スケルトンライダー
狂フラフープ
episode 零
戦化粧は闇夜に光る。
削ぎ落した
暗闇に自らの居場所を晒け出すも同義のその蛮行は、逆らう者は日が暮れぬうちに皆殺しにするという敵対者への宣言であり、闇夜に紛れて死線を越える同胞のための目眩ましでもある。
全ての痕跡を入念に消しながら、
連中との間に些細な
無論その敗北は七つの氏族を纏め上げ、広大な鉄野を統治する
つまるところ、数を
故に殺す。
狙う首はひとつ、音に聞こえし
成すべきは
偵察に出ていた
「奴ばら、定刻通りに交代したぞ。
肩を詰めても
「出るぞ。手筈通りだ」
臓器に火を入れ、身じろぐと
無秩序に生成され張り巡る
難攻不落、天然の要害たる
砦の中枢部を晒す大穴を塞がぬのは、
故に、やると決めれば障害はその神業ただひとつで済む。
崖っぷちまでがおおよそ二百歩。そこから向こう岸までは五十歩の距離。
それを成し遂げるのは、明確に
神代の力、失われた神との繋がりを呼び覚ます
音もなく跳ね飛ばされた偽装布が地に触れる前、
見張り塔の頂上の
物は落ちるという自然の摂理を、
その技前を美しいと思う。
自らの嫉妬を醜いと感じる。
後を追って見張り塔を登り、一仕事を終えた仲間と合流した。限界を超えた動きの反動でしばらく動きの鈍る皆の後詰が
それが妥当な判断であることを
「また下らんことを考えとるな」
息を整えている
「
「…………わかっている」
「いずれお前にも、空隙を満たす何かが見つかる。その時にはお前はきっと過去のどの
その空洞は、己の魂が宿る場所とされている。彼らは生まれつき魂の欠けた状態で産み落とされ、足りぬ魂を探して世界を渡り歩く。欠けた魂を何かに見出した時、初めて
「阿呆かあんたは!? 死ぬ気か!!」
「あーうるさいのう。こちとら死ぬ気で来とるから飲むんじゃい。これが最後の一杯かもしれんのじゃぞ。好きに飲ませい」
助け舟を求めて振り返った
「そもそもこの山に入ってからというもの、ろくな楽しみもなく気の張り通しじゃぞ。過度な緊張は身体に毒、酒は薬だわい。ほれお主らも飲め」
そんなもの飲んでる場合ではない。
「いや、ありがたく頂こう。珍しく
差し出された酒を、
「……美味いな。どこの品だ?」
「さてな。前にどこぞの
二杯目の酒が注がれ、
「
勧められて、仕方なく
「ほれ、ぐいっといけ。男を見せろ。こういうのは勢いが肝心よ」
言われるまま口元へ運び、意を決して
「…………こんなもの、何が良いんだ」
「やれやれだ。この良さも分からん若僧が、戦場で死のうなど片腹痛いわ」
呆れたように笑う
老人がからからと笑う。今日はもう休めと、まるで子供を寝かしつけるように、
年寄りの手だ。
経年で元の色が残る場所もないほど変色し、けれど誰より軽やかに動く軽業師の指。
幼い頃、何度この手を錆取りに磨かされたことだろう――そう考えて、違ったなと思い直す。昔話をせがみ、磨かせろとしつこく食い下がったのは自分の方だ。
あの時と同じ手が、今も優しく頭を撫でている。
「たしかに我らは戦うために生み出された。だがな、それは戦い以外のために生きてはならんという意味ではない。なあ、お前にはまだ教えとらんことが山ほどあるぞ」
昔、
酒のせいで妙なことを思い出す。
嘘だ。本当はひとつも失くしてなどいない。すべて寝床の下の宝箱に仕舞い込んで、失くしてしまったと嘘を吐いた。何故って、嘘を吐くその度、新たな宝物を産み出してくれる魔法のような指こそ、
垂直に等しい勾配を下る。
永遠に続くように思えた縦坑も、遠い穴底に
頼りは杭と縄、
だから
だから
優しい視線が一瞬だけこちらを向いて、再び繊細な手技へと向き直る。吊り下げられた
そして
もはや語るまでもないその勇名は無数の戦唄に語られて、連なる山脈を越え大河を遡り、海を越えて遥かに響く。
千の敵を屠り、万の軍を慄かせる真の
その男が今、針の指す先、地の底に向ける目が
どこかで扉でも開いたのか、山底の火に晒された温い空気がのそりと
「何かが来る。構えろ」
遠吠えのような風鳴りに遅れて、塊のような上昇気流が何かを連れて登って来る。
金属の薄片だ。手を伸ばして掴もうとすると、薄片はあっけなく崩れ落ち粉になる。ひどく軽く薄い。何かの役に立つようなものとは思えなかった。他の者も似たような感想らしく、もっとも長く生きた
「……分からんのう。
「先程から返答がない。潜り過ぎたのだろう」
星の光の届かない場所――例えば岩盤下の密室では
「何にせよ引き返す理由も、手段もない」
まるで穴の奥から誰かが呼んでいるようだ。そう思った瞬間、先頭の
穴底に誰かの影がある。まだ遠い。だが、その大きさは尋常ではない。
その影が不意に動き、巨大な腕がこちらへ伸びる。
二対四本の脚に支えられた、
巨人の瞳が
このままの速度での着地は確実な死を意味し、減速もまた死を意味していた。一撃必死の雨を搔い潜りながら、
両側から避けられぬ死が迫るとき、
死ぬのはお前だ。
一秒先に己を殺す破局的な運動量は、敵対者の喉笛を喰い破る己の牙でもある。
敵の死が己を生かす。それは唯一にして絶対の戦場の掟、数限りなく繰り返されて来た
覚悟さえ決めれば、視界はぎらつき何もかもが見えた。
岩塊は当たらない。何故なら敵は、
迫る死に笑え。
岩塊と頬擦りするように擦れ違い、馬鹿げた速度が彼我の距離を瞬く間に食い潰す。腕が次の岩塊を撃ち出そうと光る。もう遅い。巨人の腕のひとつに大鉈をぶつけた。砲身の派手な破砕と引き換えに跳ね返ってきた無茶苦茶な回転を、死の気配を、済んでのところで乗りこなす。速度が速すぎて視界などもう何の役にも立ちはしない。確信などない。得物を伝い来る感触だけを頼りに、
外せば死ぬ。当てて殺す。
二本目の腕を二発目の斬打が叩き折り、それでも死なぬ落下速度が
三本目。全身が軋み
一瞬意識が途切れ、跳ね起きた。身体は動く。死んではいない。生きている。
見上げれば半身を裂かれた巨人は痙攣しながらよろめき、その瞳に
巨人が傾いで倒れ伏し、
遅れてふわりと降り立った
大穴の底、巨人の残骸が横たわるその奥に玉座へ続く古い回廊が口を開けている。
近隣から集まってきた
そう思っていたのだ。
世界ははじめ完全で、穏やかに終わりへと向かっている。
老人たちが羨ましかった。神の力を振るい、華々しい戦場で命を散らした者たちが、狂おしいほどに妬ましかった。神の時代は遠く過ぎ去り、
ここは神の去った黄昏の世界だ。
かつてこの世界を創造した肉の神は、やがて倦怠と厭世の果てに自らに似せて作った
それから数千、あるいは万にも届こうかという歳月を経て、世界は今も剥がれ錆び朽ち果てていく。
真の戦に散った真の
己にその機会が訪れることなどありはしないと半ば諦めていた。
それでも、もし、もしも。
いつか、真なる戦の時が来たならば――。
夢にまで請うたそのいつかは来た。
古き王を殺す。紛うことなき真の戦だ。間違いなくそうだろう。
ならば自分は真の戦士か?
二度とは巡らぬ絶好の機を得て、胸の内には一抹の、いや、手指から溢れる程の不安がある。
わかっている。全ての者が勝利のためにあらゆる手を尽くす戦場において、それが如何に虚しい遠吠えに過ぎぬか。戦場において
王殺しの一行。指名の後のざわめきの意味。
そのざわめきを塗り潰すように挙げた稽古の申し出に、いつものように
それは、王の間と呼ぶには余りにささやかな空間だった。
しかし荒涼とした薄暗闇には、その玉座らしからぬ全てを差し置いて、玉座以外の呼び名はない。地下であることを疑うほどの、異常なまでに巨大な空間、その半ばをただ
「……まるで棺桶じゃの」
これほど大きな
神話を模したその巨体が身じろぎする。
「ほう。
地の底から響くような重く低い大音声も、王にとっては囁き声だろう。前に出た
「我が名は"
「
巨大な王の
「哀れな鼠共。
真偽は知る由もない。が、その嘲弄は伝わってくる。この古き王が呪術において並ぶ者のない
はったりだと断じる頭を、王の言葉は蚕食するように切り崩していく。我知らず後ろへとにじった自らの蹴り足に気付いて、
「歳を取ると独り言が増えていかんの。ああはなりとうないわい」
言い聞かせるような
「鏡を見て言え爺、十分鬱陶しいぞ」
「黙れ馬鹿者共。合図で仕掛ける」
珍しく無駄口を叩く
中空構造の
故に重心とは僅かな手足の動き、あるいは
その運足は鈍重で稚拙。ただそのもたらす破壊の規模だけが想像を絶して余りある。範囲と質量という名の圧倒的な支配力が戦場を食い荒らし、攻防の可能性を根絶やしに攫って行く。
児戯のように繰り出される致命の一撃。作戦を放り出し、戦型をかなぐり捨て、ただ生き残ることだけを相手に強いる先の先。
まさしく王の一撃。その初動を見極め、
そして逃げた先には、次の死が待ち構えている。
均衡が崩れる瞬間、強いて言えば運が悪かったという他ない。あるいは運に見放されるに至るまで手を
崖っぷちで攻防を繰り返す限り、いずれ訪れるしわ寄せが
利き腕が砕けて宙を舞う。
退きはしない。
片腕になった老人が
否応なく引きずり込まれた終幕の裾、加速する乱戦の中で
ただ気持ちだけが急いて、明確な刻限が迫る中で王の一撃にまた自分だけが後退する。それを含めてなお、戦況はこちらに優勢だった。
顎をかち上げた
その魂は己が身を破滅させるほどの、強い強い憤怒の赤錆。一族で最も深い
そしてその瞬間、
『―――――――――』
その言葉の意味を理解できるはずもない。
その言葉のもたらす累の、理解を頭が拒んだ。
王の首級に届くはずだった
その光景に、
言うまでもなく致命のその攻撃を、
叫ぶと同時に、
渾身の打ち込みは僅かに王の骨肉を割く。
王を包む全身の
必ず
盲信にも似た胸の内の狂奔が、唯一身体を突き動かしていた。
斬り、躱し、また斬る。疲弊も恐怖も何もかも忘却し、死線を潜り抜けながら
それが限界だった。
力任せの連撃をより硬い部位に打ち込ませようとする
王の
だがその動きは身体の傷では説明がつかぬほど精彩を欠いている。もはや
王はその
それはこの世の理を根本から覆すような、まさしく神の所業。
あまりに大きい。
あまりにも強い。
折れた剣の柄と一緒に闘志までも手放してしまった気さえする。
一族最高の
王がゆっくりと視線を巡らせる。
その目がこちらを見ると同時、
その柄を掴んで引き抜いた。
責務を果たせと刃が告げる。
「
これが最後の一合だ。この後に活路はなく、死地もまたここで途絶える。
避けられぬ死が迫るとき、
ただ勝利のみがその先にある。
そして
王の舌が再び
『
その言葉の意味はやはり理解できない。
けれどその響きは、呪いというよりも祝福に満ちたもののように聞こえた。
とうに限界を超えたはずの身体が、まるで自分のものではないように動く。音は遠く、視界は昏く、四肢は熱を失っていく。それでも、身体の奥底から湧き上がる歓喜があった。
その一瞬に、
王の首筋、斬り裂いた
首を失くした巨体が轟然と崩れ落ちる。
王の掠れた声が吼える。
地に墜ち首だけになった王が
「――――おお、おお。そうか
その眼を染める驚愕と歓喜。異様なほどの喜悦。
降り注ぎ辺りを染める生温い液体。
掠れた王の声が血に溺れ
「誰が仕組んだ。
もはや王の目からは光が失われつつあった。
謎めいた言葉の連なりを読み解けずとも、その名で呼ばれ、
王が笑む。
「
王が死ぬ。
流れ出る命の残滓、赤き血潮を
――旅路。
尽きせぬ艱難、
果てなき闘争。
水の行く末より遠く、
其は
天の火の如き
無辺の誓願。
我は汝、汝は我、 共に生き、共に死す者。
転じ、変じ、
尚も道行きは絶えることなく。
征け。
呪われてあれ。
スケルトンライダー 狂フラフープ @berserkhoop
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