第13話 おらオラー

 カリカリカリリ……。


 …――不思議な事に遭遇した。今。


 いや、今も。と言った方が正確か。


 それは、


 彼氏の運転でファミレスに行き、食事をしようと考えている、今。助手席に、あたしが座り、後部座席には誰もいない。運良くでだろうか、いくらかの信号を青で抜け、始めて赤に捕まった時、さも当たり前のよう起こった。予定調和なのか。


 小さく微かに聞こえてくる変な音。


「……ッ」


 カリカリカリリ……。


「師匠ぅ……、ここのトーンですが」


 ワシは、


 少々、甘えた口調で聞いてしまう。


 もちろん、相棒に言われたヨウさんの優しさに甘えるなという言葉はワシの心の中心に、しかっと突き刺さっている。それでもヨウさんの優しさと姉御肌な気っぷの良さに、ついつい甘えてしまう。いかんな、とは思うのだけども、どうしても。


 いやいや、むしろ、この場合、ヨウさんの性格の良さを褒めるべきなのだろうか。


 いやッ!


 ダメだ。


 ……それこそが甘えなのだと思う。


 とにかくトーンの番号指定を受けたワシは、また敢えて無言になり、作業に戻る。


 油断すると甘えてしまうのが恐いから、ジッと黙る。


 カリカリカリリ……。


「ねぇ、今、後ろからさ。変な音、聞こえなかった?」


 あたしは彼氏に問う。何気なくも。


 いや、敢えて、何気なくを装って。


 信号が青になって、車が走り出す。


「うぅん」


 と、素っ頓狂な返答が、眠たそうな声で返ってくる。


 カリカリカリリ……。


 ヨウさんの仕事場にはワシとヨウさんの2人しかいない。ヨウさんはアシスタントを雇うのが嫌いで、ずっと一人で仕事をこなしてきたらしい。そして、初めて雇ったアシスタントこそがワシだったわけだ。だから指示の仕方も慣れていない。


 それは、いいのだけど、なんだか友達に接するように接してくるから、少し困る。


 多分に人を使うという自体に慣れていないのだろう。


 でも、やっぱり……、


 ワシの中では相棒の言葉が大きなウェートを占めているから、甘えは許されないのだ。そんな中、油断するとヨウさんの性格の良さに、でへへと笑顔になり、その上で、友達に接するように対応されると、そげんこつばなかとですよ、えへへ、と。


 いかんいかん。いかんぞ。ワシの出身は九州でもないし、甘えは許されんわけで。


 またジッと押し黙る。


 カリカリカリリ……。


「あ、また。また聞こえた。ねぇ、聞こえたでしょ?」


 あたしは、また彼氏に聞いてみる。


 なるべく平静を装い。


 再び、赤に捕まった時、また、それは聞こえてきた。


「……?」


 と、それでも彼氏は眠たそうに車をスタートさせる。


 欠伸さえしながら興味なしと。というか、さっきから同じ景色が後方へと流れているような気がする。いや、気のせいだろう、……でも、もう、四つ、信号を抜けた、その先は、あの赤になって捕まったそれに辿り着く。そんな気がしてくる。


 そして、


 カリカリカリリ……。


 漫画の彼氏じゃないけども、ずっと単純作業を繰り返していると眠くなってくる。


 もちろん、欠伸など、もってのほか。欠伸を、かみ殺して作業を続ける。一応、ラジオはついているんだけど、今は相撲の時間。相撲が悪いわけじゃない。けど、あたしは好きじゃない。だから余計に眠気が加速してしまう。お経のようにも感じ。


 てかっ。


 ヨウさんのキャラ的にFM派だと思っていたのだがAM派だった。


 しかも相撲にぞっこんラブなのだ。


 無論、この時間帯こそが、あたしにとって逢魔が時となるのだが。


 大禍時。


 カリカリカリリ……。


「やっぱりだ。あそこに着いたッ!」


 あたしは驚いてしまって、大きな声を出してしまう。


 そうなのだ。あの赤で捕まった信号へと、再び、戻ってきたのだ。


 そして、


 当然とも言わぬが如く、赤に捕まる。そののち数分して青になり、車がスタートすると、また例の音が聞こえてくる。いや、もはや音と表現するのは止めよう。声が聞こえてくる。ただ、声量が小さすぎて、なにを言っているのかまでは分からない。


 それでも、前回、同じ場所で赤に捕まった時よりは、いくらか大きくなっていて。


 ゾッとしてしまって、背筋が凍る。


「貴方はなにが言いたいの? 伝えたい事があるの?」


 カリカリカリリ……。


 もちろん、ヨウさんに話しかけて会話をすれば、眠気は吹き飛ぶ。


 ヨウさんは話題豊富だし、あたしを気遣ってくれるから、まず間違いなく盛り上がる。ただ、同時に甘ったるい罠。ついつい友達感覚で話してしまうから、それは封印せねば。なるべく仕事中は会話をしないようにだ。甘えては、いかんのだ。


 カリカリカリリ……。


 なんだろうか。悪寒しかしない。分からない。恐い。


 あたしは、すでに彼氏に問う元気すらもなく、一人で、その言葉の意味を考える。


 そして、


 同じ所を、ずっとぐるぐると回っている意味を考える。いや、ぐるぐるという表現は適切ではない。何故ならば車は、あの始めて赤に捕まった時から、一度も、ただの一度も道を曲がってはいないのだから。ずっと真っ直ぐ走っているのだから。


 一体、どんな意味があるの。そこには。分からない。


 カリカリカリリ……。


「フフフ」


 相撲が、大一番の待ったなしになった時、ヨウさんが笑う。嗤う。


 顔に影を背負い……。


「考えても無駄よ。無駄。貴方が言葉の意味を知る事はないし、ずっと真っ直ぐに走っても、同じ場所に出続ける事に何の意味が在るかなんて分かるわけがないもの」


 ドキッ!


 とワシの胸が脈打つ。


「アハハ」


 対して、ヨウさんは、嗤い続ける。


 おわっ。


 恐ッ!!


 今、描いている漫画のクライマックスシーンでのセリフを独りごちる、ヨウさん。


「アハハ。貴方は死ぬの。なにも知らずに、なにも気づかずに……」


 うわっ。


 やめて。


 本当にやめて。やめて下さいッ! ヨウさん。お願いしますから。


 ゴフッ。


 ワシ、幽霊を見る事が出来るけど、作り物(フェイク)のホラーには弱いのさ。エログロが、どぎついものも、そうだけど……、ジャパニーズホラーっていうやつ? めっちゃダメ。演出というか、丁寧に織り込まれた恐怖描写というか……、


 そういったものが、心にくるんだ。


 グサッと、尖ったナイフで、精神を抉られるような。


 そんな気になって震えがくるから。


 まだ、本物の幽霊(リアル)を見た方が、恐くない。


 だって、あいつら、意外と陽気だったり、阿呆な事したり、で親しみが湧くから。


 やめて。


 カリカリカリリ……。


 あたしは薄れゆく意識の中で、一つだけだが分かった事があった。


 それは、これから、あたしは死ぬのだという事。それが救いだと。


 あの永久ループから解放される唯一の救いなんだと。


 そして、


 完全に意識がなくなった後、ふっと目の前が明るくなる。……意識が戻ってくる。


 助かった。あれは夢だとか、そういったオチで……。


 あれっ?


 ここは?


 彼氏の車の中で……、


 彼氏が運転していて、あと四つ信号を抜けると赤になってしまう、そこで在った。


 そして、


 再び、繰り返す、ぐるぐると回る時間と場所を……。


 終劇ッ!


 カリカリカリリ……。


「てかっ」


「どうしたの? 海猫ちゃん。なにかあった? 声が聞こえたとか」


「これで終わりですか、師匠。これじゃ、意味分かんないッスよ。本気で。まあ、雰囲気的には、めっちゃ恐い終わり方ですけど、リアルは、そうじゃないッスわ」


 ようやく下書きが終わった嬉しさなのかカラカラと笑いながらも答えるヨウさん。


「まあ、ホラー的に恐ければ、何でもいいんじゃん?」


「まあ、そうッスけど」


 もう一人の小生、カモンッ! 現実を魅せてやれッ!


 シーン。


 クソが。


 裏切りやがった。出てこねぇ。まあ、リアルって、そんなもんか。それに対してヨウさんの描くホラーは物語として確かに恐い。だから、ホラー漫画的には、これでいいのかも。ワシ、あの相撲で大一番の待ったなしから恐くて仕方なかったし。


 ヨウさんが、なにかに取り憑かれたような気さえしてきたし……。


 これで、いいのかも。


 リアルを追求する事が、決して面白さに繋がるわけじゃないって事か。なるほど。


 勉強しましたぞッ!!


 師匠ッ!


「うん。納得してくれたみたいね。とりあえず、おやつタイムにしよっか。気合い入れるべよ。それからは全力でね。締め切りまで、あと3日しかないからさ」


 とヨウさんが柔和な笑みで、また甘い罠を仕掛けた。


「諒解でなのあります」


 と、よだれが出そうになった事は秘密なのであ~る。


 だから恐いのよ、ヨウさんと、あとから反省したが。


 これが、海猫さんのアシスタント現場での様子となります。もちろん、小生が海猫さんに詳細な聞き取りを行い、その上で彼女の気持ちになって書いたものではありますが、大体、こんな感じで仕事をしているのだと掴んで頂ければと思います。


 無論、アシスタントの現場には、様々な個性があり、


 これは、その一例だとも言えます。


 少なくとも小生がアシスタントをしていた現場は、まさに男の世界であり、時には力仕事さえ要求されるという過酷なものでありました。もちろん、おやつタイムなどなく、それどころか食事の提供もなく、支給されるのは缶コーヒーだけで……。


 おや、このままいくと愚痴になってしまいそうです。


 なので、この辺りで、今回は、お開き、という事で。


 チャオ。

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海猫さんがゆく 星埜銀杏 @iyo_hoshino

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