第7話 本当にすごいのは、あなたですよ。

「……逃げましょう、ツバメ」


「え?」


「早く! オークが出ました!」


「え、ええ、やばいね!」


 わたしはツバメの手を引いて、ダンジョンを走って引き返します。オークは『新米冒険者狩り』と呼ばれているモンスターでした。手練れなら簡単に倒せますが、わたしたちの――いや、ツバメの実力では、敵わないでしょう。


「ちっ……だいぶ追いかけてきますね。体力あるみたいで見直しちゃいますよ」


「このダンジョン内で一番強いモンスターに出くわすなんて、ついてないね……!」


 わたしたちは、笑い合いました。

 視界が揺らぎました。


「あっ……」


「シラサギ!?」


 つまずいたと気付くのに、そう時間はかかりません。膝を打って、わたしは痛みに顔を歪めました。


「……ツバメ、逃げてください」


「え……」


 オークの足音が、聞こえました。


「早く逃げてください!」


 多分魔法を唱えるのは、間に合いませんでした。オークの一撃は強烈です。恐らくわたしは大きな怪我を負うだろうと、もう理解していました。


「……嫌!」


 ツバメはそう言って、剣を抜いてオークの方へ駆けました。わたしは驚いて、叫びました。


「あなたじゃ敵いません! 無理ですよ!」


「うるさい! 私は……私は、シラサギを見捨てたりしない!」


 ああ、あなたはどうしてそんなにも――


「シラサギをいじめるな! 私が……私がっ、お前の相手だ!」



 ――尊いのでしょうか?



 ツバメの一撃を、オークはひょいとかわしました。それから棍棒を振りかぶって、ツバメを襲おうとします。


「やめなさい……!」


 ……ツバメのお陰で、間に合いました。

 わたしは泣き出しそうになりながら、魔法を唱えました。


 オークの身体に無数の穴が空き、真っ赤な血が吹き出しました。オークは呻き声を上げて、そうしてどさりと倒れ込みました。


「……え、」


 ツバメは呆然と、わたしのことを見ていました。それもそうでしょう。これほど高度な魔法を扱えるということを、ツバメには明かしていなかったのですから。


 わたしは恐る恐る、口を開きました。


「……ごめんなさい、ツバメ。わたし、実は、結構強い魔法使いなんです」


「そう、だったんだ……」


「……怒りますよね? こんなに大事なこと、あなたに隠していたんですから……怒られて当然です、すみません……」


 わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、ツバメを見ていました。


 でもツバメは怒るのではなく――目を、輝かせました。


「えええ、いや、怒らないよ! すごい、すごいよ、シラサギ!」


「え……」


「私、嬉しい。幼なじみのあなたが、こんなにすごい人だって知れて、すごく嬉しいよ!」


「……ツバメは、」


「ん?」


「こんなわたしでも、一緒にいてくれるんですか……?」


 わたしの問いに、ツバメはきょとんとした顔をしてから、力強く頷きました。


「もちろんだよ! むしろ、こっちからお願いしたいくらい! 私はさ、ほら、あんまり剣の扱いとか上手くなくて、まだまだ未熟だけれど……でもこれからも、シラサギと一緒に冒険したいよ!」


「本当、ですか……?」


「本当。私、嘘とかつけないし、つかないもん!」


「昨日自分のサラダ押し付けたこと、誤魔化してたじゃないですか……」


「あ、あれは私じゃないし?」


「まだ言い張るんですか」


「あははっ」


 ツバメは笑いながら、わたしの背中に手を回しました。そうして優しく、抱きしめてくれるのでした。


「これからもよろしくね、実はすごい魔法使いだったシラサギ!」


 ようやく、気付きました。


 わたしがツバメを愛しているのと同じように、ツバメもわたしのことを愛してくれているということに。


 わたしは安堵して、微笑みました。


「本当にすごいのは、あなたですよ」


「え?」


「あなたの心の美しさが、一番、すごいんですよ……」


 わたしはそう言って、目を閉じました。



 温かなツバメの温度に包まれながら、わたしは少しだけ、涙を流してしまうのでした――

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燕と白鷺。 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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