朝と夜
「なんで、僕の名前を……。」
いや、それよりもさっき尻尾のようなものが僕の目の前で揺れていたはずだ。
はずだというのは今目の前にいる存在は間違いなく人間であり人間という生き物は尻尾なんて器官はもっていない。
なんて否定する材料をかき集めているがそれをあざ笑うかのようにさらに否定していくものが僕の目の前の人物は咥えていた。
「そのさきいかって。」
そう僕がさっきコンビニで買って猫に盗まれたさきいかなのだ。
「ん?ああ、ありがとね。あんまりこういうの食べないんだけど案外おいしいね。」
やはり先ほどのさきいかと同一の物のようだ。
「じゃあ君は、さっきの、猫……?」
そんなことはありえるはずないのだが状況的に受け入れざるを得ない。
この娘は猫だ。ねこむす
「猫娘とかしょうもないこと考えてる顔してるね朝登くん。」
こ、こいつ僕の脳内を……!?
「そういうのいいから私の話を聞いてくれる?」
はい。すみません。
月の大きさがいま巷で話題になっている。
正確には話題になっていたというのが正しいだろうか。
数年前、空に浮かぶ月が肉眼でわかるほどに大きくなっていることが分かった。
しかし、この問題に対しNASAの調査によると実際に月の面積や質量に従来との違いはなく、かと思えば月と地球の距離が近づいているわけでもない。
この知らせを受け、世界各国がNASAと協力し月の謎の解明に乗り出したが特に進展はなかった。
とはいえ、月の見え方が変わったことによる地球に対する影響は何もなく、まだ調査をしているのかもしれないが僕たち一般人はそのことを気に留めることはほぼなくなっていた。
「その月が一体なんだっていうんだ?」
この謎の少女曰く月の大きさ問題が僕たちの出会いに関係あるらしい。
「君は面積も質量も距離も変わっていないのにどうして大きさが変わって見えるか想像がつく?」
「NASAも世界各国も分からなかった問題なんだろ?そんなのただの子供の僕に分かる訳ないじゃないか。」
あまり僕をなめないで欲しい。自他ともに認める平々凡々少年だぞ。
へいへいぼんぼんへいぼんぼんと世界が終わっても踊り続けている自信すらある。
「期待なんかしてなかったけどちょっとは考えてみてもよくない?」
呆れたような顔で僕を見る美少女。何かに目覚めそうな感覚。嫌いじゃない。
「朝登くんは異世界って信じる?」
異世界だと?
「それって全男子学生が転生することを夢見、夢想するあの異世界のことか?」
トラックに轢かれ死んでしまったと思ったらそこに神様が現れ、『すまん、間違えて殺しちゃったてへぺろ』つってなんやかんやあって転生することになるあの異世界か?
神が間違えて異世界転生するもの多すぎるよね。日本人の想像する神って無能多すぎない?
「まあこっちの世界ではそういう作品って多いよね。神様が間違えて主人公を死なせてしまってそのお詫びに異世界に転生するってやつ。君たちの想像する神様って無能なの多すぎじゃない?」
まさかの同意見。分かる。分かるよ。神ってもっと全知全能であってほしいよね。ただの人間には手を伸ばすことすら憚れるようなそんな存在であってほしいよね。
「っていうかこっちの世界ってことは君は異世界の人間なのか!?」
そういうことならさっきの謎は解決する。
小さな猫だったはずがいきなり人間に変わる。異世界ならそんな人種がいるかもしれない。
「うん、そう私はこの世界とは別の世界、オリジンという世界からやってきたんだ。私の世界と君の住むこの世界を守るためにね。」
「君の世界と僕の世界を守る……?」
「うん。その説明をするためにもまずは月のことについて話し『ドガァァン』!?」
「何の音だ!?」
「ちっ動き出したか。朝登くん動きながら説明するよ。」
そういって走りながら彼女は……。
「私は
夜更は語りだした。月の謎と世界の危機を……。
その世界には様々な種族がいた。
こちら側の世界の人間が想像する異種族、耳のとがったエルフや鍛冶なら何でもござれのドワーフなんていう種族もいた。
一見こちら側の世界の人間と大差ない種族ももちろんいる。便宜上向こうの人族と言わせてもらうがこちらの人族とは大きくかけ離れた特徴を持っていた。
それは、月の力が強い時自分の中に潜む獣を解放できるという特徴だ。
向こうの人族は生まれてから月の光を浴び続けていると体のどこかにあざを持つようになる。
そのあざの模様によって解放できる獣が決まるのだ。
「なんかそれってあれだな、僕らの世界で言う狼人間みたいだな。」
満月を見ることによって人の姿から狼に変身してしまう空想上の化け物だ。
「いいところに気づくじゃん。おかしいと思わない?月の光を浴びると変身できる人間、さらにはエルフやドワーフといった種族。特徴が似ているくらいならまだ分からなくもないけど私と君の世界でも同じ名前で呼ばれているー、なんて。」
確かにおかしな話だ。文化が違えば言語どころか生活様式も変わってくるはずなのに一つの物を別の文化圏、それどころか別の世界で同じ名前を使っているなんて。
「あとは私だね」
?あとは私?……あ。
「過去にもこっちに世界間移動をした人がいる……?」
「うん、そういうこと。その人を媒介にこちらの情報が君たちに、そしてそちらの情報が私たちに伝わっていったの。ちなみにその人は狼のあざを持っていたらしいよ。」
なるほど。満月をみて変身する狼人間は、正確には強い月に光を浴びると獣の力を解放できる人間がたまたま狼で、こっちの世界には獣の力を解放できる人間なんかいないから狼人間の伝承ができたと言ことか。
「そして世界間移動ができるというのが世界の危機につながるわけ。」
そういうと夜更はまた語りだした。
別世界に移動することで考えられる身の危険とは何だろうか。
原住民との抗争?確かに人は異物を嫌う。これまでの生活が脅かされるのではないかと不安になるからだ。唐突に表れた別世界の人間など恐怖の対象でしかないだろう。
しかし、それよりも恐ろしいことがある。それは環境だ。
環境の違いにより人なんてものは簡単に死に至る。それは向こう側の人間も同じのようでとある環境が向こう側の人間を苦しめていた。
月だ。
向こう側の人間にとって月とはとても身近な存在である。
月の光の力によって彼らの身体は強化される。それはなにも月の力が強い時だけではない。
普段から月の光からのエネルギーを受け生活している。
地球から重力の強い星に行き動きづらくなるみたいなことを想像してほしい。
正確には重力軽減装置を普段使っている人間が別の惑星に行き重力は同じだが軽減装置が使えない、というほうが近いのだがそれも完全に正解とは言えないのでなんとなく動きづらい程度に思ってもらってかまわない。
とにかく、こちら側の世界では向こう側の人間が生活しづらいのだ。
とはいえ月の力がなくてもこちら側の人間に比べるとはるかに優秀な身体能力を持っていることに変わりはないのだが。
そんなこともあり、世界間移動というのは向こう側の人間にとって一種のエンターテイメント当然だ、別世界に行けるなんて海外旅行の比にならないくらいワクワクに満ちている。旅行感覚で異世界の文化や娯楽を楽しんだ。
それがいけなかったのだ。
基本的に向こう側の人間たちが超常的な力を使うときは月を媒介とする。
大気中に存在するマナと呼ばれるエネルギーを使用することもできるのだが世界間移動という大がかりなことは月を使う。
月をエネルギーの出入口に固定しそこから世界間移動をするわけだがこちら側の出入口も固定しなければエネルギーの移動は不安定となり失敗してしまう。そこで白羽の矢が立ったのがこちらの月、地球の衛星として回っている月である。微量ながら向こう側と同じエネルギーが発せられていることが分かったのだ。後は二つの月をつなげて移動の際の出入口に固定すれば世界間移動装置の完成だ。
最初はそれで良かった。移動における事故などはゼロ。帰ってこれなくなる、移動時の障害などは何にもなく本当に旅行として異世界を楽しんだ。
そんな日々が続いた数年後突如世界中に違和感が生じた。
体が少しだけだるいのだ。体がだるいくらい誰だって起こりえるだろう。しかし、世界中の人間が同時にだるくなるなど異常事態以外の何物でもない。
ならば考えられる理由はただ一つ、月だ。調査によると月の力がどこかに漏れ出ているという。その漏れ出ている先は当然こちら側の世界にだ。
「つまり月が大きくなったように見えるのに面積も質量も距離すらも変わっていないのは曖昧になってしまった君たちと私たちの世界間の出入口から漏れ出る私たちの月の光のせいってことなの。」
その証拠に、そういって夜更は月を指さした。
「よーく見てみ、月の端と中央部分。光の濃さが違って見えない?」
目を凝らしてじっと見てみる。うーん。言われてみればそんな気がしなくもないくらいには違う可能性が無きにしも非ずと言ったところ。
「それで濃さが違うとどうだっていうんだ?」
「光が濃い部分は二つの月が重なっているところで薄い部分は月が一つだけ、つまり私たちの世界の月だけの部分ってことになるわ。」
ふむ。まあそれだと質量も面積も距離も変わることなく月の大きさが変わって見えるな。
「そうだとしてそのことに世界各国が気づかない何てことありえるのか?数年前から調査をして大きさが変わって見える以外のことを見つけられなかったんだぞ」
そうなのだ。あのNASAのような宇宙の第一人者が僕が何となくそうかもしれないと思えるようなことを見逃すだろうか。
「それが君と私が出会うことになった理由。」
理由?
「そう理由。なにも関係ない人間の名前なんて知っているわけがないでしょ?私は世界を救うために必要となる君と会うためにこの世界のこの場所に来たんだから。」
「僕が世界を救うために必要?」
先ほども言ったが僕は自他ともに認める平凡少年だ。
非凡に憧れないわけではないが、むしろ非凡や非日常を夢見て今日なんかは夜に出歩いてみたのだが。
それでもやはり信じられない。いくら猫が人間に変わろうが、誰にも分からなかった月の謎の真実を語られようが、普通に生きてれば聞くことのない爆発音を聞こうが、僕は僕だ。平凡で普通で、ただ憧れることしかできない子供だ。非日常を目の前にしても今までの日常が裏付けしてくる。
お前はそっち側じゃないって。
「……?とにかく君は私達にとって必要な存在なの。」
「そう言われても……。一体君は僕の何に期待をしているんだ?」
普段はただふざけるだけでガチのシリアスっぽい雰囲気になったらへっぴり腰になってしまう僕なんかに本当に何ができるのか分からなかったから聞いてみた。
僕の不安そうな、泣き出しそうな顔を見て疑問を覚えたような顔をしながらも夜更は答えようとしてくれたが。
『ボンッ、ドゴォォン』
さっきの爆発音が立て続けに起こった。
「これは本当に悠長にしてる暇ないみたいね」
そう言うと夜更は一度立ち止まると腰を下げ何か構えるような姿勢を取った。
「はあぁぁぁ……!!」
気合のこもったかけ声が当たりに響くと同時に月の光が呼応するように夜更の体にまとわりつく。
「せやあぁぁぁ!!」
最後に一喝、気合を込めると……!?
ぴょこん。
かわいらしい効果音が聞こえてきたかと勘違いするくらいひょっこりとそれは姿を現した。
「耳が、生えた……。」
話には聞いていたが本当に獣の力を扱うことができるらしい。というかぶっちゃけ7割くらいあいたた美少女かと思っていたが今までの話は本当みたいだ。
「ちょっと失礼。」
夜更はしゃがみこみ何をするのかと思えば僕の膝裏と背中側に向かって手を差し込んできた。
これはあのプリンセスな抱っこ所謂お姫様抱っこではなかろうか。
「待って待って一瞬待って。」
「何? 時間に余裕がないって話はしたはずでしょ? 早く。」
冷静になってみてほしい。僕が彼女の話に付き合っていたのは何も面白そうだからとか世界の危機だからとかではないのだ。さっきも言ったとおり僕は正直彼女のことは厨で二な恋したい子で見えない境界線を探し求めていると思っていたのだ。それがどうだ。なんか急にガチ感出てない?まさかの目に見える位置で変身しだすし、明らかに爆発音は激しくなっているし、『ドガアァァン』ね。
何度でもいうが僕は本当にどこにでもいる子供なのだ。本当に危険が差し迫っている場所なんかに行きたいわけがない。ここは彼女には悪いがこのあたりで帰らせていただこう。うん。それがいい。そうしよう。ふう、今日は非凡にあふれた日だったな。退屈な平凡をこんなにも愛しく思ったのは初めてだ。今から帰るよ僕の日常。ただい……。
「はい。大人しくね。叫んだりすると舌噛むから。」
また後でね。日じょうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
たまにはおはようと言ってみた 三田 京 @wakuwaku0327
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