第3話 残された選択
男として一つ成長した次の日の朝、といっても、いくら何でも昨日会ったばかりなので、エッチなことはなに一つ起こらなかったが、ヘレーネの体温だけで僕の心に空いた孤独は十分に満たされていった。
隣で眠るヘレーネの寝顔を見ながら、この人を大切にしよう、そう決めた朝だった。
どうやらヘレーネは朝に弱いらしい。先にキッチンでお湯を沸かし紅茶を淹れる。器具や茶葉の場所が分からず時間がかかってしまったが、何とか無事に2杯の紅茶を淹れることに成功した。
ヘレーネの部屋に紅茶を運ぶ。
「ヘレーネ、朝だよ」
「んー。まだ眠い」
ベッドで眠気と格闘する彼女を見ながらふと思い出した。今日は3月24日。ちゃんと時は前に進んだらしい。
そういえば、昨日彼女が言っていた、僕らが1月7日に会っているという説が何だったのか聞きそびれていた。あとで聞こうと考えていると、「おはよう、幸太」と言ってヘレーネはやっとベッドから起き上がった。
寝起きで髪はボサボサだというのに、その姿は相変わらず美しかった。さしづめ、ギリシャ神話のパリス審判に出てくる世界一美しいという少女ヘレーネみたいだなぁと思った。世界には彼女しか女性はいないという可能性が高いので、あながち間違いでもないだろう。
「紅茶淹れたよ」
「はーい。ありがとう」
紅茶に含まれふカフェインで少しは眠気が覚めてくれることを願おう。
「あのさ、昨日の続き話さない?」
「続き?何だっけ?」
「1月7日に僕らが会ったことがあるかもしれないってやつ」
「あぁ、それね……。多分私の思い過ごしというか考えすぎ?」
「そ、そうなの?」
「そうそう。それより今日は私がこの町を案内して回るから」
「それは楽しみだね」
その日は一日中、彼女の故郷である街やその周辺の街の観光名所を巡った。遊園地に入って遊んだり、高級レストランの厨房を借りて、冷蔵庫にあった高級な食材を使って料理したり、川辺のベンチでゆったり過ごしたり。
もう辺りが暗くなる頃、帰り際にヘレーネに訊いた。
「僕たちってさ……こらからどうなるんだろうね」
「知らない。でも、どうにかして世界を元に戻せたらとは思うよ」
「そうだよね……」
僕も僕なりに色々考えていた。これからの人生のことを。
「私、二つあると思うんだ」
「二つ?」
「うん。一つ目は、何とか元の世界に戻れる方法はないか探すの」
「うん」
「そして、二つ目は……」
「二つ目は?」
ヘレーネはいきなり黙ってしまった。そして顔がほのかに赤くなっていた。
「あなたと一緒にこの誰もいない世界で一生を送ることよ」
「なんだか、アダムとイブみたいだね」
「そ、そうね」
正直どちらがいいのかわからない。だが、一つ目の選択肢を選んだとしても元の世界に戻る方法を見つけられなかったら、やはり結局は二つ目の選択肢になっていくのだろう。それはそれでいいな、と思った。
「もしさ、一つ目を選んでさ、仮に世界を元どおりに救えたとするでしょ?そして、多分1月8日の朝にまた世界が始まるの。でもさ、その時私たちはお互いのことを覚えているのかなって」
「僕もそれはわからないな。そもそもどうやって元に戻すかさえ知らないもんなぁ」
「そのことなんだけど、実はさ。一つ考えがあるんだよね」
「なになに?」
「でも、その前に、幸太に話さなきゃいけないことがあるの。本当は話すか迷ってたんだけど、やっぱり話そうと思って」
「うん」
「何で3月23日でループしているかの理由のことなんだけど。幸太、あの日あの塔から飛び降りちゃうの。多分誰にも会えなくてそれで精神がおかしくなっちゃうんだと思う」
「そ、そんな……」
僕は固唾を呑む。きっとあの日見たリアルな夢だ。あれは夢なんかじゃなくて、僕の前のループの時の記憶の残滓だったんだ。
「君が自殺したら私は記憶を保持したまま、またループする。それで思ったの。二人一緒に死んだらどうなるのかなって」
「そ、それは……やってみないとわかんないよね」
二人の間に沈黙が続いた。
「やっぱなし!こんな話。自殺なんか絶対しちゃダメだもん」
「そ、そうだよね」
その後は楽しげな会話を続けた。お互いに先程落とされた暗い光を避けるように。
僕らはこれからどうしていくのだろうか。成長して、結婚して、子供を作って、そうやって二人で幸せを享受していけばいいのだろうか?それともやはり、世界を救う術はあるのだろうか。
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