第2話 世界に灯された光
「よかった。生きてて」
少女が泣きながらそう呟いた。茶髪のボブが似合う同い年くらいの美しい少女だった。
「ど、どうして泣いているの?」
久しぶりに声を出したので詰まってしまう。
「やっと君に会えたからかな」
僕は今、人類の生き残りに出会えたのかもしれない。ただ、予期していたとはいえ、すぐには実感がわかなかった。
「私の名前はヘレーネ」
そう言って少女は右手を差し出した。握手して、ちゃんと手の感触があるのを確認し幻覚じゃないと知る。
「僕は幸太」
「よろしくね、幸太」
「よろしく、ヘレーネ」
そのあと僕らは塔から見える街の景色を眺めながら話した。
「そう言えば、普通にスルーしてたけど、なんで日本語通じるの?」
「私、暇だったから勉強しておいたの。君と話せるようにね」
「そ、そうなんだ……」
よくわからなかったが、多分日本人とのハーフとか友達に日本人がいたとかで子供の頃から日本語に慣れ親しんでいたのだろう。
「それより、これからどうする?」
「とりあえずは私の家でゆっくりしようよ。この世界には私と君しかいないみたいだからね」
どうしてそう言い切れるのか疑問に思った。
「他にも人はいるかもよ?」
「いや、恐らくいないわ。だって、私、ほとんどの国を調べてきたもの」
一体なにを言っているんだ?僕だって、一人でドイツまで来るのに一体どれだけ時間がかかったのか知れないほどなのに、すべての国を調べるなんて……。
「ちょっと冗談はやめてよ。ジョークっていうのか知らないけど、日本人にはよくわからないよ」
「ジョークのつもりはないわ。私は本気よ?」
「え?」
「ごめん。ちょっと言い過ぎたわ。でもこれだけは言わせて。1月8日。あの日から今日までずっと、私は人を見てないわ。あなたを除いてね」
「僕もだよ。君が最初に会った人だ」
「やはりね。そうだと思った」
この子はよくつかめない。だって日本語を喋れるのはあまりにも偶然すぎるし、この子は世界に僕ら二人しかいないと決めつけている。そう確信する根拠はなんなのだろうか?
「とにかく、この塔から降りましょう。私ここ好きじゃないの」
ヘレーネの顔に暗い影が落ちる。ここで昔何かあったのだろうか。その訳を尋ねる勇気は僕にはなかった。
僕らは塔から降りて彼女の家に向かった。
「ここが私のパパの部屋ね。好きに使っていいわ」
家に入ると彼女の父の部屋に通された。長旅の疲れを癒そうとベッドに横になってみたが、ベッドが体に合わずうまく寝れなかった。
いや、もしかしたら、やっと他の人に会えたことが嬉しくて、どこかで興奮してしまっていたのかもしれない。さらに、ヘレーネに会えたことが、まだ世界に他にも生存者がいることの希望にもなった。先のヘレーネの言葉が引っかかるが、必ずいるはずだ。
ベッドに横になって、色々考え事をしているとトントンとドアをノックされた。もちろんヘレーネだ。
「はい。いいよ、開けて」
「あなた、鍵閉めないの?」
ヘレーネがドアを開けながら訊いてきた。
「ど、どうして?」
「普通警戒するものでしょう?そのための鍵なんだから」
「そういうものかなぁ」
僕がそう呟くと、ヘレーネはやれやれといった感じだった。
「まぁ、いいわ。どのみちこの世界には私たち二人しかいないものね」
「そ、そうだ。そのことなんだけど、なんでそこまで言い切れるの?」
「世界に私たち二人しかいないって?」
「そう」
「それはね……。言っても信じないかもだけど聞く?」
「うん……」
「実は……」
ヘレーネの話によると、彼女は何度も1月8日から今日の3月23日を繰り返しているという。何で今日までなのか尋ねたが教えてくれなかった。
「でも大丈夫よ。多分今回のループでは先に進むわ」
なぜそう言い切れるのだろうか。それについて尋ねてみても「内緒」と言われた。
「その、ループしてる間に人を探したの?」
「そうよ。百回を超えたところで数えるのをやめたわ」
「日本語を話せるのは?」
「その間に勉強したのよ。それに何故か私の部屋に知らない日本語で書かれていた本があったのよ。他にも日本語で変な落書きがされていたり」
「それ、僕の部屋と一緒だ!」
どうやらヘレーネの部屋も僕の部屋と同じようにぐちゃぐちゃにされていたらしい。
「幸太もなんだ。そうだ、ここに来たのもその話が目的だったのよ。今から私の部屋に来てくれない?」
「いいよ」
彼女の部屋は綺麗に整っていた。ただし壁や天井に絵の具で謎の絵や数字、文字が描かれている点を除けばだが。
「これ、見て欲しいの」
ヘレーネがあるところを指す。そこには「2021/1/7EVE」と書かれていた。これ、確か同じものを僕の部屋でも見た気がした。
「EVEって、前夜って意味だよね」
「私思うの。1月8日から世界は始まったんじゃないかって。そして1月7日の夜、つまりEVEはその新しい世界へと移行するための儀式を私たちはしていたの。無意識のうちにね」
「儀式……。でも、確かに1月7日の記憶がなかったなぁ」
「そうでしょ?私もないの。部屋をぐちゃぐちゃにした記憶も、壁や天井に落書きした記憶も」
普通に考えてみれば、あの部屋をぐちゃぐちゃにしたのは自分自身に違いない。でも、そうした記憶が一切欠如していた。
「あと、この本。さっき話していたやつ。これあなたの本なんじゃない?」
ヘレーネが本棚から一つの文庫本を取り出した。それは僕の大好きな小説の一巻だった。
「何でそれを……」
「わからない。でも、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「いや、何でもない」
「今度は疑わないから話して!」
「そ、そう?わかった。あのさ……もしかしたら何だけど、私たち1月7日に会ってないかな?」
「1月7日に?」
1月7日。この日が全ての謎の元凶だ。僕ら二人の記憶もなければ、記録もない。いや?記録はあるかもしれない。慌てて僕はスマホの電源を入れ、写真を見る。
スクロールしていくとズラッと僕がドイツまでに経た旅路での思い出の写真が並んでいた。さらに下にスクロールしていくと1月7日に一枚の写真があった。
それは恐らく朝食の卓で撮られたものだった。僕が自撮りをしていて、家族全員を写していた。お母さんはにっこり笑っていて、お父さんは新聞を読み、妹は照れているのか、変な顔をしていた。
「父さん、母さん、志穂……」
そうか……。きっと1月7日の僕は世界が終わることを悟っていたんだろうな。だから写真を撮っていたんだ。ふいに視界が歪む。僕は泣いているんだ。
「泣いているの?」
「うん」
「そっか」
僕が男げなく泣いていると、ヘレーネがぎゅっと抱き締めてくれた。
「大丈夫よ。これからは私が幸太の家族になってあげるから」
「うん。ありがとう」
そのまま僕が泣き止むまで抱擁を交わし合った。一体どれくらい抱き合ったか、ヘレーネが僕の体を優しく離した。
僕はヘレーネの瞳を見つめながら言った。「好きだよ」と。
「なによ、いきなり!」
ヘレーネは赤面してしまったが、少しして「私もよ……」と小さな声で応えてくれた。その日は二人で一緒に寝ることにした。
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