フーガ
尾八原ジュージ
おかあさん、そろそろご飯にしましょうか。
あんまりお箸が進まないなら、今日はスープを多めにして、ほかのものは少なめにしましょうか。
今日はおかあさんの好きな冬瓜があるの。健司さんはこういうの食べないけれど、いないんだからいいでしょう。
ご飯を食べたらどうしましょうか、おかあさん。
ちょっとお休みして、お風呂に入りましょうか。
それとも今日はお風呂はやめて、体を拭くだけにしておきましょうか。
それからどうしましょうか。映画を観ましょうか。今日は衛星放送でよさそうなのをやるから。
それとも今日はもう、白湯を飲んで寝ましょうか。
右脚が痛みますか、おかあさん。
なでてあげましょうか。
それとも冷やした方がいいかしら。
なくなった右脚がいつまでも痛むなんて、困ったものですね。おかあさん。
わたしもお腹がいつまでも痛みます。
おかあさん。
健司さん、今夜も帰ってこないんですね。おかあさん。
あんなに自慢にしてた一人息子なのに、ちっとも帰ってこないなんて不思議ですね。おかあさん。
おかげでちっとも話ができないんです。おかあさん。
浮気を責めるもなにも、まだ話し合えてすらないんです。
ねぇ、おかあさん。
わたし、ずいぶん優しいでしょう。
おかあさんがいやがるから、施設へなんか入れずに、こうして自宅で介護しているんですよ。
おかあさんがいやがるから、健司さんの失踪届なんか出さないんですよ。
警察なんて外聞がわるいんでしょ。わたしが階段から落とされたときだって、外聞がわるいって誰も何もしなかったもの。
でも健司さんは冷たいわね。
ちっとも家に帰ってこないもの。
わたしが電話をかけても、おかあさんが電話をかけても、戻ってきやしないんだもの。
おかあさんのせいで子どもを産めなくなったわたしが、動けなくなったおかあさんの面倒をみていても、なんにも言ってくれないんだもの。
優しいのは、やっぱり警察に通報しないことくらいよ。
ねぇ、おかあさん。
そろそろまた、健司さんに何か送ってみましょうか。
今度はあなたの手の指にしましょうか。それとも左足の指にしましょうか。
それとも右耳にしましょうか。
こないだは左足の薬指だったから、今度は右耳を健司さんのところに送ってみましょうか。
それとも健司さん、もうあの家になんか帰ってないのかしら。
それならそれでしょうがないけど、わたし、返事があるまでは、健司さんに贈り物を続けますからね。
ね、おかあさん。
明日はどうしましょうか。手の指にしましょうか。それとも足の指にしましょうか。
それとも耳にしましょうか。
おかあさん。
おかあさんったら。聞いてます?
おかあさん、お茶を持ってきてあげましょうか。
音楽をかけてあげましょうか。
テレビを点けてあげましょうか。
それともお話をしてあげましょうか。
あのね、あなたの右耳を送りつけたって、なんの音沙汰もないのよ。あなたの息子は。
眠ってしまったのかしら。おかあさん。
おかあさんったら。ねえ。
明日はどうしましょうか。
フーガ 尾八原ジュージ @zi-yon
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