年前の私に言っても絶対信じないだろう。
そう思うと、なんだか笑えた。
「実來さん? どうしました?」
「ん? いや、なんかこうして二人で歩いてるってのが、奇跡みたいに思えてさ」
「えへへ、そうですね。本当に、実來さんとこうして恋人になって、二人で歩いてるのって。……とっても幸せな奇跡だと思います」
そう言いながら、桃は指を絡ませてくる。
普通の繋ぎ方から、いわゆる恋人繋ぎへ。
最初に手を握った時は桃のことを甘えたがりな子供だと思っていた気がする。でも、今の桃は少し手も大きくなって、体つきも大人に近づいてきた。
高校一年生なんてまだまだ子供だって、今は思うけれど。
そういう意味でいくと、私もロリコンに分類されるのかもしれない。
……ロリコンねぇ。なんだか、懐かしいフレーズだ。私たちの関係って、ロリコンになってください、なんて言葉から始まったんだよなぁ。
おかしすぎる。
でも、思い返すと愛おしい。
「ほんと、幸せだねぇ」
「はい」
桃と出会って、私は変わった。
家族との関係は未だギクシャクしているけれど、それでも私の人生は、桃のおかげで変わったと思う。
だから私は桃に感謝しているし、桃が苦しんでいる時は私が支えたいと思っている。
もらってばかりじゃ、駄目だから。一つずつ私も、何かを桃に与えられたらいいと思う。
「実來さんが好きなのを選んでくださいね」
アクセサリーショップに着くと、桃はすぐにそう言った。
「いや、桃の好きなのにしなよ。桃の耳につけるんだし」
「いいんです。元々、実來さんのために開けたんですから」
「え」
「前、可愛いピアス見ていいなーって言ってたじゃないですか。だから、私が代わりにつけようと思って」
大学生になってから私は一人暮らしを始めて、桃をよく家に呼んでいた。前に二人でテレビを見ていた時に、可愛いピアスをしている芸能人が目に入って、そう呟いたのを覚えている。
いや、でもそれで耳に穴開けるって。
思い切り良すぎじゃない?
「実來さんも開けて、お揃いにします?」
「いや、無理無理無理無理。耳たぶに穴開けるんだよ? 死んじゃうって」
「あはは、大袈裟ですよ。もし怖いなら、皮膚科とかで開けるって選択肢もありますし」
「やだ。無理。痛いのは駄目だから」
「ふふ、可愛いです」
桃はそう言って、私の耳元に顔を寄せてくる。
そのまま耳たぶを甘噛みされた。
痛く……ない。穴を開けるのもこれくらいだったら耐えられるのに、と思う。
「穴が空いていない方が、噛み心地がいいですね」
桃はぽそりと囁いた。
耳齧りながら囁くとか、駄目でしょ。
色んな意味で。
「じゃあ開けない。絶対開けない。ほら、変なことしてないでピアス選ぶよ」
「はーい」
桃は最近、こういうことをしてくる頻度が高くなった気がする。私を手玉に取ろうとするっていうか、なんていうか。
それは彼女の好きって気持ちの表れでもあると思うから、嫌ってわけじゃない。むしろ、好きっていうか。
そういうことを考える私って、結構変態だったりするんだろうか。
桃になら何をされてもいいだなんて、思いそうになったりもするし。
いやいや、まあ。
恋人同士なんだし、そういうこと考えたって、別にいいはずだ。
桃のピアスを選んで、モール内を見て回ってから、外に出る。
朝早くから出てきたから、日はまだ高い。
私たちはモール内にあるスーパーで食材を買い込んで、私の家に向かっていた。大学からは少し遠いけれど、桃にいつでも会いに行けるように、私はあまり遠いところに引っ越さなかった。
それは正解だったと思う。
私たちは少しずつ荷物を持ちながら、肩を並べて歩いた。
葉桜の季節の爽やかな空気の中を歩いていると、それだけでなんだかウキウキした気分になってくる。
そういえば、桃と出会ったのもこの季節だった。
「もう、桃と会ってから三年かぁ」
「そうですね。早いです」
「ほーんと。最初に会ったときはこんなに小さかったのに、いつの間にか私と並んじゃって」
私は人が周りにいないのを確認してから、立ち止まった。
桃も釣られて立ち止まる。
私はそっと、桃の唇にキスをした。身長が同じくらいになったから、キスもしやすくなった気がする。
ちゅっと軽く音を立ててから、唇を離す。
もう何度もキスをしているのに、桃はキスする度に初めてなのかと思うほどに顔を赤くして、恥ずかしがる。
そろそろ慣れたら、と思う反面、ずっと恥ずかしがってほしいとも思う。
どっちでも、桃とキスできるならいいんだけど。
「おかげで、キスがしやすくなった」
「……そういうのさらっとやるの、ズルです」
「桃も隙あらばさっきみたいなことしてくるじゃん。おあいこだよ」
「全然違いますよ! 実來さんのはこう、ドキってなるんです!」
「私もドキっときてる」
往来で何を言い合っているんだろう、と思う。でも、こんなところでキスなんてしたのは私だ。
桃と一緒にいると、不意に悪戯したくなったり、キスしたくなったりする。好きになるって、そういうものなのかもしれない。
私はくすりと笑って、歩き出した。
「桃の全部は私のもので、私の全部は桃のもの。だから、桃もいつでもしていいよ。周りが見てない時限定でね」
「だったら……」
桃は歩き出した私のタイを掴んで、引き寄せてくる。
そのまま、唇が重なった。さっきまでの触れるようなキスじゃなくて、唇の奥まで進んでくるキス。
舌が絡み合って、唾液が混ざって、口の中が桃でいっぱいになる。
こういうことをしていると、やっぱり好きって気持ちが溢れてくる。
ああもう、ほんとに。
どうしようもなく、好きだ。
「好きです、実來さん。今日も。明日も、その先も」
「私もだよ、桃。死ぬまで……ううん、死んでも好き」
私たちはそう言い合いながら、どちらからともなくまたキスをした。
好きという気持ちを交換しながらするキスは、何よりも心地のいいものだった。
私が愛を桃に与えて、桃が恋を私に与えてくる。そうやって私たちは、また新たな好きを自分の中に取り入れては、互いのことを深く想い合っていく。
これから先も。
私たちはそうやって、全てを共有し続けるんだろう。
「私、幸せだよ」
「私もです」
唇が離れて、一つになっていた私たちがまた二人に戻っても。
私たちの心は、一つのままだ。
人間関係に疲れた女子高生が女子中学生に癒されてロリコンにされる話 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo
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