廃旅館
三年前の夏、友人と二人で「出る」と噂の廃墟へと探検に行ったことがある。
そこは潰れた旅館で、一階にある部屋の一つに化け物が出るという噂があった。
化け物は旅館を訪れる客を食べていたとか、化け物から身を守る唯一の方法は名前を知られないことだとか、よくある怪談だ。
ただ、家から近いこともあり、暇な大学生だった俺と友人は、酒の勢いでその廃旅館を訪れてみた。
そこは二階建ての旅館で、廃墟にしては小奇麗な見た目をしていた。
玄関からロビーに入ってみてもそれほど荒れた雰囲気はなくて、窓ガラスが割れていたり、後は風雨の吹き込む位置にある木材が朽ちている程度だった。
肝試しも兼ねていたので俺と友人は二手に分かれて探検することにした。
面白そうなものを見たら写真を撮って、より怖い写真を撮れた方の勝ちというルールだ。
部屋数の多い上の階は友人が、一階は出ると噂なのでこのフロアは俺が見て回ることになった。
この場所自体が綺麗な状態を保っていたこともあり、それほど怖さも感じずに一部屋ずつ見て回っていたのだが、一番奥の部屋の扉を開けた瞬間に、部屋の中から甲高い女の悲鳴が響いた。
おどろいた俺は全力で廊下を走って逃げたのだが、今度は女の悲鳴が笑い声に変わり、俺の後ろをついて来る。
混乱した俺は何を考えたのか地下への階段を下りてしまい、手近な部屋へと飛び込んでそこに隠れた。
いまさら部屋から飛び出して廃墟の外へと逃げる勇気もなく、部屋の隅でガタガタと震えていると、
今度は部屋の中で動くものがある。
悲鳴を上げそうになったが、そいつも俺と同じように恐怖にひきつらせた顔をしている。
何のことは無い、それは上の階を探索していた友人だった。
俺と同じように奇妙な声に追いかけられてここに隠れたのだという。
二人でどうしようかと声を潜めて話していると、部屋の外から、遠く、女の笑い声が近づいて来る。
声は少し止まってはこちらに近づき、また止まる。
まるで部屋を一つずつ確認しているかのように。
いよいよ女の笑い声が部屋の扉の前へと至り、俺は友人と二人でガタガタと震えていることしかできなかった。
声は扉の前を右に左に行き来して、まるでこちらが出てくるのを待っているかのようだった。
どれくらいそうしていたのだろうか。
次第に女の声は部屋の前から遠ざかって行き、そして最後には聞こえなくなった。
最初は部屋から出るのは嫌だったが、いつまでもこうしてはいられない。
俺と友人は覚悟を決めて扉を開けたが、そこには静かな廃墟の廊下があるだけだった。
ほっと胸を撫でおろし、早く帰ろうと思ったその時に、友人が「スマホを落とした」と言い始めた。
逃げてる最中に落としたのか、この部屋の中で落としたのか。
友人はスマホを探したいから俺のスマホに電話をかけてくれと言って聞かない。
俺は嫌がったが、折れない友人に根負けし、ワンコールだけと念を押してスマホを取り出した。
スマホの連絡先から友人の名前を探して通話ボタンを押す。
すると、隣でその画面を覗き込んでいた友人がこう言った。
「なるほど、それがアイツの名前なのか」
目の前にいた“友人”がふっと姿を消し、上の階で男の大きな悲鳴が聞こえた。
友人の声だ。
本物の、友人の声だ。
呆然として辺りを見回すと、自分が隠れていた部屋の扉に「103」と書かれていることに気付いた。
二階の玄関から外に出ても、どこにも友人の姿はない。
三年経った今も、友人は行方不明のままだ。
創作怪談 @considus
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