導きの線香

柊 奏汰

第1話 父と息子

1-1

 毎日起きた時と眠る前の1日2回、仏壇の前で手を合わせることが習慣になったのはいつからだろう。

 気付けば、男手ひとつで俺を育て、病に倒れて亡くなった父の葬式から、もう3年が経とうとしていた。

 今日も、朝起きてすぐ朝食を摂る前に、仏壇の前に座って手を合わせる。


「…もう線香がなくなるな」


 毎朝毎晩、手を合わせるときには必ず線香をあげるものだから、定期的に購入しておかなければ切らしてしまう。

 あと2本しかないから、今日中に買って来なければ明日の分が足りなくなってしまうだろう。

 仕事帰りに買い忘れないようにスマホのメモに記入し、そっと蝋燭の火を消した。


 *


 その日、たて込んだ会議と仕事を片付けて、やっと会社を出ることができたのは20時を過ぎた頃だった。

 この時間じゃ普段買い物をする仏具店は閉店している時間だ。

 きっとスーパーマーケットやコンビニエンスストアくらいしか空いていないだろうと思い、自宅に向かって車を走らせていると、見慣れない仏具店の看板に灯りがついているのが見えた。

『逢瀬仏具店』と書かれているようだが、果たしていつの間にこんな仏具店ができたのだろう。

 しかし、今の自分にとっては好都合だ。

 線香はきちんと仏具店やその関連の店で買いたいというのが個人的なこだわりで、今回もできればそうしたいと思っていたところだった。


 駐車場に車を停め降りてみると、灯りのついた入り口はガラスの引き戸になっており、『営業中』という小さな看板が表に掛かっている。

 そっと手を掛け開けてみると、案外スムーズに扉が開いてくれた。

 外から見ると狭そうに見えた店内だが、奥行きが広いつくりになっているらしく、入り口すぐには大きな仏壇の見本や仏具などが置かれている。

 奥に進んでいくと、数珠やそれを入れる入れ物などの小物が並んでいる売り場にやってきた。


「さて、線香は…と」


 さほど棚数も多くは無いので、売り場はすぐに見つかった。

 今回は普通の線香にしようか、それとも盆前だし少し気分を変えて香りのついたものにしてみようか。

 棚の前で迷っていると、ふと見慣れないパッケージのグレーがかった線香が目に留まった。


「『導きの線香』亡くなった方の魂をもう一度貴方の元へ導きます…何だこれ?」


 見るからに怪しい誘い文句。

 そもそも魂を導くってどういう事だ。


「そちらの商品が、気になりますか?」

「…っ!」


 突然後ろから掛かった声に驚いて振り返れば、店員だろうか、30代前半位の眼鏡を掛けた男が真後ろに立っていた。

 名札には『逢瀬』とあり、店名はこの人の名前から来ているのだろうかと色々と思考を巡らせる。


「あぁ、驚かせてしまって申し訳ございません。私がこの店の店主をしております」


 軽く会釈をしたその男は、人当たりの良さそうな笑顔で俺の隣に並んだ。

 店主……その割には若いな、と思っていると、先代が早く亡くなり跡を継ぎまして、とにこやかに続ける。


「それより、そちらの商品を見て頂いていたようですが」

「あぁ、線香を買いに来たんですが、この文の意味がよく分からなかったもので」

「その名の通り魂を導く線香…つまり、亡くなった方ともう一度逢うことのできる線香です。火がついている間だけ、亡くなられた方が貴方の元に現れ、言葉を交わすことが出来ます。時間は1本約10分、ただし、お一人様3本までとさせて頂いておりますが」


 若い店主はそう丁寧に説明をしてくれた。

 亡くなった人にもう一度逢える線香。

 出来ることならもう一度、自分を大切に育ててくれた父に逢いたい。

 ふと、そんな想いが浮かんで、半信半疑で口にしてしまっていた。


「普通の線香1箱と、『導きの線香』3本、下さい」

「畏まりました、ありがとうございます」


 店主は目を細めて、またにこやかに微笑んだ。

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