エピローグ ノマと魔法使い
ノマは、村のはずれにある小さな丘の上に寝転がった。清々しいほどによく晴れ渡った空には、白い雲がぽっかりと浮かんでいる。
農作業に明け暮れる日々。ノマは両親の仕事を心底尊敬しているし、今の生活に一つも不満はない。
両親の後を継いで農家として畑を代々守ってゆく。
先月十七歳になったノマは、自分の未来に何の疑問も抱いていなかった。
平穏な今の生活こそが、ノマの幸福なのだ。
けれど平穏な今の生活は、前よりほんの少しだけ賑やかになっていた。
「ノマ」
名前を呼ばれ、ノマはのどかな空から視線を移した。
花のような笑顔を咲かせた少女がノマを見下ろしていた。
「やぁリリア」
ノマが起き上がると、リリアはうずうずと体を揺らしていた。
「あのですねノマ! わたし!」
「よぉ、クソ農民! 相変わらず腑抜けた面してんなぁ」
するとリリアの後ろから赤髪の少年が顔を出した。彼は服をだらしなく気崩している。このなりで国の王子というのだから驚きだ。
「なんでライアンまで」
「オレが来たら駄目なのかよ。王子が直々に村を見に来てやってるんだぞ」
「誰も頼んでないけど」
「ちょっとは敬意を示したらどうだっつーんだ! ったく、お前は最初っからそうだよなぁ」
口の悪いライアンは腕を組んで鼻で笑う。
「何しに来たの」
ノマが問えば、リリアが側に詰め寄ってきた。
「あのですねわたしっ!」
「オレは落ちこぼれチャンに誘われたんだよ。じゃねぇとわざわざ来てやるもんか」
「さっき村を見に来たって言ってたけど」
「それはついでだ」
「ふーん。デートってことか」
ノマが言うと、ライアンだけではなくリリアまで顔を赤くして慌てふためいた。
「ち、ちげぇ!? 誰がこいつと、で、デートなんかするかクソがッ!」
「そそ、そうです! 酷い冗談ですノマっ!? やめてください!」
ライアンが無免許の魔法使いだということを知って以来、リリアの彼へ対する態度は少しずつだが変化していた。
端から見ていたら楽しいので、ノマもついからかってしまう。当の本人たちは迷惑そうだが。
「それで、今日はどうしたの」
からかってばかりでは話が進まない。ノマはリリアに尋ねた。
リリアは背筋を伸ばして、こほんと咳払いをした。手には錫杖を握り締めている。
「わたし、
「わぁ! おめでとう! 試験上手くいったんだね」
「つっても、FランクからDランクに上がっただけだけどな。下級ランクからは抜け出せてねぇ」
リリアは一言多いライアンに向かって、むっと口を尖らせた。
「免許さえ持っていないライアンに言われたくはありません」
「おまっ、そういうことを言いやがんのか!? 差別だぞそれは! 言っとくが、
「免許がない人間の魔法使用は、法で禁じられています」
「法なんかクソくれぇだ」
「仮にも国の王子が言っていいセリフじゃないよねそれ……」
ノマは大きなため息をつく。リリアもノマの言葉にうんうんと深く頷いていた。
そして、リリアはノマに向き直った。
「ノマに早く伝えたくて、急いで村に来たんです。わたしが試験に合格出来たのは……いえ、魔法使いとして成長出来たのは、ノマのおかげですから」
リリアは微笑んだ。
リリアがシシカ村へ来てくれたおかげで、ノマは魔法使いという存在を知ることが出来た。彼女との出会いがあったことで、平穏だった農民としての日々が一遍した。
農家の息子という立場は変わらない。ノマはこれから先もシシカ村で農民として生活を続けてゆく。
けれど時たまこうして、少しドジなところがある優しい魔法使いや、口うるさい王子兼魔法使いが遊びに来てくれる。
それだけでノマにとっては、刺激的で幸福な一日になるのだ。
「そうだ。よかったら家に寄って行ってよ。ソラも喜ぶだろうし」
「いいんですか! 実はわたしもソラに会いたいと思っていたんです!」
「仕方ねぇなぁ。そんなに言うなら行ってやるか」
「ライアンは呼んでないけど」「ライアンはもう帰っていいですよ」
「なんでだよ!? オレたち苦楽を共にした仲間だろうがっ!?」
ノマとリリアはこっそり笑い合いながら村の奥へ向かった。
ライアンがその後に続き、ノマの肩を軽く小突いた。
前よりほんの少し……いや、かなり賑やかになった農民ノマの毎日は、魔法使いたちとともにこれからも続いてゆく。
ノマと魔法使い 鬼桜 寛 @kizakura-kan
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