episode 壱 - ①

 熱砂を渡る砂上船ジャンクの運航はナノマキナ任せである。

 山からの風が砂鉄丘に風紋を刻み、風紋が陽光を吸って熱溜まりを、熱溜まりが鉄砂嵐を産む。

 暮れ切ってなお余熱の燻る夜風を帆に受け船は進む。

 年の半分を嵐に覆われる黒鉄砂漠ステンサボは熟練の船乗りでも容易く天気を読み違え、故に船乗りの勘の代わりに持ち出されるのが、虫壺ワゴンに飼われた播沫蟲プロットワームである。

熱砂の環境に適応したこのナノマキナの、指先半分ほどの大きさの繭は外殻に無数の気孔を持っている。この外殻は少量の水滴を垂らすとひび割れて、その中に閉じ込められていた一群の蟲を拡散させる。

 彼らは外界に出てから力尽きるまでの僅かな間に、外界の情報を拾い集めて記憶する。その情報は地平線を隔てても仲間内で共有される性質を持ち、羽化した播沫蟲プロットワームの留め置いた個体を放した際、地表近くを漂うようであれば時期尚早、高空へ真っ直ぐ飛び立てば船出の機ありという具合だ。



「――するってえと、おまえさんが部族を抜けたのは王殺しの呪いのせいで、その呪いを解くために旅をしてるってかい」

 騒造者サウンドメイカーは頷き、そこで話を止めた。

 最初のナノマキナが空高く飛び立ってからはや二週。黒鉄砂漠ステンサボの安定もそろそろ危うい。恐らくは最終便となるであろう砂上船には多くの交易商パケッタ巡礼者リクエスタたちが駆け込みで乗り合わせるのが常だった。

 探照灯で闇を掻き分け夜風で進む砂上船、他の客が船室で寝静まる時間に後部甲板に姿があるのは船員か、あるいは船賃代わりに道中の護衛を請け負った傭兵かと相場が決まっている。

 にもかかわらず、身の上話をせがんだその男は明らかに船員にも戦士にも見えなかった。ずんぐりした胴体を支える短い四つ脚に掘削肢ドリルアーム精密作業肢マニピュレータの二対の腕。化生髭ミスティヘルムと名乗ったその男は見た通りの、絵に描いたような掘削機ドワーフで、今も座を囲む数機すうにんの仲間と共に鉱脈ライブラリを探して放浪を続けているという。

 船員の制止も聞かずに砂漠の船上で酒盛りを繰り返すその連中は船内の鼻つまみ共である。見張り番で組まされたもう一機ひとりの護衛とまとめて騒造者サウンドメイカーを捕まえると、やんやと酒を勧めてくる。

「その馬鹿でかい剣、そいつで王の首を一思いに斬り落としてやったってわけだ」

「ああ。夜糸紡ナイトスピナー大段平おおだんびらだ。里を抜けるときに餞別代わりに貰った」

 剣の横腹を優しく指で叩く。強化外骨格スケルトンの得物にしてはかなり小振りなものなのだが、とは思うが話がこじれるので口は閉じた。酔っ払いどもは大いに喜び、散々にせっつかれ渋々と語る騒造者サウンドメイカーの隣で、ごそりと動く者が居る。

「ちッ――」

 隣からの聞こえよがしの舌打ちは騒造者サウンドメイカーの背後で壁に背を預ける掃海艇トロルのでかぶつの仕業だろう。振り返ると不機嫌そうな顔が目を逸らした。

「もういいだろ。どうせ結局酒が呑みたいだけの連中だ。どんな馬鹿げた大法螺かましたってこいつらは気にも留めずに乾杯の種にしやがる。糞酔っ払いに聞かせる嫌味の駄法螺にしたって、聞いてるこっちが不愉快になるだけだぜ」

 言いたいだけ言って、掃海艇トロルの男は邪魔くさそうにバラストを引き摺り立ち去った。正直、一緒に掘削機ドワーフどもから距離を取りたかったが、連中は盃をぶつけ合いながらこちらを取り囲み逃がしてくれそうもない。

「よし、屠竜剣の礼だ。こっちも良いもんを見せてやろう」

 そう言って化生髭ミスティヘルムが取り出したのは、何の変哲もない小さな石ころだった。

「……ただの石に見えるが」

「馬鹿言っちゃいけねえ、こいつは情報端末インゴットだ。中身は今でこそありふれた電算蟲プログラムだが、そいつらは元を辿れば全部がこいつに繋がる。そいつらすべての親株であるこいつを、わしの曽祖父ひいじいさんが掘り当てたのさ。もしこいつがなきゃあ、世の中はずいぶん違ったもんだったろうよ」

 情報端末インゴット

 精密肢に抓まれたそれを、騒造者サウンドメイカーはまじまじと見る。

 それは地中に残された神々の遺産であり、あらゆる文明の礎となる知恵の結晶体でもある。

 遥か昔、神々に置き去られた鉄のものどもオートマキナの夜の時代、伝説に語られる祖王たちが情報端末インゴットに刻まれた神々の知識を写し取ることで国を築き鉄のものどもオートマキナは命脈を保ったとされる。以来、すべての繁栄を支えてきたその叡智は、今もこうして発掘され続けている。

 いや。

 され続けてきた、というべきだろうか。

掘削機ドワーフあるところに興国あり。よく言われた言葉だが、今じゃ掘削機ドワーフが居ても掘るものが何処にもないときた。わしらの祖父の時代には日に幾つも新しい鉱脈ライブラリが見つかることもそう珍しくはなかったそうでな、はぐれ掘削機ドワーフの集団なんぞ昔は考えられんかった」

 知識もまた地下に眠る鉱物資源であるからには、いつか枯渇する時が来る。それは神の叡智に縋って国を築いたその瞬間、神代より知れ切っていた世界の終わり方のひとつだ。

 この中つ金ミッドアロイの鉄野に覇を唱えた強国が知識の枯渇と共に地図から消えたためしは枚挙に暇なく、神遺物アーティファクトの贋作、自らの手で真似て作った紛い物の知識で滅んだ国の寓話も数多い。

 神々の言葉なくして、どうして国を舵取りできようか。蓄えられた蔵言の多寡こそ国家の安寧であり、この神遺物アーティファクトこそは神々の去った薄昏闇の世界で唯一信頼すべき道標であった。

 その神々の言葉の劣化と忘却が、錆より早く世界を蝕みつつある。


「おっと、愚痴に付き合わせてすまんな。そんなつもりはなかったのだが」

 砂漠の夜は寒く静かで、絶え間なく続いていた会話が止まるとそれを思い出す。遠い風鳴りと、波打つ砂漠の撥ね上げた鉄砂が船の外板を叩く小さな音だけが辺りを包む。

 不意に醒めてしまった酔いを再び取り戻そうと掘削機ドワーフが酒瓶に手を伸ばしたとき、一際大きな帆柱マストの軋みと共に、細かい流砂を孕んだ風が吹き抜けた。

 にわかにき出す船員たちを眺め回して、化生髭ミスティヘルムは嬉しそうに背伸びして言った。

「おお、大瀑布に差し掛かったらしい。ここまでくればあと一息だ」

 よたよたと千鳥足で船縁に向かう化生髭ミスティヘルムを心配して後を追うと、彼はそのまま船縁から身を乗り出して眼下に広がる光景を指差した。

「ほれ見ろ。あれが黒鉄砂漠ステンサボの最後の難所、大瀑布だ」

 船の行く手に大きく、そして深く広がるのは底の見えない巨大な滝である。縮尺が狂っているのは見ればわかるが、それにしたってこの船と同じ大きさのはずの船団の船が玩具に見える。月に照らされた瀑布の高低差は優に山ふたつは収まるほどで、滝は無尽蔵にも思える鉄砂を吞み込み、尚も尽きることなく流れ落ちていた。

「あの滝に飲まれた砂は何処へ行くんだ?」

「さあてな。あるいは滅びの山の噴く溶鉄はここで呑まれた鉄が元になっているとも言うが、正確なところを掘り当てたことのある者はおらんだろうよ」

 恥ずかしながら子供のように目を輝かせていた自分に気が付いて、騒造者サウンドメイカーは思わず滝壺から視線を逸らした。

 だから見た。

 それ以外に理由はない。何もないはずの砂原すなばらを見ていたのは騒造者サウンドメイカーただ一機ひとりだったに違いないと思う。船からの探照灯に照らされた、その奇妙な構造物ものを見たのは偶然に過ぎなかった。

「――化生髭ミスティヘルム、あれは何だ? あの梯子のような、」

 急に動いた化生髭ミスティヘルムに、続けようとした言葉は遮られた。

 つい今までのそのそと歩みさえままならずに居た男とは思えない機敏さで、こちらが示した先に自前の眼照明ライトを向けた化生髭ミスティヘルムが、今度は凄まじい回転数で蒸気を吹いた。

 酔っぱらいが高熱で酔いを飛ばすときのやり方だとは理解できたが、だとしても隣人の突拍子もない過熱オーバーヒートには面食らう。それが自ら引き起こしたものだとすれば尚更なおさらだ。

建設蟲エレメント軌条レールだ!! じきに砂列車サンドワームが来るぞ!!」

 あまりにもでかい声に、また驚く。

 掘削機ドワーフが声を上げると、少し間をおいて帆柱マストの上から警笛が響いた。

 連鎖するように船団が警笛を響かせ、雪崩れるように方向を変える。だがそれよりも早く、その梯子のような構造物が騒造者サウンドメイカーたちの乗る船の横腹に喰らい付いた。

「急げ! 軌条レールを落とせ! 船ごと喰われちまう!!」

 化生髭ミスティヘルムが叫ぶ。

 船員の一機ひとりが船腹の艦砲に取り付くが、艦砲は自らの船体に撃ち込めるようには出来ていない。

化生髭ミスティヘルム、この船は走りながらいかりを下ろせるか?」

 事の推移にどうにか追い付いた騒造者サウンドメイカーが問うと、化生髭ミスティヘルムは頷きながら答えた。

「出来なくはなかろう。軌条レールに錨鎖を巻き付けて破壊するか。良い考えだ。船倉に向かうぞ、お前さんは一機二機ひとりふたり船員を捕まえて来てくれ」

 言われた通りに船員を捕まえて船倉へ転がり込むと、先に行ったはずの化生髭ミスティヘルムとその仲間が後からのこのことやってくる。掘削機ドワーフは足が遅い。化生髭ミスティヘルムは船員と錨鎖庫へ続くハッチを覗き込み頷いた。

「よし、異常ないな。騒造者サウンドメイカー、錨から離れろ。巻き込まれてお前も船外に放り出されるぞ」

「俺も行く。そちらの方が確実だ」

 潜り込んだ錨鎖庫で、騒造者サウンドメイカーは錨に足を掛け、衝撃に備えて強く錨鎖を握る。

「……死ぬなよ」

 化生髭ミスティヘルムが拳を振り上げ、錨を保持する留具ピンを思い切り殴り付ける。鈍い響きと共に斜路を滑り落ちる錨と共に、開口部から船外に射出された騒造者サウンドメイカーの目に、船腹に食らい付く軌条レールの姿が映った。梯子は先ほど見たよりはるかに強度を増して見えた。

 捨錨と同時に帆が回り、錨鎖が船体を擦るよう船が旋回する。砂飛沫を浴びながら、軌条レールと錨鎖が絡み合うよう全身で錨を振り子のように揺らす。上手く絡んだ手ごたえを得ると同時に、掘削機ドワーフと船員が鎖を巻き上げ始めた。

 張力が鎖をぴんと張り詰め、出来かけの軌条レールが軋む。その軌条レールに、騒造者サウンドメイカーは鎖伝いに駆け上がって渾身一発、大段平の一撃を見舞う。

 軌条レールが砕けた。

 食らい付く軌条レールから解放された砂上船が大きく傾ぎながら進路を変え、軌条レールの残骸はゆっくりと遠ざかっていく。

 地響き。

 船自体の揺れとはまた別の、もっと低く、もっと規模の大きな揺れを体が感じている。船内に向け鎖と共に巻き上げられながら、騒造者サウンドメイカーはそれの襲来を見た。

 無尽蔵にも思える鉄砂を爆発のように押し退けて、遠ざかる軌条レール――先程まで船が居た位置を恐ろしく長大な魔物が通り抜けていく。

 砂列車サンドワーム

 恐らくは黒鉄砂漠ステンサボの主であろうその巨大な魔物は、逃した獲物に我が物顔を少し苛立たしげに歪め、もんどり打って再び鉄砂に潜った。

 巻き上げられる錨鎖と一緒に再び錨鎖庫に戻った騒造者サウンドメイカーを、化生髭ミスティヘルムが出迎えた。

「見たか。砂列車サンドワームは」

「ああ、間近でな。この足場で戦うには少しでかい」

 何故だか嬉しそうに鼻を鳴らした化生髭ミスティヘルムが懐から出した酒を煽る。

「竜殺しは言うことが違うな、その調子で頼むぞ。なにせこれから奴との根比べだ」

 だろうな、と騒造者サウンドメイカーは船倉へ続くハッチを越えながら呟く。一度狙いを逸らした程度で捕食者が諦めるはずもない。その巨体をもってして、あの鉄砂漠の主は船団の悉くを食い尽くす気でいるに違いない。

 甲板に戻ると探信儀エルフの船員が耳を澄ましているのが見えた。地中の砂列車サンドワームの位置を探っているらしい。探知の邪魔にならないよう出来るだけ静かに歩きながら、騒造者サウンドメイカーは船縁から砂漠を見張る。

 夜明けも近いが、まだ闇は深い。

 眩い探照灯も広大な夜の前ではひどく頼りなく、船団は先刻とは別の意味で玩具に見えた。

「そっちは砂が浅い。砂列車サンドワームが潜るとしたら向こうだ、見張るなら向こうを見張れ」

 背後から化生髭ミスティヘルムの声がした。

「もっとも、今足りんのは見張りよりも避難船の人手だ。手を貸してやってくれ」

「避難船?」

砂列車サンドワームは執念深い魔物でな。目を付けられた時点で船は諦めるしかない。幸い狙われるのはあくまでも船だ。あの大きさからみれば、わしらのような豆粒は一々狙っちゃおられんのだろうな。だから小舟を下ろして逃げる。その為に時間を稼ぐ。そういうものだ」

 騒造者サウンドメイカーは合点がいかなかったが、戦士メックウォリアーでないものを逃がすということを、全員が戦士メックウォリアーである強化外骨格スケルトン以外の部族がやることも理解している。

「わかった、化生髭ミスティヘルム。少し手荒に運んでも構わないか?」

「運ぶのは子供ガキだけでいい。どの道全員は無理だ。そもそも船が足りんし、時間はさらに足りん。わしらが時間を稼げば、逃がせる数も少しは増える」

 迷いのない目をしていた。良いことだ。化生髭ミスティヘルム戦士メックウォリアーではないが、戦士メックウォリアーとしてもきっとうまくやっていけるだろう。

 避難船に目を向ければ、そちらは随分と騒がしかった。乗船を求める者たちは列とは呼べない一塊となって他の者を押し退け合う。足の遅い掘削機ドワーフの子供を抱えて一団に加えると、目に付く大きな姿があった。

 その肩を掴んで振り向かせる。

「なぜ護衛が逃げる船に真っ先に乗り込んでいる」

「避難船にも戦えるものは必要だろう」

 掃海艇トロルの大男はこちらを振り払おうと手を振るう。その腕を捻じり上げて引き寄せた。

「必要ない。戦士メックウォリアーなら残って戦え」

「う、うるせえ! どうしててめえに指図されなきゃあ――」

 首を刎ねる。

 機体からだを砂漠に蹴り落として振り返ると、同じ手合いであろう連中が何機なんにんかびくりと肩を震わせた。

 なんにせよ、船に群がる者たちの混迷は大分ましになった。

 いくらかの秩序を取り戻した列に背を向け、化物髭ミスティヘルムの下へ戻る。

 未だ目を皿にしている様子を見るに、まだ予兆はどこにも見えていないようだ。

騒造者サウンドメイカー砂列車サンドワームは鉄を喰う。だが喰うのは錆びていない鉄だけだ。あの類の長虫ワームがどうやって錆びた鉄とそうでない鉄を見分けるか知っているか」

「いや、どうやって見分ける」

「いいか、黒鉄砂漠ステンサボの錆は鉄を芯まで風化させる赤錆と違う。水が関わらない乾食による黒錆で、だから錆自体が錆除けとなる。音だ。奴らは錆の種類を鉄が擦れる僅かな摩擦音の差異で判断する。連中がどんな理屈で鉄だけ喰って生きられるのかは知らんが、錆を嫌うのだけは確かだ。地中を進むときも、出来る限り錆の少ない場所を選ぶ」

 騒造者サウンドメイカー化生髭ミスティヘルムを一瞥して、それから視線を砂漠に向ける。黒鉄砂漠ステンサボも一様ではない。場所によって黒鉄くろがねの地層が露見することもあれば、赤味がかった鉄砂が地表を覆っていることもある。

「では来るとすればあの辺りからか。それだけ絞れれば打てる手もある」

「どうするつもりだ」

「船上では受動的な戦い方しかできん。戦士メックウォリアーを集め、次に地上に姿を晒した奴の背に飛び乗り、そこで勝負を決める」

 騒造者サウンドメイカーが応えると、化生髭ミスティヘルムは甲板に腰を落として目を瞑った。

「……騒造者サウンドメイカー、」

 化生髭ミスティヘルムの顔を覆うブラシが皺のように引き攣っていた。絞り出された苦々しい声は微かに震えている。

「恐らく、この船にお前に続ける者はおらんぞ」

「何故だ。来る方向は有る程度は絞れた。時機タイミングは先程見た」

「そうではない。危険すぎる」

 意味がわからなかった。

戦士メックウォリアーは恐れない」

「恐れぬ戦士メックウォリアーだけではない」

 戦士メックウォリアーは躊躇わず、勝利の為に死地に飛び込むことを迷うことはない。戦士メックウォリアーではない化生髭ミスティヘルムには、恐らくはそれがわからないのだろう。

「それは、そいつが戦士メックウォリアーではなかったというだけの話だ。どちらにせよ他に手はない。俺は行くぞ」

「…………武運を祈る」

 頷き、振り返って船上の戦士メックウォリアーたちに向けて檄を飛ばす。

「次に砂列車サンドワームが顔を出した時、その背に乗り移り攻撃を仕掛ける! 勇有る者は続け! 我こそはと思うものはついてこい!」

 言い終わるが早いか、砂面が跳ねて軌条レールが姿を見せた。

 先程より準備は整っている。梯子に喰らい付かれた場所も悪くない。船員らだけでも軌条レールを落とすこと自体はさほど難しくないだろう。問題は次だ。

 助走のために甲板を大きく退がり、足元の砂を掃いて腰を沈めた。

 まだだ。

 先程と同じなら、軌条レールが太りきって、それから更に数拍ほど。その後に砂列車サンドワームが現れる。その速度に負けないように、こちらも奴の進行方向に向けて目一杯加速する必要がある。甲板端の凹凸に蹴り足を噛ませる。

 掘削機ドワーフと船員らが軌条レールを相手に戦っている。

 まだ。

 大地が震え、軋む船体が悲鳴を上げ、砂面全体が鳴動して激しく波立つ。

 今。

 甲板上を弾丸のように斜めに突っ切って、騒造者サウンドメイカーは船縁を踏み切って跳ぶ。

 縋る物ひとつない空中へと身を躍らせた眼下、船員たちがどうにか切り離した軌条レールに沿って砂列車サンドワームが姿を晒す。砂原を爆ぜさせ、暴力的な質量と速度が計ったように騒造者サウンドメイカーの進路で現出する。

 逆手に抜いた大段平を渾身で突き立てた。速度と分厚い鋼皮が剣先を赤熱させ、騒造者サウンドメイカーはその柄を両腕でねじ伏せる。

 ひと度弾かれれば終わる。どうにか喰らい付いたこちらを降り飛ばそうとする猛烈な速度に、割れた外皮を足場に剣を更に深く突き立てて抗った。

 衝撃。轟音。

 艦砲による掘削機ドワーフからの援護射撃だ。だが戦士メックウォリアーは誰一機ひとり続いてはいない。初めからここに戦士メックウォリアーは居なかった。それでも。騒造者サウンドメイカーは笑う。暴れる砂列車ワンドワームの動きが一度弱まり、自由落下の浮遊感に取って代わった。砂に潜って自らに喰い付いた小虫を払い落とす算段か。

 そうはさせない。鋼皮の裂け目を広げてその中に潜り込む。迫る地面に砂列車ワンドワームの先端の顎が突き刺さり、そのまま速度と質量に任せて鉄砂の海に潜っていく。

 視界は鉄に呑まれ、騒造者サウンドメイカーの隠れた傷口にも、容赦なく黒鉄の奔流が入り込んでくる。

 静かだ。

 そこは轟音と激震に塗れながら、恐ろしく静かで単純な場所だった。

 暴力的な速度と圧力が手の届く距離で暴れ狂っている。僅かずつ迫りながら。

 周囲に存在するのは自分を殺そうとのたうつ巨獣と、鉄の砂底の死の世界だけ。不用意に動くほど這い寄る死はこの身へと手を伸ばすだろう。

 だから騒造者サウンドメイカーは大胆に、そして周到に動く。突き立てた剣を奥へ奥へと斬り進め、敵の致命へとただ真っ直ぐに。

 お前と俺と、どちらが先にくたばるか。見渡すほどの巨獣と、豆粒のような戦士メックウォリアー。だがその命の天秤は、戦場において対等なのだ。大段平が臓腑に達した。

 耐えかねた砂列車サンドワームが身を捩り、悶えながら地表に躍り出る。

 そう思ったのは、唐突に開けた外皮の裂け目越しの視界のせいだろう。だが砂列車サンドワームは少しも上昇していない。ここは未だ地の底の筈だった。

 ここは地表ではない。

 砂列車サンドワームが向かいの岩壁に身を叩き付ける反動で空中に放り出されながら、騒造者サウンドメイカーは状況を理解した。

 如何にも、ここは大瀑布。

 奴は地上に躍り出たのではなく、山より巨大な滝から身を投げたのだ。足場ひとつない二つの断崖の真っ只中へ振り飛ばされて、成す術なく墜ちて行く騒造者サウンドメイカーを遠巻きに悠々と砂列車サンドワームが泳ぎ去る。

「逃げるか小物め! 貴様を殺す算段はあるぞ!!」

 僅かにこちらを一瞥するその巨大な頭部に、手にした大段平を投擲する。

 剣は深く突き立って、しかし鋼皮に覆われた砂列車サンドワームの脳にまでは届かないだろう。だがそれでも、奴の動きが止まったことはこの目で見た。

 砂列車サンドワームの巨体が断崖に切り取られた空と共にゆっくり遠ざかっていく。

 闇に見通せぬ遥か下まで流れ落ちる鉄砂の瀑布へ吞まれながら、騒造者サウンドメイカーはひと時も逸らさずその姿を睨み続けた。

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