1-3

「俺、父さんに聞いてみたい事があったんだ。あと10分しか無いから…聞いていいかな」

「あぁ、いいよ」

「あのさ...父さんの人生は、幸せだった?」


 父さんは驚いたように俺を見て、そして満面の笑みを浮かべた。


「そりゃあ、幸せだったさ」


 そしてにこにこしながらそのまま語りだす。

 懐かしそうに目を細めて、少しだけ遠くを見つめながら、その表情は本当に幸せそうだった。


「大変かって言われれば、確かに大変だった。母ちゃんは若くに出てっちまったしなぁ。男手一つで面倒見るなんて出来っこないって思ってた。

 でもな、2人でやりたい事もたくさんやって、たくさん笑って、時には喧嘩したり泣いたりして、そうして1日1日目まぐるしく過ぎていく日々はすごく楽しかったなぁ。

 脳梗塞で目の前で倒れちまって、お前は大変で悲しかっただろうけど、最期の瞬間までお前が傍に居てくれて、俺は本当に幸せだったよ」


 父は俺を真っ直ぐ見つめて、肩を掴んだ。

 ぎゅっと込められた力から父の思いが伝わってきて、また涙が溢れてきた。


「だからな、お前はもっともっと、俺に負けないくらい幸せになるんだよ。母を知らないお前は不安がたくさんあるんだろうが、大丈夫だ。きっと良い家庭を作っていける。

 今日もう一度逢えて良かった、俺の言葉で伝えられる。

 ……結婚おめでとう、幸せになれよ、圭一」

「うん……あり、がとう…っ」

「お前がもっと大人になって、親になって、そして爺さんになるまで幸せに生きてから、またゆっくりお前の話を聞かせてもらおう。それまでは見守っているからな。

 …じゃあ、またな」


 最期にぎゅっと抱き締められて、めちゃくちゃになるほど頭を撫でられて。

 子どもに戻ったみたいで嬉しくて、そして少しだけ恥ずかしかった。


 今までありがとう、それまで待ってて。

 きっと俺も幸せになってみせるから。


 その言葉を言い切った時、線香の火がゆっくりと消えた。

 そして嬉しそうに笑顔を浮かべた父の姿も、ゆっくりと煙のように霞んで、見えなくなる。


「…ありがとう、父さん。これからも毎日線香あげに来るからね」


 短い時間だったけれど、今日、父とゆっくりと話ができて良かった。

 両親とも居ない俺だけれど、明後日、心に決めた女性と夫婦になる。




 終.

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導きの線香 柊 奏汰 @kanata-h370

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