黒猫のしらせ

@kamonokoshi

第1話

黒猫がいた。

飼い猫でもなく、地域猫でもないようだ。

野良にしては毛並みもよく、上品な猫だ。

目を細めて、お隣のガレージで実に気持ち良さそうに毛繕いをしていた。


8月の15時過ぎ、まだまだ日差しはキツく照り付けているが、ガレージは日陰でコンクリートがひんやりと冷たいのだろう。

目を細めて、片足を挙げて。優雅なものだ。


私はポストの中を確認して家の中に入った。

待っていた封書を手に持って。


エアコンの効いた部屋で、ダイニングテーブルに向かい、キレの悪いハサミで封を開けた。


『要精密検査』


目に入った瞬間、胸のあたりがひゅっと縮こまった。

瞬時に嫌な予感ばかりが駆け巡る。走馬灯の逆のようだった。死の瞬間までが早送りに予見されるような感覚。


ぶんぶんと首を横に振り、その感覚を振り払う。

再検査になっただけのこと、大げさだ。


以前にも同じことがあったではないか。その時も何もなかった。

今回も杞憂に終わるはずだ。


とは言え、早めに検査の予約をしなくてはと自分を落ち着かせた。コーヒーでも飲もう。


お湯を沸かしながら、亡き母を思い出していた。母は大腸ガンだった。

ずっと調子が悪かったのに、家族にも仲の良い友人にも、誰にも何も言わず、秘密にしていた。我慢できず病院に行ったときにはもうすでに手遅れだったのだ。


私は母に似ている。更にこのところ、年々似てくる。

首の皺や、体型。甘党なところ。口癖。猫が好きなところ。


そうだ。さっき猫がいた。

母が使いをだしたのかもしれない。

母はいつか、『黒猫は不吉やとか言うけど、あんなにかわいらしいんやもん、見かけるってことはラッキーや』と言っていた。


うん、あれはラッキーの兆候を母が知らせてくれたに違いない。

再検査にはなったけど、何もないかもしれないし、早く分かって良かったね、で済むかもしれない。


母がそう元気づけてくれている気がして、コーヒーと母が好きだったチョコレートを交互に口に入れた。


甘いものは不安感を軽減させてくれる。


もう一度、黒猫を見たくなって、外に出てみた。


さっきの場所には、、、いない。

慌てて辺りを見回すとうちの家の屋根の上をのんびりと、また優雅に歩いていた。


『大丈夫や。焦らんとき』


母の声が聞こえた気がした。

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