⑥2001年2月

2001年2月


 『MAX』の家庭用が発売された。

 近年の格闘ゲームブームの下火とは裏腹に、売り切れ店が続出し、格闘ゲームとしては異例の売り上げを見せた。

「今日もみんな、来ないんですかね」

 【プラスアルファ】のカウンター席で店内日誌をつけていた高城に、和泉は声をかけた。午後八時。本来ならもっとも盛り上がる時間だと言うのに、店内に人はまばらだった。

 元からこうなる要素はあったのだ。

 自分とプレイスタイルが異なる人間とは対戦したがらない者がいた事を思い出す。そして家庭用では、そうした邪魔者が入ってこない。

 集団の結束。仲の良さと、排他性は表裏一体だ。

「ひどいですよね。アーケードで出してから、たった五ヶ月ですよ。基盤代すら回収できない店もあったんじゃないですか?」

「……基盤は予約販売制やったらしいしな。ノブに聞いたけど、初期ロット、つまり十月の段階で店に入荷させるには、春には予約しとかんとダメやったらしい。発売以降の購入、つまり二次ロットの入荷は大会寸前。ま、ウチはあれだけ常連が集まっとったから、ペイしたけどな。それでもギリギリやで。基盤代も回収できんかった店は結構な数あるんとちゃうかな」

「……家庭用が開発されてるって話はなかったんですか?」

「緘口令が布かれたんやろ。でも、まぁアーケードは基盤の抱き合わせ販売なんかもある業界やから、まだまだ良心的なほうやったんちゃうか。少なくとも法は侵してへんし」

 これまでなら、アーケードに卸したソフトは移植が決定しても、発売までに一年間の間を置くなどが暗黙の了解となっていた。メーカーなりにゲームセンターのことを配慮して商売をしていたのだが……。

「コンテンツを握っとるメーカーが、末端に対しても強者なりの責任果たしとったんやけど……多分、もう今回でメーカーはアーケードから撤退する気やな」

 後に残るのは、潰れるゲームセンター。メーカーにとっては痛くも痒くもない。自社の利益を最優先に考えるのが企業だとしても、それはあんまりなのではないだろうか。

「僕たちプレイヤーもまんまと利用されましたね」

「ああ、大会が盛り上がった上にDVDまで付くとなれば、そら、あそこにおったやつは全員、買うわな。……俺も買ったし」

 和泉は力なく笑い返した。

「ま、唯一の救いはネット対戦がラグだらけでまともに対戦にならんってトコだけやな。アレだったらそのうちアーケードに戻ってくるんとちゃうか」

 これからどうなってしまうのだろう。対戦に触れて五ヵ月、終電がなくなるまで対戦に明け暮れ、閉店後は近くのファミレスでずっと対戦談義と反省会で過ごし、朝方に赤い目で帰宅する。ベッドの中で対戦の夢を見て、ふとした折に思いがけない戦法を思いつく。……そんな日々はもう帰ってこないのかも知れない。

「……泉くん、和泉くん?」

 高城の声に我にかえる。少し心配そうな視線と目が合った。

「なんです?」

「……実は今、ちょっとだけ人に会ってきたいんやけど、店番任せてええかな。ボタンの修理やコイン詰まりの直しくらいなら覚えたやろ?」

 気をつかったのだろう、エプロンを外しながら陽気な声で高城は言った。



「この間書いてた家庭用のトレーニングモードの使い方を深掘りした記事。よく書けてると思ったけどアップしないの?」

店の三件隣にある喫茶店で落ち合うなり、ノブはそう切り出した。大会の打ち合わせの準備もあるため、ノブとはホームページのアカウントを共有しているのだ。

「いや、そんなことよりオーナーさんへの店の売り上げ報告どないする? 大会直後なので一旦落ち着いてしまった、なんかで誤魔化しきれんやろ」

「まぁそれは大人の交渉術を使うとしてさ」

「多分、今後もしばらくこの調子やで……」

「そこでこんなことを考えたんだ。ウチの常連には和泉くんと高城くんが居る。この2人はとあるゲームの大会で全国2位と3位の優秀な成績を修めた。もちろん普通だったらゲーム大会のファイナリストなんて言っても誰も名前を知らないよ。でも、きみたちはたまたま家庭用ソフトのおまけDVDにバッチリ名前と顔が出てるじゃないか。しかも家庭用は売れた。びっくりするほど売れた。そこで敏腕店長は考える。きみたちが全国のゲーセンを巡り、我がプラスアルファの名を全国に轟かせてくれないかな、と。関西圏だけでなく、全国的に名の知れたゲーセンになるにはこの機を逃す手はないとね」

 ノブはニコニコと計画を語ってみせる。

「それはたしかに面白そうやけど……」

「ここはね、打って出るタイミングだと思うんだ。店のことは心配しなくても、ぼくが多めに出勤すれば回せると思う。バイト代は…旅費プラス一日8時間バイトの計算でいいかな。ゲーム代は自費、しかも8時間を超えてゲームしても残業代はでない、というショボいものになって申し訳ないど‥‥」

 


 ファイトクラブホームページより抜粋   執筆者 高城哲朗


 全国行脚します。

 公式大会二位の和泉くんと三位タイの俺こと高城。

 組み手、大会、普通の野試合、どれになるかは行った先のゲームセンター様にお任せしてあります。


 二月十五日、札幌のゲームセンター【グラディエーター】

 二月十六日、函館のゲームセンター【ジェイル】

 二月十八日、青森のゲームセンター【ツガル】

 二月十九日、大館のゲームセンター【テディ・ベア】

 二月二十日、盛岡のゲームセンター【雷神】


 スタートは正午から。

 ゲームセンターで俺と握手。

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