第4話 それでも続く未来

 ヘレーネの家にやって来て数ヶ月がたった頃だった。


「私、幸太の家に行くことにする」


 ここ数ヶ月の間は二人でヨーロッパの観光名所を巡ったり、高級なホテルに泊まったりしていたが、そんな生活をしていたある日、ヘレーネが突然そう言い始めた。


「ど、どうして急に?」

「もしかしたら幸太の部屋に世界を元どおりにする手がかりがあるかもしれない」

「で、でも遠いよ?」

「大丈夫!私、飛行機操縦できるから!」


 どうやらヘレーネはループしている間に、飛行機を操縦する方法も学んでしまったらしい。


 ドイツの空港に入ったあと、ヘレーネが飛行機の整備をしてくれた。僕は飛行機を仰ぎながらヘレーネに尋ねる。


「本当に大丈夫なの?」

「分かんない。ループしていた頃は、まぁ死んでもいいやって感じで、何も考えずに乗っていたし……。でも、この機体はたぶん大丈夫。ループする度に乗ってたから」

「そうなんだ。この飛行機で世界を巡ってたってこと?」

「そうだよ。まぁ当の生き残りの君は、私の地元に来てたから、灯台下暗しってやつね」

「よく知ってるね、そのことわざ」

「まぁね。それじゃあ行くとしますか」


 二人で機体に乗り込み操縦室に入る。


 無事に離陸し、1時間ほどが経った頃だった。僕がぼんやりと窓の外を眺めていると、「ねぇ、幸太」とヘレーネに声をかけられた。そして、ヘレーネの方を向くと、そのままキスをされた。


「え?」

「もう時間がないから……」

「時間ってなんの話をしているの?」


 僕が不思議に思っていると、操縦室内に突如アラームが鳴り始めた。


「幸太、騙したことごめんなさい」

「騙すって?」

「私、この機体に十分な量の燃料を積んでないのよ」

「え、どうして……」

「ごめん。私、やっぱり二人で死ぬことにしたの」


 ヘレーネは泣いていた。それは死への恐怖からなのか、それとも僕を騙した罪の意識からくるものなのか、僕には計り知れなかった。


「もしかしたら、二人同時に死んだら、また、あの朝に戻って、世界が元どおりに戻っているかもしれないでしょ?」

「それは……」

「それに、もうどうしようもないの。この機体は確実に落ちる」

「そ、そんな……」


 何か方法はないか、必死に考えた。そうだ、不時着すればいいんだ!


「ヘレーネ!この飛行機を不時着させよう!今からでも……」


 だが、操縦できるヘレーネはこの意見は受け入れないだろうな。それに僕は、彼女の選んだ道を尊重したかった。


 僕はヘレーネの案を受け入れることにした。そして、その先に待つ死も受け入れることにした。僕はヘレーネを抱き寄せる。


「本当はね……本当は怖かったんだ。今までの生活が送れなくなるのが。いや、違う。幸太と離れ離れになるのが」

「ずっと一緒にいるよ」

「ありがとう。でもね、先に死んじゃうかもしれないでしょ?病気とか、自然災害とか。だったら一緒に死のうって」

「そうだったんだね」


 僕だって、ヘレーネが先に死んだら、その先の未来で僕一人生きて行けたかなんてわからなかった。でも、もう全ては終わるんだ。今はそんなことはどうでもいい。残りの時間を、ヘレーネと一緒に大切にしたかった。


「きっとさ、また普通の日常が始まって、普通に笑える日が来るよ」

「うん。幸太は優しいね。大好き」

「僕も、大好き」


 僕とヘレーネは最後のキスを交わす。


 機体が大地に衝突し意識が押し潰される寸前、ヘレーネが耳元で囁いた。


「今度は私が迎えに行くから」

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