愛を呼んで、君を抱きしめて

 君は強くない。けど、弱くもないよ。だってこうして生きてるじゃないか。世界の端っこだとしても、これっぽっちも名誉がなくとも、君は毎日生きてるじゃないか。息をしているだけでいい。僕の側で微笑んでいてくれるだけでいいんだ。それだけで、君は価値のある人間なのだから。


 なのに、どうして。


 君はいなくなってしまったのだろう。


 君の香りが漂う秋が、僕は大好きだった。道を歩けば、たちまち君に包まれているように思える。


「ごめん」


 ふと漏れた言葉の影は、曇り空の一部となってどこかへ消えていった。顔を上げれば大きな大きな雲が、僕を飲み込まんと覆い被さる。まるで世界が僕を守っているかのようだ。否、逆かもしれない。

 ぼうっと歩けば君の声が聴こえるようで、僕は耳を澄ませながら静かに足をすすめる。この時間が大好きだった。


「戻ってきてよ」


 また好きだと言ってよ。

 虚しくも女々しい感情に襲われる。僕は君の脈で生きている。君の心で呼吸をしている。

 愛を叫べば、君に届くだろうか。何を願えば、君に会えるだろうか。


 きっと命は儚いもので、簡単に壊れてしまうものだ。

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珈琲とラスクとそれから @mooo__

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