第5話 日常と転入生
目が醒めると、僕は自分の部屋のベッドで寝ていた。体は汗でビショビショだった。
飛行機に乗っていて、墜落する夢を見た。一緒に誰か乗っていたような気がしたが、うまく思い出せなかった。
気づくと部屋は何者かによって荒らされたかのような有様になっていた。昨日一体この部屋で何があったのだろうか。考えてみてもさっぱりだった。
スマホを確認すると、今日は1月8日だった。時刻はもう7時。学校に行かなくては。
朝食を食べるために急いで下の階に行くと、妹が先に食べていて、お母さんが「おはよう」と言った。
「おはよう、お母さん……」
なぜか不意に涙が出た。
「どうしたの幸太?いきなり泣くなんて変よ?」
「大丈夫だから。これは」
必死に服の袖で涙を拭い、なんともないと言い聞かせる。でも、なぜかいつもの日常のはずなのに、こんなにも心が動かされる。なんだかみんなに会うのがすごく久しぶりな気がした。
その日はそのまま学校に行って、何事もなく家に帰る普通の一日だった。それからも同じような日々が続いた。だが、やはり何か違和感があり、心の奥底で燻っていた。
そんなある日のことだった。学校に転入生が来るという噂になった。しかも外国人らしい。こんな時期に?とも思ったが、それなりに理由はあるのだろう。例えば日本の大学に進学するためとか。
朝のホームルーム前にいつも通り勉強していると、先生が教室に入ってきた。勉強道具を片付けて、適当に先生の話を聞き流していると、転入生の紹介になった。
廊下から、一人の美しい外国人の女性が入ってきた。その姿を見るや否や、僕は思わず席を立ち、なぜか知っている彼女の名前を呼んだ。
「ヘレーネ!」
教室中から視線が集まり、隣の席の奴が「何、知り合い?」と尋ねてきた。
「いや……何となく名前を知っていただけ」
「何それ?」
当然の反応だろう。でも、僕自身いま起きていることの説明がつかなかった。
「じゃあヘレーネさん。自己紹介お願い」
「分かりました。私はヘレーネ・ヨルク・フォン・スアレス。ドイツから来ました。よろしくお願いします」
クラス中から拍手が送られる。そのままヘレーネは窓側の一番後ろの席についた。
「はい。それじゃあみんな、仲良くな。それに入試まであと少しなんだから、勉強頑張れよ」
先生はそう言って朝のホームルームを終わらせた。朝のホームルームから一限目の授業が始まるまでは十分間ある。先生が教室を去ると、数名の女子はヘレーネの元へ、数名の男子は僕の元へと集まってきた。
「おい、幸太。ヘレーネさんと知り合いなの?」
「いや、違うよ」
「でもさっき、自己紹介の前なのに名前呼んでたじゃん?」
「あ、あれは何ていうか……」
僕自身なぜ彼女の名前を知っていたのか、よくわからないのだ。
「もしかして、付き合ってたり?」
「そんなんじゃない!」
表向きではそう否定したが、「恋人」という表現が妙にしっくりきた。その後も男子友達数人に囲まれて、根掘り葉掘り訊かれたが、やはり、答えなんて持ち合わせていなかった。僕が困っていると
「幸太」
女子の方から声が掛かってきた。声の主は転入生のものだった。なぜヘレーネさんは僕の名前を知っているのだろうか。疑問に思ったが、きっと彼女を囲んでいた女子達が教えたのだろう。
ヘレーネさんがこっちにやって来た。
「久しぶり、幸太」
「え……あぁ、久しぶり?」
「久しぶり」と言われれば「久しぶり」と返さなくてはいけない気がして、ついそう答えてしまった。「やっぱり知り合いだったじゃん」と周りで声が上がる。
「言ったでしょ。今度は私から迎えに行くって」
その言葉を僕は前にも聞いた覚えがある。確か数日前に見た夢で、そんなことを言われたような……。
「ど、どうして僕の夢のこと知ってるの?」
「夢?あぁ、そういうことね」
ヘレーネさんは何かを得心したらしく、「じゃあ、そろそろ授業始まるし、またあとで話そう」と言って席に戻って行ってしまった。その言葉を皮切りに、みんなも席に戻って行った。
「ふぅ、やっと解放された」
ついついため息が出てしまう。まだ一限目の前なのにだいぶ疲れてしまった。これからの一日が思いやられた。
そのまま授業が進み、昼休みが始まった時、僕はヘレーネさんに呼ばれた。
「幸太、ちょっと話したいことがあるから、二人きりになれる場所まで案内して?」
「は、はい?」
「いいからお願い」
「な、何で僕なの?」
「あなただからよ」
初対面なのに異様に馴れ馴れしいヘレーネさんのことを不審に思いながらも、僕は彼女を屋上に続く階段の前の踊り場に案内した。
「うん。ここなら確かに他の人に聞かれなさそうね」
「あ、あの……。もしかして告白とか?」
「まぁ、ある意味そうね」
やなりそうだ。このシチュエーションは告白だ。告白とわかった以上は僕はこう言わなくてはならない。
「なら、やめてもらっていいですか?」
「え……」
ヘレーネさんは困惑した表情を示す。僕もつれないことをしているという自覚はあったので、心苦しい。
「今は受験の大切な時期だし、僕ら初対面だから……」
「ねぇ、こっち向いて」
「え、ん!?」
僕がきまり悪さにヘレーネさんからそらしていた顔を正面に向けると、いきなりキスをされた。
「ん、ちょっと!何するんですか、急に!」
「こうしたら思い出すかと思って」
「思い出すって……」
口ではそう言いながらも、僕は今不思議な感覚を体験していた。僕は今回がファーストキスだったのに、なぜかこの人と何回もキスしたことがあるような感覚に陥ったのだ。
「やっぱり、少しは私のこと覚えててくれてるんだ」
「あの……ヘレーネさん。何か知っているのなら僕に教えてくれませんか?」
「いいわ。それと、ヘレーネでいいから」
ヘレーネの話を聞いて、僕はかすかに思い出すことができた。二人きりの世界。他に誰もいない世界。その世界の中で彼女は何度も同じ時をループしていたという。彼女の話は俄かには信じがたいものだったが、僕の奥底にある何かがそれらを真実だと語っていた。
「そ、それじゃあ世界は元に戻ったと……」
「一応そういうことになるわね」
「今度は私から迎えに行く」とはこのことだったんだと知った。
「これからはどうするの?」
「私はね、ダーリンと同じ大学に行く」
「だ、ダーリンって?」
「あなたのことよ?」
「え、まじ?絶対に他の人の前で言わないでよ?」
「はいはーい」
「それに、僕の志望大学、かなり頭良くないと入れないよ?」
「大丈夫よ。私何回ループしていると思ってるの?」
「そ、そうだったね」
今の僕の学校に編入できている時点で、ある程度頭がいいことは分かっていた。それに、数え切れないほどループしている彼女なら、当然知識量は半端じゃないってことなのだろう。
「私ね、あの日。1月7日に何が起きたのか、ちゃんと知りたいんだ」
「僕もだよ」
「私は将来物理学者になろうかなって。そうしたらあの現象を紐解く何か鍵を学べそうでしょ?ダーリンは?」
「僕は脳科学かな。もともと興味はあったし、今回のことでなおさら人間の脳は不思議だなって。それにどっか根幹のところで物理学と脳科学が繋がっている気がする」
「じゃあ、とりあえず、お互い大学受験頑張ろうね!」
「うん!」
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