我の旅

三日月てりり

我の旅

 侵略してくる怪物たちを迎え撃つため、我が国の猛者たる錚々たる面々が僕の家に集まった。我が家は城から最も遠く、化け物が真っ先に侵攻してくること間違いなしの小屋だ。広さは畳で言うと三畳。この狭い小屋に錚々たる面々、百名は入れなくてはならない。物理的にそんな空間がこの小屋の中に無いことは通常の人間ならば誰にでも分かることと思うが、それでも我は「錚々たる面々を小屋に籠もらせろ、そして怪物が来たならば一斉に飛び出して驚かしてやるのだ、さすれば我が軍は勝利の美酒に酔いしれること間違いなしだ、ワッハッハ」との殿の命を果たす他ない。出来なければ打首獄門。前門の虎であり、後門の狼だ。我は仕方なく魔法使いのところへ行って、空間を捻じ曲げて狭い空間の内部を広くする魔法を習った。習い終わるまで三年五ヶ月、辛く長い旅修行をした。これで我が小屋の内部を広くし、百名の猛者を内へと収納し、敵の襲来を脅かす突然過ぎる作戦を実行できるというものだ。ウッフッフ。我は我が小屋へと戻った。するとあろうことか、とんでもないことが!

 我の小屋は無くなっていた。そして広い屋敷へと建て代わっていたのだ。この土地の権利を持つ我に断り無く誰がこんなことをしたのだ! そのへんをうろついている兵士に聞いてみたところ、それは殿によるものだった。殿の決めたことなら仕方が無い。我は百名の猛者たる錚々たる面々が中に居るのかと思った。すると中には誰も居ない。また兵士に聞いてみると、怪物との戦いはただ百名の猛者が戦っただけで大勝利となり、彼らはそのまま怪物の国の領土を侵攻したのだそうだ。そうして今や怪物などいない世界が実現したそうなのだ。なんたることか、三年五ヶ月の修行は、我をこんなにも世間から引き剥がしてしまったのか。

 悔し涙で丘に登った。三百六十度を見渡して我は泣き濡る。平和とは、軍人により敵を根絶させることによってもたらされることもあるのだな、と。怪物達の中にも良いやつもいたろうに、と。僕の密かな恋人だった怪物の花子ちゃんも今はもういないのだ、と。我は泣き濡れて、その涙は水たまりとなり、池となり、湖となり、やがて海と一体化し、全ての土地をも凌駕して、さらにさらに猛者や殿なども水の底に沈め壊滅させたのだ。我は恐ろしい、我にこんな力が有ったなんて。我は狭い空間の内部に広い空間を作る魔法を使って、世界中の海と陸地を一杯のコップの内に収めた。全ての人の亡骸も、全ての怪物の亡骸も、そこにひとしく祀られて、さらに巨大な世界の一部となり飾りとなって、その役割を終えたのだった。

 我はそのことを伝承するため、別次元へと移行し、書物に顛末を書いた。その世界の人々が今この文を読んでいるのであろう。この伝説のことを知ってくれた人には、かつてそのようなことがあったのだと、記憶の片隅に留めておいて欲しい。そしてそれを教訓とし、争うことの無意味さを味わって、まったりとしてこっくりとした味わいと共に忌避していってもらいたいと思う。そう記して、我は書物を印刷し、この地のあらゆる図書館に寄贈した。

 我に出来ることはこのようなことだけだったが、寄贈した本を読んだ物が、我を世界を滅亡させた犯人であるとして告発したのだ。我はまた悲しくて切なくて、涙を流して世界を沈めた。そうしてそのことを書いた文章を図書館に収めないなどの改善を加えたりしつつ、世界の在り様を鑑みて、次の次元へ、その次の次元へ、と居場所を変える旅をするのだった。そうこうするうちに、我は年をとってしまった。

 寿命が訪れる少し前、最初の世界にいた魔法使いが我の目の前に現れた。

「やあ、僕だよ、魔法使いだよ、僕は君が封じ込めてきたあらゆる世界を経過して今ここへやってきたよう。君がついにいなくなるということで、一言伝えに来たんだよう」

「我に魔法を授けてくださったこと感謝いたそうぞ、して一言とは」

「永遠に貴女を愛しています 怪物の花子より」

 僕は衝撃を受けてひっくり返った。すると世界は還元され前に居た次元へと交代し、そこで僕がまたひっくり返ると前の次元へと戻され、それを延々と繰り返した結果、僕は一番最初の自分の国へと戻ったのだった。

 そこには花子が居た。僕が居た。猛者も殿も居たし怪物たちの軍も我が国へと押し寄せていた。僕は魔法を使わなかった。暴力によって世界は目茶苦茶になった。それでも僕は魔法を使わなかった。使ってしまったら、この結果よりもさらに悪い世界が現出されてしまう。切なくて、泣き濡れて、またほんのちょっぴり、世界を失わせてしまいそうになったとき、瀕死の花子がその涙を掬ってくれた。僕はそれを見て喜びに溢れ、花子と手を取り合って死ねていくのだった。そうして世界に、我と云う不幸の無い、平和が訪れたのだった。



2021/12/18+2022/08/25微修正

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