第47話 希望は捨てない

 リリアたちが遠く離れたことを確認してから、ノマはライアンに小声で尋ねた。

 聞くまでもなかったが、一応念のためだ。


「秘策なんて、ないんだろ」

「まぁな」


 薄笑いを零したライアンは肩を竦めた。


「けど、最後にカッコつけられたんだから、いいじゃねぇか。お互いにな」

「カッコついてたかな……」

「うるせぇ」


 ライアンは肘でノマを小突いた。


「……リリア、飛べると思う?」


 ノマの言葉に、ライアンは鞘から剣を抜きながら迷うことなくハッキリと答えた。


「飛べる」


 今のライアンが言うと、なんだかやけに説得力があった。


「だね」


 ノマとライアンは、炎龍に向かって叫んだ。


「おいこっちだ!」

「腹が減ってんだろ! こっちには美味いのが二人もいるぜっ!」


 しかし炎龍は大声を出す二人に見向きもしない。リリアとソラに気付いている。

 そう言えばホフマンは、炎龍は女の肉が好みだと言っていた。


「チッ、駄目か」


 ライアンは舌打ちをして、手に持った剣を握り締めた。そのまま炎龍に向かって走ってゆく。どう考えても、あんなちっぽけな剣で太刀打ちできる相手ではない。それでも彼は物怖じせず炎龍に突っ込んだ。


「うおおぉぉ!」


 飛び上がったライアンは、炎龍の足元に剣を突き立てた。運よく真っ黒な鱗の隙間に剣が刺さる。

 炎龍は僅かに身を捩った。ライアンは急いで炎龍から離れる。

 ノマは落ちていたクワを拾い、ライアンの元へ走った。

 剣が刺さったままの炎龍は標的をライアンに変えたようだ。走るライアンを食らおうと、巨大な口が開く。


「おい! こっちにもいるんだからなっ!」


 ノマは叫びながらクワを横に投げた。回転しながら炎龍の腕の辺りに向かったクワは、そのままグサリと刺さった。


 リリアたちの方を確認すれば、リリアが錫杖に跨っていた。


 頼む。どうか上手くいって──。


「ノマッ!」


 ライアンの声に反応して前を向けば、炎龍が炎を吐き出す寸前だった。


「うおっ!?」


 咄嗟の判断だった。ノマは火口湖に飛び込んだ。数秒の差で、轟音と共に炎の光で周囲が明るくなる。

 流石に水中までは炎は届かなかったが、一気に水温が上昇したのがわかった。凄まじい火力だ。

 水面に上がろうとした時、火口湖の底に泡が出ている箇所が目に入った。


 あれは──もしかすると。


 息が続かなくなり、急いで水面へ上がる。間近で見る炎龍はとても大きく感じた。

 炎龍はノマに気付いていないようだ。なぜ、と思い岸に視線を移すと、炎龍がリリアたちの方を向いていた。


 まずい。


 炎龍はリリアたちに向かって、容赦なく炎を吐き出した。


 ああ、駄目だ、もう。

 諦め顔を背けようとしたノマの視界の端に、ふわ、と浮かび上がるものが入った。

 見れば、錫杖に跨ったリリアが、炎の上を浮かんでいた。ソラもちゃんとリリアに捕まっている。


 リリアが、空を飛んでいるのだ。


「やりやがったぜ、落ちこぼれぇッ!」


 ライアンが歓喜の声で叫んだ。

 炎龍は二人を追いかけて炎を吐き出すが、リリアのよろよろと覚束ない動きのお陰で、見事に炎を避けられている。リリアはソラをつれてそのまま火口湖の上空へ消えていった。

 これで一安心だ。けれど、こっちだってこのまま終わるわけじゃない。


「ライアン! もしかしたら、この下から出られるかもしれない!」

「まじかよッ!」


 ライアンは炎龍に向かって走り出した。いくらなんでも正面突破はいかがなものか。そのまま勢いよく火口湖へ飛び込む。


 炎龍は自分の真下で動くノマたちに、どう動けばいいか判断が出来ないようだった。ノマの側まで泳いできたライアンに、早口で伝える。


「火口湖の底に泡が出ている箇所があった。もしかしたら外に通じてるかもしれない」

「この状況で悩んでられねぇ。行くぞ」


 ライアンは大きく息を吸うと、水中へ潜った。ノマもその後に続く。

 ライアンに指をさして泡が出ている位置を示すと、彼は素早く潜水した。ライアンは泳ぎがかなり得意らしい。ノマも急いで潜ってゆく。


 先に着いたライアンが岩壁に触れた。彼は親指を立てる。

 ノマの予想が当たっていれば、あそこはおそらく外に通じている。イチかバチかの賭けだ。ライアンは岩をどかそうと引っ張った。


 その時、背後で嫌な気配がした。

 振り返ると、炎龍が顔を沈めてこちらを見ていた。


 思えば炎龍はこの火口湖から出現した。ということは、泳ぐことももちろん可能なのではないか。

 ノマは慌ててライアンの側へ向かい、岩を掴む。しかし水圧のせいかびくともしない。

 息も長くは続かない。息継ぎのために水面へ上がろうとすれば、瞬く間に食われてしまうだろう。


 炎龍がこちらへ泳いでくる。

 すると、上から何かが落ちて来た。

 クワだ。


 炎龍の腕に刺さっていたものが外れたようだ。

 ノマは手を伸ばしてクワを握り締める。そして岩と岩の間にクワの刃を入れた。


 そのまま力いっぱい引っ張れば、ガコッ岩が外れた。

 ノマは激しい水流に吸い込まれる。


 体が引きちぎられるのではないかと不安が過ったが、ここまで来たら流れに身を任せることしか出来なかった。

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