たまにはおはようと言ってみた
三田 京
おはよう○○
朝焼けに光る星が好きだ。
正確にはほんの数十分前までは空を我が物顔で覆わんとする星たちが太陽という強者に、実は自分が矮小なる存在だということを知らしめられながらも抵抗するかのようにか細く光る星たちが好きだ。
特筆することが何もない一日を過ごした時君ならどうする?
最後に何かしてやろうとあがくか、まあいいやとそのまま床につくか。
この世は特筆することが何もない一日の連続である。
たまに日記に書きたくなるような特別が起こることもあるが、基本的には1ページがまるまる埋まることはないのである。
少なくとも僕は。
友達がいないわけじゃない。これでも割と活発に話すタイプだし、友達とカラオケに行くのが僕の一番好きなことだ。
ただ特筆するかと言われればそうではないだけなのである。
いつもと同じ道を少しだけ踏み外してみたことのない景色を見たかった。
色々言葉を並べてみたけど、実際の所はただ夜食を買いにコンビニ出かけただけのそこまで非日常ではない足のつま先が道から外れた程度のことだ。
でもそんなことだけでテンションが上がり切ってしまっていることがこれまででよくわかっていただけることだろう。
おなかが減った。
現在時刻は午前3時30分。夜更かしである。
明日というか今日も普通に学校があるがなんだか眠れる気がしない。
おなかに何か入れれば眠気もおのずと来てくれるだろうと思い僕はコンビニへ行くことを決めた。
スマホにイヤホンを挿し最近ハマったアニメのOPを永遠にリピート。
ゲームに負けて買わされためちゃめちゃピンクの女児向けアニメの財布を片手に僕は家を出た。
今の季節は11月。本格的に寒くはなっていないとはいえ流石に夜だと体を振るわさずにはいられない。
手に吹きかけた息は少しだけ白く色づき冬ももう近くに来ていることを感じさせた。
もっと分厚い上着にするべきかと一瞬振り返りかけるが、すぐに帰ればいいかと思い直しそのままコンビニに向かうことにした。
コンビニまでは歩いて5分程度。そのたった5分の歩きなれた道でも夜というフィルター越しだと何か特別なものに見えてくるから不思議だ。
普段は特に気にも留めない自動販売機もその明るさで存在感を見せ、いつも近所の子供たちでごった返ししている駄菓子屋はシャッターも閉じて寂し気な空気を感じる。
ただ夜になっただけなのにこうも世界が変わって見えることに僕は人知れず興奮していた。
だからだろうか、普段なら絶対にできないようなことをしたくなった。
僕の耳に流れるアニメのOPは今サビ前の一番いいところだ。これからぶちあがっていくぞという作り手の意図を感じるそのビートに身を任せるように体が揺れ動いた。
ダンスを習ったことなんてないから足はふらふらでリズム感も最悪。でもなぜか夜と、この世界と一つになったような感覚がした。
音楽に合わせ体をくるりと回転させたり、ジャンプしてみたり、後ろを振り返って空想上のオーディエンスを煽って頭の上で手拍子してみたり、何かの気配を感じておとなしくなるけど気のせいだったり。
そんなことをしていたらコンビニにたどり着いた。
自動ドアが開きコンビニの中へと入るが店員からのいらっしゃいませの一言もない。
いや、いいんだけどね別に。いかにもな感じの金髪兄ちゃんだし逆に元気よく挨拶されたらビビるというか。
金髪兄ちゃんと視線を合わせないようにそそくさとお菓子コーナーへと向かう。
このコンビニ限定のポテトチップスコーラ味なるものが発売されたらしく、それと大好物のさきいかを手に取りりレジへと向かった。
レジ台に商品を置いても金髪兄ちゃんの反応はない。え。なんでやねん。動揺してエセ関西弁出てしもたがな。
よくみると兄ちゃんの耳にはイヤホンがつけられていた。おい仕事中でしょうが。
気づいてもらえるようにポテチの袋をカサカサさせてみる。10秒間くらいやってみるとさすがに違和感を感じたようで。
「うおっと。すみません。お待たせしました、ってうわ!」
テンパったはずみでスマホのイヤホンジャックからコードが抜けてしまい音声が大音量で流れた。
『先日の東京都港区にておきた工場の爆破事故ですがどうやら薬品漏れが起き、工場内で引火した模様です。責任者からは今後このような事故を起こさないよう……』
意外にもこの金髪兄ちゃんはニュースを聞いていたようだった。人は見た目によらないとはいうがよらなすぎるのもどうかと思う。そもそも仕事中にイヤホン挿してスマホいじっている時点で見た目によっていたと考え直す。これがいわゆるヤンキーがたまにいいことするととてもいいやつに見える現象なのだろう。
「あー。すみません。えーと。」
「最近物騒ですよね。事故とか事件とか」
めちゃめちゃ気まずそうにしていたのでつい助け舟をだしてしまった。
「はは、そうっすねー……あー、ポテチが1点と、さきいかっすね。レジ袋はどうします?」
結果めちゃめちゃスルーされた。二度とチャラ男に気を使わないと心に誓ったある夜のお話。
しゃっしたー。
むかつく声を背にコンビニを後にした僕。このまま帰って菓子パーティと洒落込んでもいいのだが何となくそんな気分になれない。
少しだけ夜の街を散策することにした僕は、あてもなくただひたすらに歩いてみた。
2時間くらい歩いただろうか。特にこれといった非日常が起こることなく強くなってきた風が僕の頬を冷やした。
そろそろ潮時かとそう思ったとき。
にゃあお。
猫だ。
おーおーよしよしかわいーねー。
僕は犬か猫かと聞かれたら即答で猫と答えるくらいには猫が好きだ。
見てくれこの愛らしい顔を!3年くらい見続けても飽きやしない。
どこからきたの。ええ!そうかいそうかいおーしおーしぐへへへ。
どうやら起きたばかりでおなかをすかせているみたいだ。
猫は日の出と日の入りの時間に行動が活発になるらしいのでそろそろ夜が明けるのだろう。
しかし、おなかが減っているといってもどうしたものか。猫ってさきいかを食べられるのだろうか。歩きながら食べていたさきいかは少しだけだが残っていた。スマホで調べてみる。猫は好きだが飼ったことはないのだ。
『猫 さきいか 食べていい』えーとなになに……。にゃあお。うおっ!?
いきなり猫がとびかかってきた。あまりにもおなかが減りすぎているのだろうか。その跳躍力に僕は驚きもっていたさきいかの袋を落としてしまった。にゃお。うおい!
そのまま猫はさきいかをもって走り出してしまった。さきいか咥えたどら猫追いかけて状態とはまさにこのこと!
深夜テンションで少しおかしくなっていることを自覚しながらも楽しくなってきた僕は猫を追いかけて走った。
走り出してから5分猫を追いかけ続けているのだが人間が猫に足の速さで追いつけるはずがない。
にもかかわらず僕が猫を見失わずにいられるのはひとえに猫がちらちらこちらを振り返って止まっていてくれるからだ。僕をどこかに誘っているのか。偶然なのか。それともなめられているのか。ぜえはあ。やばい、死ぬ。ちょっと、たんま。
にゃふ。
え?笑った?もしかして、いや流石に気のせいか。てかかわよ。ちょっと撫でさせてくんない?
おそらく相当気持ち悪い顔をしているであろう僕が近づいたことに警戒したのか一目散にどこかへ消えて行ってしまった。
いつの間にか端の空が白んでいることに気が付いた。朝だ。
今から寝るとなると確実に寝坊してしまうので一睡もできないこと確定してしまった。
もう夜も終わりだ。何とも言えない寂しさというか虚しさというか、よくわからない感情が僕の中に渦巻く。
光が少しづつ夜を侵食していく。
まだ暗い西の空と明るくなってきた東の空のその中間に立つ。
まるで世界の中心にいるみたいで少しだけ鼓動が早くなる。
夜においていかれないように、朝に追いつかれないように西に向かって走り出す。
太陽の登る速さに勝てる道理なんてないけれどもう少しだけ世界の中心にいたかった。
それでもあっけなく朝は僕を見下ろして夜は後腐れなく地平線の彼方に帰っていった。
荒れた息を整えていると早起きのおばあちゃんに
「朝からせいが出るね」
なんて言われてしまって。
目に飛び込んだ陽の光の煩わしさと朝から走りこんでいるスポーツマンだと思われた気恥ずかしさをかき消すように僕は大きく息を吐いた。
また今日が始まる。まだ人通りの少ない住宅街を大口開けてあくびをしながら帰路へとつく。
これが夜更かしの特権だ。普段恥ずかしくてできないことも今ならできる。
だからたまには言ってあげてもいいかなと思った。
「おはようs『ひゅううう』」
突然の強風にさらわれた僕の言葉は誰にも届くはずがないのに、その人の耳は確実に拾っていて。
「きしし、確かにそれは恥ずかしいしちょっといてててって感じだが、私は嫌いじゃないぜ。だが……」
やけに耳心地のいいその声につられ後ろを振り返ると、流線型の影が僕の目元を撫でた。
「尻尾?」
太陽の光に邪魔をされてその姿ははっきりと見えなかったがその影は大きさを変え確かにこちらに向かってとびかかってきていた。
「残念だが君は一つ間違っている」
その人、彼女が腕を振ると日の光に満ちた朝は唐突に、
「やあ、こんばんは。
さっきまでの暗闇の夜に戻り、さきいかを噛みながら彼女は僕の名前を呼ぶ。
やけに明るい月光が僕の視界を照らした。
踏み外し損ねたと思った道はいつの間にまったく別の道に変わっていたことに僕は今になってやっと気づいたのだった。
分からないことだらけだけど一つ言えることがあるとするならば。
僕はまだおはようと言えないみたいだ。
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