5 暗殺者の正体
「ご苦労だったな。地元の者に見咎められたりは、しなかっただろうね。蘭…」
蘭からマイクロチップを、受け取ながら朔磨は訊いた。
「はい…、人の目にはつかぬよう、夜の時間帯を選びましたゆえ、大丈夫かと思われまする」
蘭は、まだ時代劇調が戻っていないらしく、江戸時代の言葉遣いのまま答えた。
「ここは江戸ではないんだんら、もう普通に話してもいいんだよ。お蘭…」
光太郎はこっちにおいでと、手招きをしながら蘭を呼んだ。
「さて、簡易龍馬が額を横一文字に切られた時、最後に龍馬の見た彼を斬りにきた。ふたりの刺客のうち…、確かふたりでしたよね。父さん…。少なくとも、簡易龍馬を斬った賊の顔だけは、このマイクロチップの中に、確実に記録されているはずだ…。これから、確認してみ間ますから、龍馬さんもみんなも、私の研究室にきてください。
それから、父さん…。あんまり蘭をいたずら半分に、いじくらないでください。少なくても蘭は私がこの手で造った、娘のようなものですから。なんでしたら、父さんにも、もう一体造ってさしあげましょうか…」
「そうだな…。それなら龍馬どのにも、一体造って差し上げたらどうだね。龍馬どのも、お龍どのがいなくては、寂しいだろうからね…」
「あ、いや、それには及ばんとです。大先生ェ、わしだったらお蘭さんがおれば、それで十分ですき…。そげにわしンことで気ィば、使わんでくれんかいのう…」
龍馬は、光太郎や朔磨が自分のことを、気に病んでくれていることが嬉しかった。まして、殺されかけていたころを、助け出してもらった恩義は、何物にも代え難いものであった。特に、この一之瀬光太郎教授は、歴史学を専門にしていると言っていた。ことに武士は受けた恩義は、大義名分に代えても返せと、龍馬は子供の頃から言い聞かされてきた。
だから、光太郎と朔磨に受けた恩は、どんなことをしても返さなければと、龍馬も口には出さないまでも、心の中で決めていたのだろう。
龍馬は、朔磨の研究室に向かいながら、小声でそっと光太郎に訊いてみた。
「大先生ェ、わしは何をどんな風に大先生ェの、手伝いをすればいいんてばすかいのうは…」
「まあ、その話は後々ゆっくりとしましょう。いまは龍馬どのを斬ろうとした、犯人を見極めるのが先決でしょう。さあ、お入りください」
朔磨が研究室のドアをは開けたので、光太郎は龍馬と蘭を伴って、朔磨の研究室に入って行った。
「さぁて、ここからが永年に渡って、幕末最大の謎とされてきた、坂本龍馬暗殺事件の真相が、これでハッキリとするわけですから、少なくても父さんとしてはかなり、スッキリとするんじゃないんですか…」
朔磨は、そんなことを言いながら、蘭が簡易龍馬から抜き取ってきた、マイクロチップを解析装置に差し込んだ。モニターは一瞬チラついたが、すぐに元に戻り映し出された画像は、これまた極めて短いもので、わずか0.数秒という代物だった。
「うーん…。これほど短いとなると、解析するにしても時間がかかりそうだな…。よし、ここは蘭の力を借りるしかないか…」
「かしこまりました。博士、それをわたくしが取り込んで、解析を行えばよろしいのですね」
蘭は朔磨から、簡易龍馬のマイクロチップを受け取ると、頭の髪の毛を掻き分けて、簡易龍馬から抜き取った、マイクロチップを差し込んだ。しばらく身動きひとつしないで、マイクロチップの解析作業に、集中していた蘭だったが、やがて普通の表情に戻った。
「何かわかったのか…。蘭」
「はい、博士。解析が終わりましたので、これから結果を壁に映します。消灯のほうをお願いします」
「はい、はい。分かりましたよ。お蘭さま…、ライトは消しますから、解析の結果のほうをお願いしますよ…」
朔磨は、半分お道化て蘭に言うと、入り口の壁についている、ライトのスイッチを消しに行った。
朔磨が席に戻ると、さっそく蘭は眼から映像を映し出す、光を正面の壁に照射し始めた。映像は0.0何秒という極めて短く、映像そのものがチカチカとしていて、とても朔磨たち人間の肉眼では、見極められるものではなかった。
「うわぁ…。これはとてもじゃないが、私らの眼では解読くするなんてことは、百パーセント以上ムリだな…」
「人間の眼でムリなのなら、お蘭に任せてみてはどうなのかね。朔磨…」
光太郎が、戸惑っている朔磨を見て、助け船を出してきた。
「まあ…、それしかないでしょうね。蘭、このチラついている画像を、静止してくれないか…」
「はい、かしこまりました。博士」
蘭は朔磨に言われたように、チラついて人間の眼には、ただの光の点滅にしか見えない、画像を静止して拡大を試みた。すると、そこに映し出されたのは、ひとりの侍の姿だった。
「おや…、この侍少し可笑しいぞ。蘭、この映っている侍を、もう少し拡大してもっと鮮明化してみてくれ…」
「かしこまりました。博士…」
蘭は、そこに映し出されている、侍の姿を拡大と鮮明化を繰り返し、一枚の完全な画像として完成させた。
「この画像を、デジタル画像として残しますか。博士」
「うむ、それはいまでなくて後でもいい。それより、簡易龍馬を斬った男も、やはり私の睨んだとおり、アンドロイドだったのか…。それも、いまよりもかなり旧い時代のものだな。蘭なら向こうが、生体なのか造りものなのか、生体反応で識別してしまうからな。云わば、アンドロイド黎明期のものだから、簡易龍馬を一個の生命体として、捉えてしまったんでしょうね…」
「うーむ…、アンドロイド黎明期のものとなると、一体いつ頃の時代のものなんだね…」
歴史学の権威である光太郎も、近代以降のものに関しては、別の分野に入るために、この辺りのところは情報に乏しかった。
「そうですね。アンドロイドの黎明期となると、いまから百年から百五十年くらいですかね…。でも、私は思うんですが、その頃の時代にはRTТSが、まだ発明されていない時代でした。
これは私の推測なんですが、私たちよりもっと未来の人間が、足が付くのを恐れたのかも知れません。とにかく私たちより百年くらい前の、過去に来て多分中古かなんかの、旧いタイプのアンドロイドを、わざわざ買い取って行って、修理でも施したのかも知れませんが、慶応三年の京に送り込んできたのでしょう。
近江屋に乱入した賊は、ふたりでしたがこのうちのひとりが、坂本龍馬暗殺事件の主謀者か、龍馬さん暗殺の未届け人だった。と、私は考えておりますが、父さんはどのように思われますか…」
「うーむ…、私もそれに近い考えを持っていたのだが、ここで注意して考えなくてはならないのは、龍馬どのを暗殺して誰が得をするのか、という一点に絞らてくると思うのだ…」
「と、云われますと…」
「いいかね。朔磨、考えてもみなさい。龍馬どのは亀山社中を始めとして、海援隊をも組織し外国と貿易を始めた、稀に見るほどの商才に長けた方だ。
もしも、龍馬どのが暗殺されずに生きていたら、岩崎弥太郎の創設した大阪商会をも凌ぐほどの、大財閥を築いていただろうという、そういう説も出ているくらいだ。岩崎弥太郎が創設した、大阪商会というのは現在の三菱財閥のことだ。
永い眼で歴史というドラマを、見つめている人の目には、相当奇異なことに映るだろうがね…」
「そうすると、何ですかいのう。大先生ェ、わしを殺そうした奴は何かこう、わしが死ぬと自分で得することが、あるんでしょうかいのう…」
龍馬は歴史上では自分が、既に死んだことになっているから、これからは別人として生きて行くことに、多少の違和感を覚えていた。
だが、光太郎から依頼された、蘭と組んで歴史の陰に埋もれて、闇から闇に葬り去られた、歴史の真実を掘り起こして、太陽の日の下にさらけ出して、広く世の人々に歴史に隠された、闇の部分を知らしめることが、自分に与えられた使命なのだと、自らに言い聞かせている龍馬であった。
「さて、それでは、そろそろ簡易龍馬を斬った、真犯人を捕まえに行きますかいのう…。まっこと、このわしを斬ろうとした奴ら、この眼で確かめなくては、わしの腹の虫が治まらんきに、それでは行こうかのう。お蘭さん…」
「はい、それでは参りましょう。龍馬さま…」
「それじゃァ、行ってきますきに、大先生ェ、朔磨先生ェ…」
蘭と龍馬は立ち上がると、光太郎と朔磨の前から、姿を消し去って行った。
「しかし、何ですね。父さん、さすがにあの人は、天下に名だたる坂本龍馬ですね…。自分が殺されかけたと云うのに、そんなことは全て他所事みたいな、顔をしてるんですからね。
まったく、肝が座ったというか、私などは足元にも及ばないほど、器の大きな人だと思いますよ」
「それは、そうだろう…。自分が歴史上では、既に死んだことになっていると、聞いても別段驚いた様子も、見せなかったお方だからな。
ただ、自分の姉上の乙女どのに、逢えないのを残念がっていたのは、少しばかり気の毒だと思ったがね…」
朔磨と光太郎が、そんな話をしている頃。龍馬と蘭は慶応三年の、京都近江屋の近くまで来ていた。
「よし、今日のところはこの辺で。待つことにしようかいのう。お蘭さん、この前ン時は隣の部屋だったきに、あんな狭か部屋ではこっちも、満足に太刀打ちできんとじゃ。ここならば、存分に立ち回りが出きるき、大船に乗ったつもりで任しときんしゃい…。今度という今度は、絶対に逃がしたりしないきィ。よぉく、見といてくれんね」
「しかし、龍馬さま。史実に寄れば龍馬さまを斬った賊は、いくら龍馬さまが風邪気味だったとは云え、一刀の下に額を斬ったほどの腕、ご油断は召されぬように…」
「何、なに、心配はいらんぜよ。お蘭さん…。わしはこう見えても、江戸の千葉貞吉先生ェに師事し、北辰一刀流の免許皆伝を、伝授された身じゃきに。
そこいら辺りの有象無象どもなどは、わしゃまったく相手にしとらんき、そがいに気になぞしなくてもいいぜよ。お蘭さん。
それにしても、わしの偽物を斬ろうとした。その
そう易々と、壊れかけのアンドロイドなんかに、斬られでもしたら大先生ェは本より、坂本家のご先祖さまに申し訳が立つかい…」
龍馬が勢い込んで話していると、問題の時間が刻一刻と迫りつつあった。
「そろそろですわね。龍馬さま、賊が現れるのは…」
「うーむ。しかし、待てよ…。今宵があの時と同じ晩なら、既にあの部屋の隣には、もう一人のわしとお蘭さんが隠れている…。
そんななバカな…。わしゃア…、もしかすると豪いことに、気が付いてしまったのかいのう…」
龍馬は自分の頭を、両手で掻き
「わたくしは、アンドロイドですので、それなりに理解はできてまおります。しかし、龍馬さまはわたくしたちより、千年以上も昔の方ですので、驚かれるのは無理もありません。
ただ、わたくしたちの概念では、同一の人物が同じ場所には、〝存在することができない〟あるいは〝存在はできても、顔を合わせることはできない〟と、云った、パラドックス(逆説)が成り立つのです。ですから、これらの逆説に逆らった場合、わたくしたちがいる世界そのものが、消滅してしまうかも知れないのです」
「ブルルルル…、とンでもなかと。世界が消滅なンぞしたら、わしゃァ…、一体どこに行ったらいいンじゃ…」
「龍馬さま…。世界が消滅するということは、人間も動物も生命(いのち)あるもの、すべてが消えてなくなることですよ…」
「はははは…、分かっとるきに。お蘭さん、わしはおまんをからかっただけだき。気にせんといてくれんしゃい…」
龍馬が詫びているのも気にせず、蘭はさらに話を続けた。
「人間は嘘を吐いたり、心にもないことを云ったりしますが、わたくしたちアンドロイドは、人を騙したりすることは、許されないことなのです。
それにわたくしたちには、ロボット法というものがあります。
このロボット法は、SF作家アイザック・アシモフが、二十世紀に発表した自著、『われはロボット』の中に出てきます。
アシモフの書いた、『われはロボット』の中に出てくる、ロボット法三原則が現在でも通用している、ロボット工学三原則の大本になったと、云われているのです」
「ふーむ…。すると、そのロボットというものが、お蘭さんたちよりも先にできたのか…。わしはどっちがどっちだか、難し過ぎてさっぱり分からんとじゃが…、まっこと時代というものは、少しばかり進歩が速いんじゃなかかね…。
わしにはとてもじゃなかが、付いて行かれんとよ…。
じゃけんど、お蘭さんのような、アンドロイドでンわしら人間でン、みーんな法律でがんじがらめに縛られて、何ひとつ出来んというのは、いつの時代でン一緒じゃのう…」
龍馬は、世の中の仕組みがいつの時代でも、大した代わり映えしないことに、ガッカリした様子でため息を吐いた。
「龍馬さま、賊が現れたようです…」
「む…、来たか。今度こそは逃がしたりはせんぞ…」
物陰ら覗くと、ふたり連れの男が近江屋の戸を叩き、店の者を呼び出しているところだった。
「ものの十分もしないで、出てくるはずです」
「うむ…、確かにそんなものだったな…」
そのうち、ギャーという悲鳴とともに、バタバタと足音が聞こえて、中でも何か物音がしたかと思うと、雨戸を蹴倒して賊が飛び出してきた。
「出て参りました…。龍馬さま」
蘭が押し殺した低い声で龍馬に言った。
「よし、わしらも後を追おう…。今度という今度は、逃がしはせんぞ…」
時間捜索員 アンドロイド お蘭 佐藤万象 @furusatoha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。時間捜索員 アンドロイド お蘭の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます