第48話 おかえり

「──マ、ノマ!」


 目を開けると、眩しい光が目を焼いた。思わず目を細めると、光を遮る黒い影が落ちた。

 視界がはっきりしてくる。ノマが何度か瞬きをすると、涙目のリリアがこちらを覗いていた。隣にはソラもいる。

 太陽が昇って辺りが明るくなっている。朝なのか。ここはどこだろう。確か、火口湖にいたはずなのに。


「……ここは」

「お兄ちゃんっ!」


 ソラが体を起こしたノマに抱き着いた。苦しいくらいにぎゅうぎゅう抱き締めてくる。


「ソ、ソラ、まって、くるし……」

「ああっ、ご、ごめん!」


 慌ててソラは離れ、涙が滲む笑顔を見せた。


「炎龍……炎龍ヴァルノーヴァはどうなったの」

「さぁな。さすがにここまでは追いかけてこなかったみてぇだ。オレらは逃げ切ったってことだ」


 ノマたちから離れたところに胡坐をかいていたライアンが立ち上がった。


「逃げ切った……」


 そうだ。ノマは火口湖の底から外へ脱出しようとしたのだ。ノマもライアンも溺れ死ぬことはなかったらしい。


「こいつには助けられたな」


 するとライアンはノマに向かって何かを投げた。慌てて両手で受け取ると、馴染んだ重みがあった。相棒のクワだ。


「じゃあ、僕たちは助かったってこと?」

「そうです。全員無事です」


 リリアが涙を拭って笑顔を咲かせた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 ソラは再びノマを抱き締めた。今度はちゃんと力加減をしてくれた。ノマは静かにソラの頭を撫でた。

 リリアの話によると、リリアたちはあの後、約束通り火山の麓でノマたちを待っていた。喉が渇いたソラが近くを流れる川に行ったところ、水面に浮かぶノマとライアンを発見したそうだ。


 ライアンは意識があったが、ノマは身動き一つしなかったのでもう駄目だと思ったらしい。

 岸へ運びなんとか水を吐き出させて、先ほどノマが目覚めた状態に至る。


「そうか……終わったのか、全部」


 長いため息をついたノマは笑いを零した。

 空を仰ぐと、大きなバグマ火山が見えた。今は、火山灰は降っていない。快晴だ。炎龍ヴァルノーヴァはどこかへ戻ったのだろうか。


「ったくよぉ、とんだ長旅だったぜ。暇つぶしにはなったがな」

「ライアンがいなければ、わたしたちはきっとソラを救えなかったと思います」


 リリアが珍しくライアンを褒めた。当のライアンはあからさまに照れている。


「そっ、そりゃあな。国の王子が仲間になってやったんだから、あ、当たり前だろ?」

「うん。ライアンにはたくさん助けて貰ったよ。ありがとう」


 ノマも素直な気持ちを伝えれば、ライアンは慌てふためいた。


「っ……ま、まぁ、オレも、なんつーか、その」

「お兄ちゃん、この人ツンデレ王子なの?」

「だ、誰がツンデレだぁっ!? クソ農民の妹もクソだな! クソが!」

「そう言えばリリア、空を飛べたんだよね」


 ノマが話を変えると、リリアは大きく頷いた。


「そうなんですっ! 火事場のなんとやら、かもしれませんが飛べたんです! 夢みたいです! これで昇級試験にも挑戦出来ますっ!」

「二度と飛べなかったりしてな」


 からかうライアンに向かって、リリアはこほん、と咳払いをした。


「『出来る出来ないじゃねぇ。やるんだ』って人の胸倉掴んで言ったのは、どこの国の王子でしたっけ」

「お、おま、それを今掘り返すのかよっ!?」

「珍しくかっこよかったですが」

「か、かっこ……ッ! まま、まぁな! なんせ王子だからなッ!」

「やめなよリリア。こいつすぐ調子に乗るから」

「お前は一言多いんだよ、クソ農民がッ!」

「ライアンには負けるよ」


 和やかな空気が流れたところで、ソラが立ち上がり深々とお辞儀をした。


「リリィ、ライアン王子、そして……お兄ちゃん。助けてくれてありがとう。あいつらにさらわれた時、もう二度とこうやって笑えないと思った。何回ももう駄目だって覚悟した。けど、みんなと過ごせる時間が戻ってきて、本当に……本当によかった」


 ソラは涙ぐみながら繰り返しお礼を言った。


「僕も、ソラを助けられてよかったよ」


 ノマは微笑みながら、最愛の妹に向かって伝えた。


「おかえり、ソラ」

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