1-2
家に帰ると、いつものように仏壇に向かい、線香に火を付け手を合わせ、夕飯を食べた。
夕飯を終えるともう既に22時をまわってしまっていて、バタバタと片付けシャワーを浴びる。
そうこうしている間に、あの不思議な線香のことはすっかり頭から抜けてしまい、そのまま眠ってしまっていた。
翌朝。
今日は1日休みなので、普段より1時間遅く目を覚ました。
朝食を食べる前に仏壇に向かって手を合わせ、昨日買ったばかりのあの線香を見つめた。
「1本10分…か」
3本続けて火をつけたとして、30分しか逢うことは出来ないのだから、短い時間で何を話すかある程度は決めておかなければいけない。
そもそも本当に父が現れるなんて保障はないのに、会う気満々で考えてしまっている事がおかしな話だ。
話したいことはたくさんある。
2人で過ごした日々と、父が居なくなってからの3年間と、それから………
「…辞めよう」
考えるより、まずは10分逢ってみた方が早そうだ。
まずは1本使ってみよう、と、思い切ってマッチで火をつけた。
ボッ、という音と共にマッチの火が燃え上がる。
線香には案外すぐに火がつくようで、小さな赤い火が灯った。
火がついたとして、ぱっと目の前に父が現れる訳でもなく、特に変わった様子もない。
やっぱりそんなうまい話なんて無かったか…そう思って立ち上がろうとした時だった。
「毎日毎日線香あげて、偉いなぁ」
そっと人が横に並んだ気配と共に、低く落ち着いた、聞き慣れた声がした。
「…父、さん」
「や、元気そうで何よりだ」
俺の横には、3年前と何も変わらない姿の父が居た。
穏やかに笑って、俺の方を見て立っている。
「急に1人にしちまって御免なぁ…大変だったろう。お前の目の前で倒れちまったしなぁ」
何を話そうとしていたかなんて、本物の父を目の前にすれば全て頭から抜けてしまって、父が掛けてくれる労りの言葉にただただ涙を流して首を振るしか無かった。
父は穏やかな笑顔を浮かべたままで、そっと背中を摩ってくれた。
体温は感じられない冷たい手だったが、少しゴツゴツした逞しい感触も、あの時の父そのものだった。
その後は少しだけ、一緒に生きていた頃の思い出話をした。
小学生の頃から、休みの度にバイクに乗って、2人でツーリングに出掛けていくのが楽しみだったこと。
最初は不味かった父の料理が、段々料理人のように上手くなっていったこと。
反抗期に入り口喧嘩ばかりしていた頃も、何だかんだで毎日話をし、お互いに分かり合っていったこと。
社会人になって働き始めて初めて、仕事に家事に育児といくつもこなしていた、俺が幼い頃の父の大変さが分かったこと。
そして、父が亡くなった後もずっと、俺の側で見守ってくれていたのだということを知った。
そうこうしているうちに2本目の火が消えそうになってしまい、俺は覚悟を決めて、3本目の線香に火をつけた。
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