No.37 今という時の中で

空色凪

第1話 誰もいない世界

誰もいない世界

 僕は空高い塔の上にいた。見下ろすと洋風な街が広がっている。


「あぁ、今、僕が世界で一番高い所にいるんだ」


 両腕をめいいっぱいに広げて、そう呟いてみる。

 太陽の光、心地よい風。雲は下にも上にもあって、空の青とのコントラストがいい。


 あぁ、なんて美しいんだ。

 なんて心地いいんだ。

 なんて喜ばしいんだ。


 僕の心は昂ぶっていく。そして気付いた。ここが全ての始まりの場所だと。そして全ての終わりの場所だと。いや、そうに違いない。


 僕はこの考えを実現する方法を知っていた。もう恐怖などなかった。僕が僕であればよかった。


 僕は塔の端まで寄って助走を始めた。心臓が大音量で脈打っているのを感じた。そうだ、今から宇宙が始まるんだ!


 僕が飛ぼうと右脚に力を込めた時だった。「やめて!」と女性の大きな声が聞こえた。でも、もう遅かった。僕の体は宙に浮いて、その後落下を始めた。そこで僕の意識は途切れ、また新たな世界が始まるはずだった。なのに、気付けば僕は自分の部屋のベッドで寝ていた。


 夢?体は汗でビショビショだった。体を起こして自分がなぜか全裸であることを知る。そして、部屋がめちゃくちゃになっていたのだった。


 本はバラバラに開かれて置いてあり、服も散乱している。しかも、黒い墨で壁や天井に落書きがされてあった。


「何があったんだよ……」


 昨日何があったのか全く覚えていなかった。


 スマホを確認すると今日は1月8日。時刻はもう朝の7時だった。今日が冬休み明けの始業日だ。学校に行かなくては。


 朝食を食べるため自分の部屋から出て下の階に行った。部屋は後で学校から帰ったら片付けよう。


「あれ、母さん?」


 リビングに入ったがお母さんがいない。それにいつも僕よりも先に起きて朝食を食べている妹もいない。

 どこに行ったんだよ……と思いながら家中を探したが誰もいなかった。


「なんだよ……これ」


 思わず声が漏れる。

 そのまま慌てて家の外に出たが、外の通りにも誰一人いなかった。


「人が消えた……」


 僕はそのまま学校にも行ってみた。しかし校門は閉まったままで人の気配はなかった。


「一体どうなってんだよ……」


 僕はこの広い世界でひとりぼっちになってしまったのかもしれない。でも、もしかしたら誰か同じ境遇の人が他にもいるのではないか?


 僕は走った。一日中ずっと。希望の光を得るために。結果は残酷だっだ。僕以外誰一人いなかった。


 途方にくれた僕はそのまま家に帰った。


 暇だし部屋でも掃除しよう。せめて寝床くらいはちゃんとしておきたかった。


 本や服などを片付けているととある雑誌が目に付いた。全く買った覚えのないその雑誌はあるページが開かれて置いてあり、よく見ると旅行雑誌で多分ヨーロッパの言語で書かれていた。そしてそのページには大きく黒い墨で丸が記されていた。


「これ、昨日の夢で見た塔だ」


 なぜかここに行けと言われている気がした。もしかしたらここに人がいるのでは、と淡い期待を抱いた。だが建物の名前らしき英文字をスマホに入れて検索すると、なんと場所はドイツだった。


 人がいない今電車や飛行機などの交通手段は使えない。一体どうすれば……。とりあえず今日はもう疲れたし寝ることにしよう。


 僕はその旅行雑誌と地理の資料集やら地図帳やらをカバンにしまうと部屋の電気を消した。そして眠りについた。


 翌朝、僕はカバンに食料や水筒などを入れ、例の塔に行こうと決めた。必要なものは道中で補充していけばいいだろう。


 昨日一日探して誰一人見つからなかったんだ。このままこの街にいてもラチがあかない。だが、移動していれば誰かしらに会うことができるかもしれない。だから思い切って今日出発する。


 スマホの地図を頼りに、途中路上にある自転車やバイク、車を乗り継いで、時には歩いて西へ西へと向かう。


 なんとか日本海側の海辺に着いたが、これまで誰一人の姿も見なかった。本当に僕一人だけなのかもしれない。

 だが、あの塔がある。きっとあそこに行けば誰かに会える。今はそう信じるしかない。夢で聞いた女性の声が妙にリアルに頭に残っていた。


 日本海を渡る時は停泊してある船を利用し中国へ。不法入国だが、仕方ない。


 そのままひたすら西へ西へと進んでいった。だが、やはり人っ子一人として出会うことはなかった。


 やっとドイツにたどり着いた時には、もう出発してからどれくらい経ったかわからなくなっていた。


 そして、例の塔までやってきた。街並みも過去に見たことがある気がした。夢で見たからだろうか。


 入り口のゲートをくぐり、塔を登っていく。長い螺旋階段を登りながら、これまでの旅路を思い返し、感慨深くなった。


 いよいよ階段の最後の段を登り、頂上に着く。


 そこには一人の少女が立っていた。

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