⑦2001年3月

2001年3月

「結局、日本は広くてなあ。春休み全部使っても、回りきれんかったわ……」

 旅の最後の土地、新宿のゲームセンター【ワールド】にて、対戦に疲れた高城は、コーシと共にカウンターの席に座ると、対戦を眺めながら全国行脚の思い出を語っていた。

 思い出深い土地の対戦が思い出される。その日一日対戦した後、宿を提供してくれる者を捜す。喜んで提供してくれる者が多かった。

 その後に続く「家庭用でがっちりやりたい」という言葉には少なからずショックを受けたが、まぁ、当然の欲求でもあるのだろう。

 面白いものも沢山見た。

 福岡では連続技の動画を撮影し、ミュージッククリップ調に仕上げた者がいた。金沢ではハウスルールを適用して縛りを設けた試合をする店もあった。ここ新宿の、全力で潰し合いをするような空気も面白いものの一つだ。

 一人ひとりが、一つの店が、ゲームを中心にコミュニティを作っている。それを感じられた。

 この業界はまだまだ成長段階だ。そう思った。

「しっかし、なかなか勝てんもんやなぁ。今回はイケると思ったんやけど」

 傍らのコーシにぼやく。今日、彼と高城が行った三十試合、勝ち越したのはコーシだった。

「ま、手ごたえは感じとるから、今後もやってけばそのうち俺が勝つけどな」

 依然、コーシの視線はゲームのほうを向いていたが、空気が緩むのを感じた。

「楽しそうだな」

 唐突なコーシの呟きに何が、と高城は聞きかけた。

 コーシの目が和泉の対戦を見ていることに気付く。

 いつの間にか、和泉の対面の席には東京勢が揃っていた。誰も和泉を倒せない中、仲間への面子を保つ為に幾度もコンティニューする者がいた。

「あー。ありゃ勝てへんな。負けムード漂っとるわ。甲田くん、やっけ? 和泉くんと全国で当たった彼。一旦気持ち切り替えんと無理やろ」

 高城が呑気に感想を言う。事実、初歩的なミスを連発し、勝手に追い込まれていく。それがまた焦りを生み、次のミスを誘発していた。

「……ああ、ホンマ楽しいで」

 対戦を見つめながら、先ほどのコーシの言葉に答えた。

「半分は、おまえの力だ」

「珍しいな。おまえが人を褒めるなんて」

 心地いい沈黙に包まれる。

「そういや、受験はどうなったん?」

「失敗した。来年は浪人生になる」

 高城が訊ねると澱みない様子で、コーシが答えた。

 なんでおまえそんな偉そうに……、そう突っ込もうとしたところで、コーシが先に口を開いた。

「おまえはどうなんだ?」

 高城は戸惑った。

 大学の単位は足りているはずだ。

 来年は四年。紗江子をはじめ、大学の友人はとっくに就職活動を始めている。

 自分は……

「俺は――」

 自分の想いを正確に相手に伝えることは難しい。それは時には多くの言葉を要する。そして、結局のところは文節や明快な言葉よりも、伝えようとする誠実な意思こそが鍵なのだろう。

 ともあれ、この時、高城の言葉は少年に届いた。

「案外、悪くないかもな」

 長い話に口も挟まず聞いていたコーシが、彼にしては優しい声でそう言った。

「金の匂いはせーへんけど。俺、経済学部行っとったんやけどな。どこで間違えたんかね」

 


 あまりの眠気に和泉は気絶しそうになった。その様子を見ながら高城は笑って声をかける。

「和泉くんは帰っとき。そんなんでおっても邪魔なだけやし」

 時刻は午前六時半。夜行バスで東京から帰った直後、駅前のロータリーでの出来事だった。

 和泉の肩を後ろから支えるように軽く叩き、高城は優しく言い聞かせた。

「まだ店も開いとらん時間やしな。久しぶりに大阪勢と逢いたいんはわかるけど、どうせ奴らも起きてくるんは夕方からやろ。重役出勤せえ。な?」

 朦朧とした頭で、はいそうします、と相づちをうった和泉は、そのまま振り返ると切符売り場へと消えていった。

 その姿が見えなくなると、高城はゲームセンター【プラスアルファ】への道を歩き始めた。朝の冷たい空気が心地いい。通勤のせわしなさも、街頭のゴミを漁るカラスも、生命の息吹を感じさせるものとして高城の目には映っていた。

 馬鹿なことをしている、と自分でも思う。

 仮に巧くいったとして、食っていけるようになるまで何年かかる? 華やかな舞台になんて、立てるか?

 馬鹿ついでに、走ってみる。周りの空気が速度を増し、露出した顔や、手の肌を切りつけるように突き刺さる。担いだ荷物が肩の上で跳び跳ねるのを感じ、咄嗟にそれを体の前に回し両手で抱え込む。

 息が続かなくなった所で高城は足を停め、道を振り返ると苦笑した。ロクに進んでいないうちに息切れした自分に肩をすくめる。荷物を担ぎ直し、歩き始めた。

 そう、でもこれでいい。焦らずゆっくりやろう。俺は馬鹿でもいい。


【プラスアルファ】の前についた。

 時刻はまだ七時前。やはり店はまだ開いていない。高城は閉じたシャッターに背を向け、店の階段に荷物を降ろして座ると、ゆっくりと嘆息した。

 何から話そうか。

 関東? 名古屋? 東北?

 いや、今後のことだ。

 プロの第一歩目は、図らずも踏み出してる。でも、次を踏み出していかないとそれも無駄になってしまう。次の一歩、でもそれは侵略じゃない。愛情だ。馬鹿な話かもしれないけれど。

 レッスンプロの定着化、プロリーグの結成、大会での賞金は……風営法に引っ掛かるか。店ではなく、会場ならば引っ掛からないんだったか?

 ともかく、GCCの皆川さんとも相談しよう。プロが定着するには、店の理解が不可欠だし、負担も増えるかもしれない。


 ガラガラガラ…、と背後で音がした。ノブがシャッターを半分だけ開け、屈み込むようにしながら外に出ようとしてくるところだった。

 開店作業にしちゃ、来るのが早すぎないか?

 そんな疑問が頭をもたげたが、高城は荷物を放って置いたまま駆け寄り、シャッターを支えると、言った。

「帰ったで」



「……今まで本当にありがとう」

 高城にはノブが何を言っているのかわからなかった。

 一体何が起きた?

 なぜ店はこんな……閑散としている?

「無茶や独裁なんてのはね。数字を出せなくなったら終わりなんだ」

 二月の終わりにオーナーからの辞令があった、とノブは言った。

「来月から、ここはパチンコ店になる」

 これまであった店舗業務の変更もなんとかノブは断った。だが、無理が効くのは結果を出している時だけだった。

「一応、パチンコ店になってからも働きたいなら引継ぎの形でキミを雇えるけど……そんな必要はないよね」

 ましてや経営というものは、今後の利益率を見込んで行う。今のアミューズメントの主流がパチンコであり、それに相当する売り上げが見込めない以上、当然の判断だ。

「念のために言っておくけど、僕はキミを恨んじゃいないし、これは僕のミスだ。僕がもう少しメーカーの動向を探れていれば、こんな事態は避けられたのかも知れない」

 『MAX』についてメーカーは情報を伏せていた。避けられるものじゃなかった。

「そもそも、常連さんが、ゲームのためだけじゃなくても通ってくれるようにすればよかったのかも知れない」

 ゲームをやりに来ない客なら、それは収益には繋がらない。

「どれも後の祭りだけど、でも、きっとまだやれることは多分、あったんだ」

 それは、あったんだと思う。そう、思いたい。

「結果として僕はこうなったけど、後悔はないんだ。ゲーセンは厳しいけど、キミたちプレイヤーだけなら、多分うまくいくとも思ってる」

 自分はまた、どこかの店で同じことをやれるのか。同じように盛り上げて、メーカーの気まぐれで同じように潰れるまで。

「改めて言うよ。本当にありがとう」

 ノブの泣き笑いの顔が、いつまでも高城の頭に残った。





 ファイトクラブホームページより抜粋   執筆者 高城哲朗


 今日を持ちまして、俺は対戦を辞めようと思います。

 ファイトクラブは、和泉くんに引き継ぐことになりました。

 彼なら、きっとうまくやってくれるものと信じています。


 対戦をやりこまれてる方々は本当に尊敬します。

 何の見返りも求めず、ただ「戦う」ことが手段でも過程でもあり、また目的ですらある。そんな脈々と流れる川のような力強さを感じます。

 ただ、俺は光の中で生きるのが好きなんです。失礼な物言いかもしれないけど。

 命を賭けてやるからには、それに見合った結果が欲しいと思ってしまうくらいに若いんです。ライトの当たらない場所で自分を高め、対戦相手と共に成長し続けて行くことはとても大事なものを沢山生み出すと思います。

 でも、そうするには俺は若すぎました。幼な過ぎるのかもしれません。

 少しでも明るいほうへ足が向くんです。どうしても。

 別に大した話じゃないんです。

 一人のゲームオタクが、ゲームを辞めるだけの話です。

 お騒がせしました。

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リバーラン 第一部 我那覇キヨ @waganahakiyo

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