ゼッケン74
小石原淳
クビナシ・カオナシ・アタマナシ
「この間さぁ」
「ん? 何いきなり」
「いや、テレビ見てて思い出したんだよ」
「テレビって、この心霊特集?」
「もちろん」
「怖い話をしようってわけね。ふふん、面白いじゃない。受けて立つわ」
「乗ってきたね。怖がりのくせに好きなんだから」
「うっさい。怖いものを怖いと感じるのは生き物の正常な反応だっつーの。バンジージャンプして、顔色一つ変えないあんたの方がおかしい。さあ、こんな話してる暇あったら、早く言いなさい」
「へいへい。この間、オートレースを観に行ったんだよね。ナイターの」
「オートレース?」
「オートバイのレース。別にたいして興味持ってるんじゃないんだけど、インターバルに人間大砲の出し物があるって聞いたから」
「そういうサーカス系、好きよね。子供っぽい」
「子供っぽいとは、どの口が言うかな。君だって、ペアルックに拘るのは、子供っぽいにプラスして流行遅れって感じだ」
「流行とは関係なく、恥ずかしくても一緒に着てくれてこそ、恋人の優しさってもんでしょうが」
「……ま、分からなくもない」
「それで、人間大砲がどうしたっていうのよ」
「あ。言われみると、そのとき行われた人間大砲は子供っぽい演出があったと言えなくはないか」
「人間大砲ってあれでしょ。大きな筒みたいな大砲に人間が入って、何メートルか先に張られたネットめがけて、ぽーんて弾き出される。やることは決まってる。演出を付け足すような余地がある?」
「ま、珍しいっちゃ珍しいか。普通じゃない人間大砲を見たのは、自分も初めてだった」
「どんな演出だったの?」
「カウントダウンが始まって、ゼロと同時に白煙が上がり、筒の先から人間が飛び出す――っていうのが定番なのは知ってるよね? その夜も同じ感じで進行して、カウントダウンのアナウンスに、みんなも声をそろえていた。当然、視線は大砲の先っぽに集中してる。ところが、次の瞬間、そこから飛び出したのは、バラバラになった人間」
「うう?」
「――と、そういう風に見えただけで、実際にはよく出来た人形だったんだけどね」
「な、なーんだ」
「観客をびっくりさせるために、わざわざ切断した人形を仕込んでおいたってことみたい。そのあと二回目が行われて、今度はちゃんと人間が飛んだ。きれいに弧を描いて、見事、ネットの真ん中に着地……地面じゃないから着地じゃおかしいか。かといって落下ってのも変だし」
「何でもいいわ。それよりも、怖い話って、それ? 何か出オチというか、助走距離が足りないっていうか。第一、心霊特集とのつながりが見えない」
「あ、違う違う。今のは関係ない。いや、関係なくはないんだけど、怖い話そのものではないから」
「何よ、紛らわしい。じゃあ、何? そのあと再開されたレースで激しいクラッシュが起きて、ドライバーが観客席にまで吹っ飛んだ、とかじゃないでしょうね」
「はは、ないない。だいたい、実際に起きた事件や事故だとあんまり怖くないんじゃないの?」
「まあ、そうかも。教訓にはしようと思うけれども。って、また話が脱線してない?」
「よほど早く怖がりたいみたい」
「怖い話をするって言うから身構えてて、緊張を維持し続けているのよっ。精神的に疲れてきたわ」
「はいはい、では早く話すとしましょう。レースもすべて終了して、会場から帰るときのことになるんだ」
「あら、結局レースの方は関係なし? 人間大砲だけ?」
「いや。……あのさあ、そういう風に口を挟んでくるから、話が進まない気がしてきた」
「そう? じゃあ、ごめん。黙ってるから一気にしゃべってよ」
「夜、月明かりもなく、外灯がポツンポツンと立っているだけの道を駅までとぼとぼ歩いていると、後ろから大きな音が聞こえた。振り向くと、車道の方にライトの明かりが見えた。バイクのだ。道はちょっとした下り坂で、自分の立っていた位置からは、バイクを見上げる感じになるんだけど、いやあ、一瞬びくりとしたね。人の乗ったバイクが見えたと思ったら、フルフェイスのヘルメットごと、頭部が消えたように見えたんだ」
「それってもしかして、首なしライダーの……」
「あ、知ってるんだ? そう、都市伝説でよくあるやつ。車道を跨ぐようにして張られたワイヤー。通り掛かったバイク乗りは首を切断されて、持って行かれてしまう。けれどもライダー当人は首をなくしたことに気付いていないのか、それとも一瞬にして霊的な存在になったのか、そのまま走り続ける……っていうあれ」
「き、聞いたことあるけれども、じ、実際にはあり得ないわよね。頭部を切断されたあともバイクを走らせ続けるなんて、できっこない」
「さあ、どうかなあ。こういう話があるらしい……むか~し、戦に負けて捕まった将軍が、自分の命と引き換えに、捕まった部下達の命は助けてほしいと敵に請願したところ、敵将が条件を出した。『おまえの部下を一列に並べてから、おまえを斬首する。首を切り落とされたおまえは部下の前を走り抜けてみよ。走り抜けることができた人数だけ、命の保証をしてやる』と。将軍はその条件を飲み、斬首の刑を受けた。そして頭部をなくした状態で立ち上がると、部下達の前を一気に最後まで走りきった。部下達は全員助かった……だって」
「ほ、ほんとなの?」
「さあ? 今、手元に資料がないから分からないけど、自分は本当っぽく読めたよ」
「う、うーん」
「で、話を戻すと、首なしライダーに見えたのはほんの短い間だけだった。次の瞬間にはちゃんと頭があったよ」
「え、何それ」
「要するに錯覚だった。坂の頂上に当たる地点を通過する際、ちょうど外灯の光の一つとライダーの頭が重なって、自分からは見えたみたいで、まぶしさに目がくらんだというのが一番近い」
「も、もう、全然怖くない。怖くなかったんだからねっ」
「そうかっかせずに、最後まで聞いてよ。しばし呆然となって立ち尽くしたんだけど、その前を問題のバイクが通り過ぎていった。そしてふとライダーの後ろ姿を見ると、背中に大きく74という数字があった。どうやらそのライダーはレースの出場者で、レースのときに付けていたゼッケンを外し忘れている様子だった。別にそのライダーとは知り合いでも何でもないから、放っておいてもよかったんだけど、やっぱり気の毒に思えてきて。たまたま、すぐ先の信号が赤になり、バイクは停車した。おかげで追い付くことができて、そのライダーに話し掛けたんだ。『ゼッケン、外し忘れていませんか?』って。相手はちょっと警戒する風に見えたけれども、次に『あっ』と叫ぶと、バイクを降りて、道の脇に寄せて止めた。そして『言われてみれば忘れていたな。ありがとう、知らせてくれて』と、お礼を言われた」
「怖い話と思わせておいて、あなたの親切自慢で終わるのかしら」
「はは。そうだったらいいんだけど。こっちが、いえどういたしましてという風に軽く会釈して立ち去ろうとすると、『ついでに外してくれないかな。いちいち脱ぐのが面倒で』と頼まれた。乗りかかった舟だ、快く応じたよ」
「ほら、やっぱり親切自慢だわ」
「――ゼッケンを折り畳んで渡すと、ライダーは受け取り、それからおもむろにヘルメットを取った。『いやあ、本当にありがとう。家まで恥の掻き通しになるところだった。助かった』と笑い声交じりに言うライダーの顔を見て、こっちは密かに絶句していた」
「え。急に怖い話に戻るの?」
「ああ。何故、絶句したか。それはライダーの顔が……梨だったからだっ」
「……駄洒落?」
「うん。これがほんとの
「しょーもなっ」
「そんなつれないこと言わずに。ペアルックが好きな君のためを思って、話したんだからさ」
「ペアルック? 意味が分からないんですけど。関係なくない?」
「いや。梨に見えたんだから pear look だろ?」
「また駄洒落かっ」
終わり
ゼッケン74 小石原淳 @koIshiara-Jun
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