第49話 帰路

 バグマ火山を後にしたノマたちはシシカ村へ向かっていた。


 道中ロロレア山を通ったのでエッダと山賊たちにも挨拶をした。

 宴をしようと誘われたが、ソラもいるし先を急いでいるので断った。だが、今度盛大な祝宴を開いてくれると約束してくれた。


 フローガで一泊した際には、宿屋ロージニアに泊まった。モルドゥとロゼリアにも無事にソラを助けられたと報告した。武器が大活躍したことを話すと、モルドゥは得意げに胸を張っていた。


 沢山の人たちのお陰でノマはソラを救うことが出来たと、帰路につきながら改めて実感する。


 フローガを出ると、歩き慣れたはずの草原がやけに懐かしく感じた。

 シシカ村の近くに差し掛かったところで、見慣れた男が歩いているのが目に入った。


「あれって、ティロムトンさんじゃないですか?」


 リリアが声を上げる。

 間違いない。貧弱だったノマたちを助けてくれた行商人のティロムトンだ。

 すると、こちらに気付いたティロムトンが大きく手を振ってくれた。


「コレはコレは皆さん、ご無沙汰しております」


 ティロムトンは初めて会った時と同じ大きな背嚢を背負っていた。彼は丁寧に会釈をする。


「妹さんと無事に会えたのですね」


 優しい笑みを浮かべたティロムトンに向かって、ノマも笑顔で答える。


「以前は本当にありがとうございました。モルドゥさんにもちゃんと会えました」

「会えた後がめちゃくちゃ大変だったけどな」


 苦笑をしたライアンの後に、リリアが付け加えた。


「今、モルドゥさんの鍛冶屋は前より繁盛しているそうです」

「ソレは何よりです」


 ティロムトンはノマとリリア、ライアンをまじまじと見つめた。


「三人とも、強くなりましたね」

「いいえ、全然です。何度も死にかけましたし……」


 ノマが頬を掻きながら否定すると、ティロムトンは首を横に振った。


「ワタシが言っているのは、力の強さじゃありません」


 そしてティロムトンは、ノマの胸を軽く叩いた。


「ココの、強さです」


 ノマはなんだか照れ臭くなってしまった。


「でもお兄ちゃん、確かに強くてカッコよくなったよね。父さんも母さんもびっくりするんじゃない?」

「っかー! どこがだよ! クソ農民はちっとも変わってねぇぞ!」

「お前も全く変わってないよね」「ライアンこそ全く変わっていません」

「おいおいおい、落ちこぼれチャンまで偉そうに言いやがって!」

「もうただの落ちこぼれではありません。空、飛べますので」


 リリアはどうだ、と得意げに胸を張った。


「なぁーに調子に乗ってやがんだ! 飛べたのはオレのおかげだろっ!? 魔法の方はまだ碌に使えねぇんだから落ちこぼれのままだろうがッ!」

「なんだか、前より仲良くなっていますね」


 ティロムトンは微笑ましくノマたちのやり取りを見ていた。


「なってねぇっ!」


 ライアンは全力で否定していた。


 ティロムトンと別れ、ノマたちはシシカ村へ到着した。

 魔法使いたちの襲撃で荒れ果てていた村は、少しずつではあるが前のように復興してきていた。

 村の入口にいたサロはノマたちを見つけると大騒ぎし、慌ててアダとウルマを連れてきた。連れられてきたアダとウルマは、ノマとソラに駆け寄ると泣きながら抱き締めた。


 その日はささやかな祝いの席が開かれ、夜遅くまで騒がしかった。

 深夜を周りやっと寝床に入れたが、なかなか眠れない。


 ノマは誰も起こさないよう静かに家の外へ出る。畑があった場所に、リリアが立っていた。


「リリアも眠れない?」

「あぁ……ノマ」


 リリアは優しく微笑んだ。


「今夜も、星がよく見えますね」


 空を見上げると、沢山の星たちが瞬いていた。


「ノマと初めてこの村の星を見た時のことを、思い出していました」


 リリアの横顔はとても穏やかだった。


「わたしは、この村のお役に立てたでしょうか」


 ノマは苦笑した。


「そんなの、村のみんなに聞かなくたってわかりきってるよ」


 言いながら、ぼろぼろの柵にもたれかかった。


「リリアのおかげで、僕はたくさんの経験をした。ソラだって助けられた。この村に来てくれて、ありがとう」

「あ」


 すると、リリアの錫杖に嵌め込まれていた赤い宝石が煌めいた。


魔法力マナエナジーが溢れそうです……!」

「え、ぼ、僕の?」

「ノマだけじゃありません。たくさんの人たちの感謝の気持ちが、ここに溜まっています」

「きっと、ソラやエッダ、モルドゥさんの分もあるよ。ライアンがちょっと取っちゃってたけど──あ」


 しまった。ノマは口を抑えたが、もう遅い。


「ライアンが? ……どういうことですか?」


 リリアは真剣な顔をしてノマに詰め寄った。ここまで来てしまったら誤魔化すのは難しい。


「なんだぁ? こんな時間に二人で逢引かよ?」


 リリアに全てを話し終わった後、とんでもないタイミングでライアンがやって来た。いつもは朝までぐっすり寝てるのに、なんでこういう時は起きてくるのか。

 欠伸をしたライアンがノマとリリアに近付く。


「ライアンごめん」

「は? 何が」

「──う、嘘ですっ! そんなわけないですっ!」

「何が嘘なんだよ」


 ライアンがリリアの側に寄ると、リリアが後ずさりした。顔が真っ赤になっている。


「し、し、信じられませんっ! ノ、ノノ、ノマ! わたしをからかっているんですねっ!?」

「からかってないよ。事実で」

「嘘ですっ!」


 苛立った様子でライアンがノマとリリアを見比べた。


「さっきから何の話してんだよ」

「ライアンがお城で会った魔法使いだなんて、嘘ですっ!」

「は、はぁーーっ!? お、おま、お前!? クッッッソ農民がッ! 言いやがったなぁっ!?」

「ごめん口が滑って」

「口が滑ってとかそういう問題じゃねぇだろっ!? 男と男の約束だろうがっ!」


 声を上ずらせたライアンの顔が、リリアと同じくらい赤く染まってゆく。

 リリアはライアンに何かを言いかけたが、彼と目が合った瞬間口を噤んでしまった。

 二人の間に数秒の沈黙が流れる。


「……ま、まぁ、落ちこぼれチャンの魔法力マナエナジーをちょっと貰っただけだ。あん時はそうでもしないとオレたち死んでたし」

「お、お、お城で会った魔法使いが、ライアンだなんて……! やっぱり信じられません! 嫌です! 無理です!」


 リリアは叫ぶと、走ってノマの家へ入ってしまった。

 リリアにとっては魔法力マナエナジーを取られたことよりも、思い出の魔法使いがライアンだったことが何より衝撃だったらしい。


「──こんの! クソ農民がぁ! どうしてくれる!?」

「むしろいいんじゃないかな」

「何がぁっ!?」


 久しぶりにシシカ村で迎えた夜は、賑やかに更けていった。

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