第6話 二人の人生の物語

 僕とヘレーネは同じ大学に進学し、お互い共通の目標を掲げて、各々研究していった。分野は物理学、脳科学を始め、宗教学や神話、スピリチュアルなことまで及んだ。


 キーワードになりそうなものがあった。それは「御筆先」とも言われる自動手記法だ。あの時の部屋の落書きは、どこからどう見ても自動手記法によるものに違いなかった。自動手記法とは、極限の集中状態あるいは無意識状態に入って、文字や記号を走らせていくもので、例えば神や天使からメッセージを下す時に使われているらしいが、恐らく、1月7日の僕たちは、ループしていた時の記憶を自動手記法で降ろしていたのだと思う。


 また、説明がつかないのはドイツの旅行雑誌と僕の小説が入れ替わっていることだった。これこそ奇跡だった。一体何が起こったのか。時空でも歪んだとしか考えられない。そして、何故僕らは全裸で目覚めたのか。ヘレーネも同じく目覚めたら全裸だったそうだ。


 僕は一つ仮説を立てた。あの日、1月7日、二人の部屋は繋がっていたと。ドアとドアが繋がったのか、もっと他の、僕ら人間の脳では考えられないような形で繋がったのか、分からなかったが、とにかくあの日僕らの部屋は繋がって、そしてヘレーネと会っているんだ。


 これで本のスワップの件は説明がつくし、裸だったのはきっとエッチなことでもしたんだろう。


 恐らくあの日の二人は二人じゃなかった。少なくとも理性でなく本能や直感で動いていたのだろう。


 要するに、あの日の世界から人が消えた現象は、神仏などの現代科学では説明できないものが関わっているに違いないと思っている。


 だから、僕とヘレーネの目標は、神や天使、そういったスピリチュアルな存在の正体を突き詰めること。


 だが、研究者になってから、いくら研究すれど答えには辿り着くことはなかった。


 時は流れ、僕はもうじき死ぬことになった。


 ヘレーネとの間には3人の子供が生まれ、すくすくと成長していき、すっかり立派な大人になった。そして、孫の顔までも見ることができた。


 僕は最近夢を見る。空を飛ぶ夢を。世界一高い塔の上から飛び降りる夢を。


 僕は必死に頑張って、空を飛ぼうとした。決して下に落ちてはたまるかと。今はない翼で力一杯羽ばたいた。雲の向こうにはヘレーネが待っている。何故かそんな気がした。


 僕は死んだ。家族に見守られながら安らかに眠るように。享年77歳だった。


 僕は高く、高く昇っていった。そして下を見ると僕の今まで生きてきた人生が螺旋のようにぐるぐると渦巻いていた。僕はあることを思いつく。1月7日を見てみようと。


 1月7日を覗いてみると、一部分が欠けていた。どうしたんだろうと不思議に思って覗いているとぎゅいっと体が吸い込まれていった。


 気づくと、僕はベッドで寝ていた。右腕を腕枕にヘレーネが寝ている。しかし、そのヘレーネの姿は僕らが出会った当時の姿だった。部屋も僕が高校生の時の家の部屋だった。


 スマホを探し出して電源を入れると、1月7日の23時59分だった。ただ呆然とその数字を眺めていると、ヘレーネが目を覚ました。そうか、そういうことだったのか。全てをようやく悟った。


「あれ、幸太?若返ってる!」

「ヘレーネもだよ」


 ヘレーネは部屋にある立ち鏡の元へ行き寝間着を纏った体をまじまじと見て、「ほんとだ!」と嬉々とした声を上げた。


「ねぇ幸太。ここは?」

「ここは僕の部屋だよ。子供の頃のだけど……。それよりどうしてヘレーネがここにいるの?」

「それは。私は幸太が死んでから、後を追うように死んだの。でも、その後に人生の螺旋を見てね。それで、螺旋の中に入っていったらここだったわ」

「螺旋ね。僕と同じだ」


 部屋を見渡すと、僕の部屋は男子高校生にしてはマシなくらい整理整頓されていた。


「僕らがすべきことが何かわかった気がするよ、ヘレーネ」

「うん。私もよ」


 23時59分が0時00分になる条件がきっとある。そして、それは僕の部屋をあの日のようにすることだとわかった。


「ヘレーネの部屋は?」

「ここみたいよ。ベッドの下が繋がってるわ!」

「ほんとうか!」


 ベッドの下に潜ると、本来あるはずの壁がなく、そのまま進むとヘレーネの部屋のベッドの下に出た。

 僕らはやっと謎だった1月7日の謎を解明することができたのだ。僕は高揚した。


 あとはただひたすら、楽しむように、笑うように、踊るように、お互いの部屋をめちゃくちゃにしていった。


 書道バッグから筆と墨を出して、過去の自分にヒントを出す。こんなにも喜ばしいことなんてなかった。


「ふぅー」

「やったわね」


 全てが終わった後、僕とヘレーネはベッドの上に添い寝し、そして愛を交わした。二人繋がったまま、ずっと。それは永遠だった。


 僕らは、今という時の中で永遠に愛し合った。

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No.37 今という時の中で 空色凪 @Arkasha

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