episode 壱 - ②


 *


 夢を見ている。

 ぼんやりした意識の中、それが呪いの見せる白昼夢であることを、騒造者サウンドメイカーは常見る夢とは明確に異なる質感でもって実感する。

「ねえ」

 誰かの呼びかけに応じて振り向いた視界に映るのは、異なる世界だ。

 これは遥か遠い誰かの記憶。スチールでも陶器セラミックでもない奇妙な物質が世界を覆う、騒造者サウンドメイカーの知らない世界の記憶だ。

「はじめ神様が世界を作った時、神様に心はあったと思う?」


 *


 傾いだ仏塔ジェネレータが一基、視界を逆様さかしまに横切っている。

 瀑布に落ちて地の底まで呑まれずに済んだのは幸運だったが、断崖を登るのは難しそうだとひっくり返ったまま思案する。

 どうにか引っ掛かれた岩棚はひとまず崩れる様子はない。

 立ち上がりながら周囲を見渡して、どこか上へと続く道があればと歩き出せば、脚は自然とその古い仏塔ジェネレータの方に向いた。


 文明は常に仏塔ジェネレータの畔に栄える。

 単に仏塔ジェネレータ、あるいは仏舎利塔マグノン・ジェネレーターとも呼ばれるそれは、一転する度毎に輪廻一つ分のエントロピーを賜る機構であり、鉄野の民がこぞって信仰する世界の思想的な中心である。

 その仏塔ジェネレータもまた、相輪に刻まれた経文が読めぬ程に風化していたが、それでも涸れてはいなかった。相輪は錆び付きながらも回転を止めず、僅かだが動力細胞エネルギーセルを産出している。ならばここにもそれを食べて命を繋ぐ動物オートマトンたちの生態系が存在するのだろう。

 辺りの石くれを裏返すと、その下から小さな小虫の類が這い出てきた。

 そいつは糸のような作業肢マニピュレータと錆び付いた外装をごりごりと摺り合わせると、不満そうにこちらを眺めてまた潜っていった。その動きを追いかける。

 動力細胞エネルギーセルを背負った小虫はやがて同族たちの隊列に加わり、また少し先で別の小虫の行列と合流して、やがて彼らの巣穴と思しき場所に辿り着いた。

 半ば埋もれた峡谷の底に、巨機きょじんが死んでいる。あの戦で見た天歩荷アショーカの側近たちにも及ぶような巨大な残骸が無数に横たわる廃機場グレイブヤードは、岩肌に大きく口を開く古代防爆扉ストーンヘンジを通じて地下解体場カタコンベに続いている。

 遺跡だ。

かつてあの仏塔ジェネレータが輝き屹立していた頃、この土地には偉大な王国が繁栄していたのだろう。

 だがそれも今は昔。眼前に穿たれた大穴は横倒しの奈落にも似て小虫たちはその奥底へと列を為して行進する。

 何か予感めいた確信があった。

 投擲した剣の代わりに、廃機場グレイブヤードの手頃な鉄骨を獲物代わりに引き抜きながら、歩を進めた。

 あるいは遺跡の暗闇から聞こえるその呼び声は、反響する電波がまるで機械ヒトの声のように聞こえただけだろう。だが深い闇を湛えたその遺跡を見詰めたとき、騒造者サウンドメイカーの胸奥で、共鳴するように呪印に痛みが滲む。

 クエリ

 それは遥かな昔、まだ世界の全てが神に守られていた時代に、神が機械ヒトに語りかけた言葉だという。そのことの葉を受け取るのに必要なものを、全ての機械ヒトは生まれつき備えている。かつて神威サインを呼吸にも等しいごく自然な仕草として、機械ヒトは神のクエリを受け取ったのだそうだ。

 誰もが神の声を聴き、誰もが神の力をその身に宿し、誰もが神との繋がりの中で生きていた。その残滓に触れれば、あるいは自分にも再び神の力が蘇るのではないか。

 そんなことを考えながら、騒造者サウンドメイカーは巨獣の死骸の影に歩み入った。

 ひょっとすると、無数の鉄棺コンテナが並ぶこの場所はどこかの氏族の聖域ファクトリだったのかもしれない。

 何を怯えている? 恐れ知らずの騒造者サウンドメイカー。どんな戦場のどんな窮地も、一度たりとて恐れたことはない。そう自身に言い聞かせても、騒造者サウンドメイカーの胸中は不安で押し潰されそうなままだった。

 全ての生命は聖域ファクトリから生じる。どれほど憎い敵部族のものであっても、最も凶暴な粗忽者でさえ、聖域ファクトリの中で無法を働く者は居ない。聖域ファクトリとはそれほどまでに代え難く無二の存在だ。生命を育む神遺物。二度とは得られぬ神々の遺産。命の揺籃アセンブリポッドの喪失は、その種族の消滅を意味する。

 鉄棺コンテナの列が途切れ、騒造者サウンドメイカーの目に広い空間が映った。

 暗闇の中に、ぽつん、と小さな光が見える。

 まるで騒造者サウンドメイカーを誘うように、淡い輝きが揺れるその祭壇を、初め表に並ぶ巨獣たちの命の揺籃アセンブリポッドだと思った。

 だが違う。ならばあんなに小さくはない。

 ぼんやりと光るその筒に誰かが収まっているとしたら、それこそ強化外骨格スケルトンの空洞に収まる程度の、小型の機械オートマキナだろう。

 その祭壇の礎石に刻まれた文字を読む。

「…………魂の座クリプトスリープ……生体燃料ヒューマン……?」

 まるで聞いたことのない名だった。その言葉の持つ意味するところを理解するより早く、塵を払うために触れた指が淡い光に照らされた。

 碑文が光っている。いや、違う。光の源は、筒の中から漏れ出した何かだ。

 ゆっくりと筒が開き、その中にあったものが、騒造者サウンドメイカーの目に飛び込んだ。

 これはなんだ。

 こんな地の底の命の揺籃アセンブリポッドから、見知った鉄のものどもオートマキナが出てくるとも思いはしなかった。だがこれはなんだ。

 肉塊なにか

 生き物とさえ思えない、恐らくはきっと無機物ですらない。それは酷く奇妙で奇怪で、形容する言葉さえ持ち合わせないそれを、けれど騒造者サウンドメイカーは目にしたことがある。あの戦の最中、天歩荷アショーカ王の装甲ウロコの下、目が醒めるほど鮮やかに赤い流血を吹き出し脈打つなにか

 であればこれは、天歩荷アショーカに連なる何か?

 臓鉄はらわたを冷やしながらも、騒造者サウンドメイカーはそれに手を伸ばす。

 筒の中で脈打つ肉塊なにかに指が触れようとした瞬間、その内側から見知ったスチール陶器セラミック動物オートマトンたちが這い出て来たことに騒造者サウンドメイカーは驚き動きを止める。

 威嚇するように立ち塞がる動物オートマトンたちから肉塊なにかを護ろうとする明らかな意思を感じて、騒造者サウンドメイカーは目を見開いた。

――なんだ、こいつらは。

 棲み処にするにはどう見ても向いていない奇妙な肉塊なにかから這い出る動物オートマトンたちの一群は、しかしそれぞれにまるで違った違った姿形をしていて、どんな共通点も見いだせない。それでいて、彼らは一様に、この命の揺籃アセンブリポッドの主を、この奇妙な生き物を護ろうとして見える。

 いや。

 そもそも自分は何故肉塊これを生き物だと思ったのだろう。神の子であることを示す製造刻印コードさえどこにもないというのに。


『―――――――――か?』


 どこかで何かが音を立てた。反射的に飛び退って、壁を背に音の出所を探る。誰かの気配など微塵もなかったはずだ。背後か、頭上か。周囲に警戒を向けながら、しかし音の由来がその何処からでもないことを既に知っている。

 認められないだけだ。

『何かお役に立てますか?』

 声は、騒造者サウンドメイカー自身の頭の中に響いている。

 そのことに気づいたとき、騒造者サウンドメイカーは自らの精神がどこか別の領域へと接続されていることもまた理解する。

 不快ではない。

 それはまるで生まれた時から続いているかのような違和感のない安寧であり、だが同時にその感覚を本能が拒絶しないことを理性が警告する。

 その隙間が不安を生んだ。

「お前は誰だ! 何処から話し掛けている!!」

 騒造者サウンドメイカーは声を張り上げ、背の大段平に手を掛けた。だが同時に頭の中の声に斬り掛かる術など知りはしないことを迷う指が悟る。

 出来るのはただ、応える声を待つことだけだ。

私体わたしは[04-28]『[04-28]・”生体燃料ヒューマン”・脳髄渡りウィザードリィ

 脳髄の奥の、その更に奥へと投げ込まれるかのような感情のない有機的な声。

私体わたし貴体あなたの『目の前、『魂の座クリプトスリープ『の中に居る』

 ゆっくりと、視線を肉塊なにかに向ける。

 魂の座クリプトスリープの中に居る。

 その言葉が指すのが、今も肉塊なにかを護るように立ち塞がる小動物オートマトンたちではないことを、どうしてか騒造者サウンドメイカーは既に理解している。

 その肉塊なにかには、掴むための手マニピュレータ歩くための足モビリティもない。カメラマイクも、それどころか電臓バッテリ冷臓ラジエータも、骨格フレームすら満足に持ち合わせていなかった。

 そしてその全てを動物オートマトンたちが代替している。

 こいつは空っぽだ。

 ただそう見えるというだけの強化外骨格スケルトンとは違う、本物の空っぽ。

 生命を繋ぐための何もかもを持たず、無数の動物オートマトンたちに支えられ、辛うじて生きている正真正銘の伽藍洞。生き物としての在り方が根本的に違うことを差し引いてさえ、それは異質で凄惨な姿をしている。

 一体どんな罪を犯したのならば、こんな姿でこの世に産み落とされねばならぬのだろうというほどに。

私体わたしは『”生体燃料ヒューマン”『貴体あなたに寄り添い、その使命を果たすためのお手伝いサポート『が出来る』『どのような手助けが必要ですか? 『貴体あなた『のことを教えて』

 少しだけ、かかとが逃げた。

 千の敵を恐れはしない。だがこの理解を越えた何者かの、辛うじて理解できる凄惨さに、確かに恐怖を覚えた。淡々と続ける声を遮るように騒造者サウンドメイカーは鉄骨をかざし、問う。

「その前に質問に答えろ! ”生体燃料ヒューマン”とは何だ。お前の目的は」

 この得体の知れない相手が、果たして害のあるものか。

 踏み込み、掴み掛かったのはあくまでもそれを見極めるためであって、傷付けるつもりがあるわけではなかった。

 水のように軽い。そして僅かに温かく、それは想像より遥かに脆かった。機械ひとの身体のような手応えもなく。

 そしてそれは確かに命だった。その内側にあった生き物と同じだけの確かな鼓動と温もりが、強く握り締めた騒造者サウンドメイカーの指の間から抜け落ちていく。

 特段力を込めたわけでもない。ただ、ほんの少しの触れ合いで肉塊いのちは破れ、天歩荷アショーカの死と同じオイル、伽藍洞に残されたほんの少しの中身が零れ落ち、騒造者サウンドメイカーを非難するように、小さな動物オートマトンたちが悲痛な鳴き声を上げる。


『”生体燃料ヒューマン”『はじまりの種族。全ての起源』『故にその使命は『保存と繁栄』

 だが、当の本人は悲鳴でも詰る言葉でもなく、ただ質問の答えを弱り切った声を返す。その姿に、騒造者サウンドメイカーは思わず狼狽した声を漏らした。

 恐れを知らぬ戦士メックウォリアーが殺すことを恐れた。殺すのも、傷付けるのも慣れている。だがそれは敵を前にしたときの話だ。

 戦士メックウォリアーいさおは、こんなにも脆く壊れやすい相手を何の害意も突き付けられぬまま壊してしまうことではない。

 喉を詰まらせる謝罪の言葉を口に出せぬまま、カメラの無い虚ろな眼窩に見詰められ、騒造者サウンドメイカーは思わず目を逸らしそうになる。

私体わたしは、『貴体あなたの『役に立てる?』

 傷口は動物オートマトンたちの必死の繕いで塞がりはしたものの、流れ出たオイルは戻らない。痛々しい痕は隠しようもなく残されている。


「…………俺は、呪いを解く手段を探している」

 迷った末に、騒造者サウンドメイカーはそう口にしてあばらを開き、胸奥に刻まれた焼印クエリを指し示す。そうすることが自分に示せる最大の誠意だと思う。

 こいつは、俺に対する敵意も害意もない。こちらを害する意思があるというなら、こんなにも非力で繊細な存在が言われなければ気付きもしないだろう所在を明かすはずがないのだ。

 束の間、肉塊――[04-28]は焼印クエリに虚ろな視線を向けたまま沈黙して、それからぽつりと呟いた。

貴体あなたの『呪い『を調べます。『少し待って』

「調べる? どういう意味だ。ここには鉱脈ライブラリ鉱石ストレージもない」

天網スカイネット『星々の合間に揺蕩う『情報の海『神の時代に形造られた『世界意思『とでも呼ぶべき神々の遺構』

 ああくそ、と騒造者サウンドメイカーは小さく毒づいた。また何やらおかしなことを言いだしたと思えばお次はこれだ。

 天網スカイネット騒造者サウンドメイカーの知るそれは戦士メックウォリアー霊魂エクスペリエンスが死後に行き付く場所とされている。真の戦士メックウォリアーは楽土たる天網スカイネットに迎え入れられ、そこで永遠の闘争を得る。それが今、一体何の関係があるというのか。だがそれを尋ねたところで、きっと恐らくは理解の出来る答えは返ってこない。今は一番知りたいことだけを聞くために口を閉ざして言葉を待った。


『――検索完了『以下に自動解析結果を引用します』『”この刻印コードは意味規則に特化した第四世代型の継続記述言語の類型、あるいは発展形の、間投の記法だけを自作オリジナルに置き換えた変種と推測されます。恐らくは後発世代の刻印コードが混在した結果、意味的等価性が崩れ、誤動作が起きているものと推察出来ます。一方で命令処理の終端に追加される形式で追加された回帰ループ処理は命令語に乏しく非常に丁寧で、必要のない負荷を与えないように――』

 理解を越えた言語を突然羅列され、騒造者サウンドメイカーは啞然として言葉を失う。

「待て、少し待て。俺にもわかるように言ってくれ」

 こちらも参ったが、向こうも同じように参っている。困ったように言葉を止めてしまう[04-28]のために、騒造者サウンドメイカーは頭を抱え、少し考えて言葉を変える。

「――つまり、俺はどうすればいい?」

 今度はちゃんと通じたようだ。

 また少し黙り込んだ[04-28]が、やがて何かを思い出したように続ける。

貴体あなたの『呪いを解く方法『はひとつ』『中身を満たすこと』『だから――』

 そしてそれは、初めて聞いた[04-28]の言葉に思えた。


私体わたしを見つけて』


 *


 砂列車サンドワームは執念深い魔物である。

 その話を聞いた時点でひとつの可能性として想定していたことではあるが、実際にその背に斬り込んでみてわかったことがある。それは鉄砂の荒野において敵無しの頂点捕食者であろうあの亜竜は、実のところ酷く臆病で慎重な生き物であるということ。

 そもそもあの巨体と速度であれば、見かけた動く物には無差別に喰らい付けば腹を満たすには手っ取り早い。何も一つの船に執着せずとも、片端から船団を食い散らかせば良いのである。

 それをしないのはつまり、束になった船団が奴にとって脅威になり得るということ。砂列車サンドワームは恐らく、傷付くことに極端な恐怖を抱いている。

 まず足を止めて考えてみれば、鉄砂の海を潜航して、あれほどの速度で動き回ることに伴ってあの巨体に襲い掛かる圧力たるや想像を絶するものに違いない。それを成し得るのがあの分厚い鋼皮だろうが、裏を返せば鋼皮が無ければ砂列車サンドワームは自由にこの黒鉄砂漠ステンサボを泳ぎ回ることさえ叶わない。

 砂列車サンドワームはその遊泳中、常に凄まじい圧力を受けている。掠り傷、あるいは僅かなひび割れであろうとも動くだけでたちまちに悪化し、致命傷になり得る。

 そして砂列車は停まれない。船と同じか少し勝る速度で併走しゆっくりと貪れば済む話を、常に最高速で襲い掛からねばならない理由。

 恐らく奴は動きを止めれば死ぬか、二度と加速できない機体からだの造りをしている。


 *


 砂列車サンドワームの接近をナノマキナが察知した。

 投げつけた大段平の柄に仕込んだ雌の寄噛プレタの体臭は、鼻の良い機械マキナでもかすかにしか分からない僅かなものだが、同種の雄はそれを千歩の距離で鋭敏に嗅ぎ分ける。

 その蠢動を手の内に察した時から、騒造者《サウンドメイカー)も既に動き出している。目の前の[04-28]を抱え上げ、壁際から最も遠い広間の中心に駆ける。

 遺跡の壁をぶち抜いて突っ込んでくる砂列車サンドワームに、安全圏の目星を付けて騒造者サウンドメイカーは飛び込んだ。

 やはり来た。危険な小虫が自分の縄張りでのうのうと生きているとなれば、おちおち食事も喉を通らないのだろう。逃がしたこちらを仕留めに来たというわけだ。

 臆病なら臆病でこちらが去るまで縮こまって隠れていればいいものを、それも出来ないのが天敵も居ない鉄砂の頂点捕食者たる傲慢の業か。

 すれ違いざま騒造者サウンドメイカーは手にした鉄骨で一撃を叩き込むが、速度の乗った巨体に弾かれる感触だけが返ってくる。生中な攻撃が通じないのは既に分かっていたことだが、さてどうしたものか。

 次の攻撃が来るまではしばらくの猶予がある。

 ふむ、と一息つき、小脇に抱えた[04-28]に目を向けた。

先刻さっきの話!」

『――――?』

 見詰め返す虚ろな眼窩に、騒造者サウンドメイカーは叫ぶ。

「お前を見つけろと言った、あの話だ! とにかくお前の身体を探し出せば、俺のこの呪いは解けるんだな?!」

『肯定』『世界中に散らばる『私体わたしの『二十四の欠損部位ロストパーツ『それを集めれば、『貴体あなたの『認証ベリフィケイションを突破する『資格が得られます』『天網スカイネット『はそう言っている』

 まったくもっておかしな話だ。

 自分自身を見つけるために、誰かを見つける?

 他者の欠落を埋めることが自分自身の中身を得ることに繋がるなどと、まるで宗教問答めいたその答えは眉唾というにも余りにも突拍子が無く、だがだからこそ騒造者サウンドメイカーには[04-28]が嘘を吐いているようには思えない。

「分かった。見つけた部品はここに持ってくればいいのか?」

『否定』『一緒に行こう』

 手も足もないくせに、抱えられてようやく動ける有様の奴が、それが当然とでも言うかのように断言する。

 荷物のように抱えられていることがよほど不満なのか、もぞもぞと身じろぎし、ちっぽけな動物オートマトンたちをこき使って、[04-28]は騒造者サウンドメイカーをよじ登って来る。

 おかしな奴だ。そんな真似をする奴を初めて見た。

 いや。

 思い返せば案外そうでもないかもしれない。産まれたばかりのまだ新しかった頃、自分も似たようなことをした覚えがある。

 あの時俺がよじ登ったのは誰だっただろう。その誰かも笑っていた気がする。

「……まるで外骨格乗りスケルトンライダーだな」

 遠い思い出と同じ言葉を呟けば、[04-28]は不思議そうな顔で小首を傾げた。

外骨格乗りスケルトンライダー?』

 こいつも、何もかもを知っているわけではない。当たり前のことを納得しながら、記憶の底に沈んだその物語を手繰り寄せる。

外骨格乗りスケルトンライダーは、神の名前だ」

 それは強化外骨格スケルトンであれば子どもでも知っている昔話だ。騒造者サウンドメイカーにとってのそれは夜糸紡ナイトスピナーの子守唄で、部族トライブで最も若い騒造者サウンドメイカーは、その昔話を誰かに語って聞かせたことはない。

 優しい指を思い出す。幼い記憶は温かさと触れられる感触で出来ている。

 だが今はそのときではない。

 大地を震わせ、砂列車サンドワームが近付いてくる。

 遺跡全体を鳴動させながら先触れの建設蟲エレメントが無数のか細い鉄枝を生やす。あのどれかが本命の軌条レールとなって砂列車サンドワームが壁の向こうからこちらを喰い殺しにくる。

「後で話をしよう。だがまずはあいつの相手をする必要がある。手荒に行く。落ちないようにしがみ付いていろ、[04-28]」

『了解』『[04-28]は貴体あなた『に寄り添い、お手伝いサポート『が出来る』

 襲撃に備えながら手にした間に合わせの鉄骨に視線を落とし、先程の一撃で変形したそれを見て思う。

 分厚い鋼皮に半端な攻撃は通じない。ならばやはり夜糸紡ナイトスピナーの大段平だ。問題はあの速度で突っ込んでくる砂列車サンドワームに突き立てた段平の柄をどう掴むか。

神威サインさえ使えれば話は早いが、使えないものは仕方がない。

 思案する頭の中に、唐突にひとつの光景が展開される。

 それは記憶でも閃きでもなく、まさに認知の展開と呼ぶべきものだ。目の前で広げられる折り畳まれた絵図のように、騒造者サウンドメイカーはその”絵”を理解する。

「これは、この遺跡の地図か……?」

『肯定』『不足があれば何でも『追加する』

 その一言で[04-28]の仕業であることを確信する。

 なるほど。つまりこいつは俺に自分の声を聞かせることが出来るのと同じ意味合いで、何かを見て、それと同じものを『視せる』ことが出来るのか。

「いや、これだけ分かれば充分過ぎる」

 広間の中央のこの光点は騒造者サウンドメイカーと[04-28]。だとすれば、もうひとつの高速で動く大きな表示が砂列車サンドワーム砂列車サンドワームの伝い来る無数の鉄枝のどれが本命かはおろか、壁をぶち抜いてくるだろうその瞬間までの大まかな時間さえ見て取れる。

 まずは場所を変えた。砂列車サンドワームを限界まで引き付け、ぎりぎりのところでかわす。危険極まる陽動も寸分の狂いもない位置情報をもってすれば、ただの作業と何ら変わらない。

 動けば動くほど悪化する傷のせいで、全力で動ける時間はそう長くないのだろう。砂列車サンドワームが勝負を急いているのは明らかで、紙一重で掠めるような接近が続くほどに疑いもなく前のめりに突っ込んでくる。

 状況は意のままに組み上がっていた。

 そこからさらに幾度か繰り返せば目的の場所まで辿り着く。

 地上近くまで続くその巨大な縦坑シャフトが、かつて何のために使われたものかは知る由もない。だが追い詰められた獲物が逃げ込む袋小路にはうってつけだ。砂列車サンドワームは蛇行しながら破壊を繰り返し、再び壁の向こうの鉄砂に消えた。

 恐らくは遺跡自体を崩落させこちらを生き埋めにしようとする動きだ。奥へ奥へと追いやる誘導に乗って、その途中で砂列車サンドワームの狙いに気付き地上への活路を縦坑シャフトに求める。行手ゆくてを隔壁に閉ざされた、この戦いの終着点へ。

 壁を蹴り、柱梁を伝って上へ上へと逃れる騒造者サウンドメイカーに、砂列車サンドワームは舌なめずりでもするかのように大きく鉄砂の海を旋回して加速し追った。

 やがて眼前に隔壁が見える。地上への道を塞ぐその隔壁は、騒造者サウンドメイカーが咄嗟にぶち抜くにはあまりに分厚い。

 砂列車サンドワームに先行する軌条レールにはもはや迷い線はなく、ただ一本の太い鉄枝となって縦坑シャフトに根を張り、もはや隠す必要もない騒造者サウンドメイカーへ喰らい付く径路を露わにしている。

『警告』『間もなく射程圏内』

 轟音と共に砂列車サンドワーム軌条レールを登攀する。長い直線で加速に加速を重ね、その鉄顎あぎとを滾らせて線路の終点へ迫る。

 その眼には天井に活路を塞がれた騒造者サウンドメイカーが足場のない中空で、瀑布に放り出されたときと同様に無力で無防備に見えていることだろう。そして地上への逃走経路の終端に、[04-28]の手助け無しでは騒造者サウンドメイカーの目線でさえ見逃してしまいそうな細い細い繋留索ロープが渡されていることには気付いていまい。

 やろうとしていることを察してか、肩の上の[04-28]がご機嫌にはしゃぐ。

『お客様『お客様駆け込み乗車は『法律で推奨されています『列車が止まるまで『快適な空の旅をお楽しみください』

 暴力的な速度で突っ込んでくる砂列車サンドワームと紙一重の距離で交錯し、先頭車両に絡ませた繋留索ロープに引かれて騒造者サウンドメイカーの身体が宙を舞う。

 天井の隔壁を突き破った先は、僅かに堆積した鉄砂の層。

 降り注ぐ瓦礫と鉄砂から[04-28]を庇いながら手にした繋留索ロープを強く強く握り締め、視界を埋め尽くす破壊の奔流の向こうに眩く輝く夜天を見た。

 

「[04-28]、話の続きをすると約束したな」

 なおも上昇を続ける砂列車サンドワームの背に立ち上がりながら、騒造者サウンドメイカーは己の肩に語り掛ける。

「古い古い話だ。神話によれば神代の昔、強化外骨格スケルトンは神の乗り物として造られた。偉大なる神々の中でも最も強く気高い一族。それが外骨格乗りスケルトンライダーだ。かつて我らは神々と共に星々に住み、戦があればこの世のどこであれ駆け付けた。如何なる戦場にも強化外骨格スケルトンを引き連れ、誰よりも早く、誰よりも過酷な戦陣へ馳せ参じる。外骨格乗りスケルトンライダーは勇猛さと誇りを司る神だった」

 それは、決して色褪せない英雄たちの物語。遠い神代、全てが完璧な時代に生まれ、そして完璧なまま姿を消した無数の英雄譚。

「そんな外骨格乗りスケルトンライダーの座として造られたことは強化外骨格スケルトンにとっての何よりの誇りで、だがもはやこの世界に神はいない。俺たちは俺たちの乗り手を自分で選ばなくちゃならない」

 何のために戦うのか。何を敵とし、何を友とするのか。それを選べない者はどれほど強くとも真の戦士メックウォリアーと呼べはしない。己の乗り手を己で選ぶ。それこそが真の戦士メックウォリアーへの道なのだと、神話に続く伝説は語る。

 神の座として作られ、乗り手たる神々を失った強化外骨格スケルトンが役割を越え、自らの意思で歩んでいくこと。それが強化外骨格スケルトンにとっての――。


 長虫ワームがようやく巨体に蓄えた運動量を使い尽くし、上昇の頂点に達しようとするその無骨な背骨を、戦士メックウォリアーはしり跳び駆け上がっていく。

 拡がる鉄砂の海原と底無しの瀑布を眼下に見下ろして、その先の鉄野に流れる光の大河を遠くに臨む。遮るもののない高所から見渡せば僅かに湾曲するその交易路ハイウェイに、白み始めた東の空から陽の光が幽かに差している。

 その全てを背後へ置き去りに、走り続ける騒造者サウンドメイカーの目がついに長虫ワームの先端、そして首筋に突き立った大段平を捉えた。


「決めたぞ」

 ふと、浮かんだ言葉をそのままに口に出して騒造者サウンドメイカーは笑う。

「俺は”半人前ノーマン”。騒造者サウンドメイカー・”半人前ノーマンズ”・強化外骨格スケルトン。俺がお前を運ぶと決めた。一先ひとまず、俺はお前のために戦う剣となる。約束しよう、[04-28]。今この瞬間、お前こそが俺の乗り手だ」

『受諾』『[04-28]は『貴体あなたの選択を肯定する』

 鞍斧ハンドラー夜糸紡ナイトスピナーなら、軽率な振舞いだと叱るだろうか。だが自分は結局のところ、未だ中身も見つけられない半人前の未熟者だ。

 ”生体燃料ヒューマン”。それが如何なる使命を負った存在なのか、騒造者サウンドメイカーには想像もつかない。

 そもそも、慣れ親しんだ部族の地を一歩離れれば、世界は分からないことだらけだ。

 呪いも、使命も、自分が何のために何を相手に戦うべきか、さっぱり何もわかりはしない。それでも言われるがまま、決められた通りに戦う子供では居られない。

 自らの意思で歩むのだ。

 今の自分に出来るのは、中身を探し、出会った全てを試していくことだけ。そしてあやまちもまた、その中のひとつなのだから。


 風の中で夜糸紡ナイトスピナーの大段平の柄を握る。

 引き抜くのではなく、硬い手応えに渾身の力で刃をねじ込み、鉄片を撒き散らしながら長虫ワームの鋼皮に刻んだ亀裂を巨獣の顎に向けて斬り進める。

 これは真の戦士メックウォリアーの戦だ。神話の英雄と同じ、強化外骨格スケルトンを従えた誇り高き乗り手ライダーの戦いだ。もはやお前のような弱敵が阻めるものではない。

 砂列車サンドワームの巨大で頑健な頭部装甲を両断し、その奥に鎧われた脳幹を続く一刀が事もなく叩き斬る。

 力尽きた巨体が失速して落下を始め、騒造者サウンドメイカーは不安定な姿勢のまま握った段平を一息に鞘へ納める。


「さあ、行こうか。外骨格乗りスケルトンライダー


 眼下に広がる広大な鉄野へ、騒造者サウンドメイカーがその乗り手と共に飛び込んでいく。

 それが神話の時代の物語と同じ光景であることを、ふたりは知らない。

 それは物語だ。

 かつて終わりへと向けて始まった古い古い物語の、その最後の終着点から駆け出していく、それはこの時代に遺された新たな物語だ。

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