第6話 まさかの上方修正!

 ダンジョンの前で、わたしとツバメはレジャーシートを広げていました。


「腹が減っては戦ができぬ! そんな訳で、この辺りでお弁当の時間にしようと思うよ!」


「わあ、素晴らしいご英断です! 流石ツバメ!」


「ふふ、褒めるがよいよ。私が作ってきたサンドイッチ、早速食べよう!」


 ツバメはそう言って、持っていた箱をぱかっと開けました。おいしそうな真っ白のサンドイッチが、六つほど並んでいます。


「わーい、いただきます! むしゃむしゃ……何というか相変わらず、肉肉しいサンドイッチですね? サンドイッチという食べ物は本来、もうちょい野菜も入っているもののように思われるんですが」


「固定観念に囚われてはいけないよ、シラサギ! もぐもぐ……うーん、めっちゃおいしい!」


「まあ確かにおいしいんですけれどね」


「おいしいなら最初からおいしいって言いなよー! シラサギはちょっぴりひねくれていると思うよ!」


「ツバメ……あなた、とんだ勘違いをしていますね?」


「えっ……た、確かに、人のことをひねくれていると見なすのはよくなかったかもしれない! ごめんね、シラサギ……!」


「わたしはちょっぴりひねくれているのではなく、かなりひねくれているんですよ!」


「まさかの上方修正! 何というかびっくりしちゃったよ!」


「幸せそうなカップルを見て、『羨ましいなあ、わたしもいつか素敵な恋をしたいなあ』って思うのがいい人です。『けっ、どうせ一ヶ月も持たずに別れるんでしょうね』と思うのがわたしです」


「だ、だいぶダメな見方だよ、シラサギ! 幸福そうな人を見たら、こっちまで嬉しくなっちゃうものが世の常じゃないの?」


 ツバメは真っ直ぐな瞳をして、そう言うのでした。わたしはその紅色の煌めきに、少しだけ寂しくなりながら、「んな訳ありますか」と笑いました。


「ツバメは自分の性格がかなり優れていることを、もう少し自覚した方がいいと思いますよ?」


「えっ、そんなことないよ? 私って割とダメなところ、いっぱいあると思うし……! シラサギの方がいい子だと思うな!」


「人を見る目がなさすぎて驚いちゃいました。よしよし、いい子ですねツバメ」


「えへへー……って、ナチュラルに頭撫でられてる! むう、子ども扱いしないでよー!」


「言うてまだ子どもでしょう?」


「大人だよ、大人!」


「いいですか、ツバメ。本物の大人は……自分のことを大人だと、言い張りません!」


「がーん! で、でも確かにその通りだね!」


「いいじゃないですか、まだ子どもで。わたしたちは、のんびり成長していけばいいんですよ」


「うーん、それはそうなんだけれど……」


 納得いかなそうな表情を浮かべながら、ツバメは空を見上げます。わたしもそれに倣って、顔を上げました。


 今日も、文句なしの晴天が広がっているのでした。


 *


 洞窟の中にある暗いダンジョン内を、わたしとツバメは歩いていました。


「こういうとき、シラサギの魔法は役立つよね。明るいなー」


「簡単な光魔法ですからね、これくらい誰でもできますよ」


「そうなんだね! ……シラサギ、これからも沢山の依頼をこなして、一緒にどんどん強くなろうね!」


 ツバメは笑顔で、そう言いました。わたしは罪悪感にちくりと胸を刺されながら、「……そうですね」と微笑み返しました。


「そういえば、ツバメ。落とし物がどういうものかって、受付嬢の方から教えてもらいましたか?」


「ああ、教えてもらったよ! カップル冒険者の片割れが落とした、思い出のペアリングだよ!」


「けっ」


「シ、シラサギ!?」


「それ、一生見つからないままでよくないですか?」


「全くよくないよ! 今もカップルの片割れは、失くしてしまったペアリングのことを思って悲しんでいるかもしれない。そう考えると、」


「笑えてきますね」


「違う! 違うよシラサギ! 泣けてくるでしょ!」


「この状況で泣くのは、共感性が異様に高いとしか言いようがありませんね」


「そ、そんなことないよ! というかシラサギ、何というか恋愛が話に絡んでくると、途端に口悪くならない?」


「まあわたしが非リアですからね。こればっかりはしょうがないです」


「恋人ほしいの?」


「まあほしいですよね」


「好きな人とかはいるの?」


 ツバメは首を傾げて、そう尋ねました。わたしは少しだけ、考えました。ツバメのことは大好きなのですが、多分恋愛的な意味での好きとは違う気がしました。そういうことを考えていたことは内緒にしながら、わたしは笑いました。


「うーん、いませんね。そもそもわたしが日常的に会話をしているのって、ツバメくらいですから」


「なるほど……そしたら今度、合コンに行ってみようよ!」


「へ、合コンですか?」


「そうそう、合コン! 私、実は興味あったんだよねー」


「……ちなみに、合コンをセッティングしてくれそうな人に、心当たりはあるんですか?」


「うっ、それは……あ、わかった! 受付嬢さんにお願いするのはどうだろう!」


「下手したら一瞬でギルドに噂が広まるでしょうね」


「まずいね! やめておこうか!」


「まあ、恋人とかはいつかできればいいんですよ。今はカップル(笑)冒険者さんのペアリングを、探してあげることにしましょうか」


「言い方に悪意があるのはさておき、そうだね! あ、別れ道。ええと、確かこの辺りで落としたらしいんだけれど……」


「それじゃ、くまなく探してみましょうか。モンスターの気配も、今のところないですし」


 光魔法の出力を上げて、わたしとツバメは指輪を探します。何分か経ったところで、隅の方にちらりと光る何かを見つけました。


「あっ……これじゃないですか?」


「本当?」


 ツバメがとたとたと、わたしの方に駆け寄ってきます。わたしはそれを拾い上げて、ツバメに見せました。銀色の指輪でした。


「うんうん、多分これだと思う! 流石シラサギ、やったね!」


「そうですね。それじゃあ、さっさとここを出まし――」


 出ましょうか、と言うつもりでした。

 でもその前に、わたしは驚くべきものを目撃しています。


 隆起した茶色の肉体。手に持っているのは大きな棍棒。赤い目は爛々と輝いて。



 ――視界の先に、一体のオークがいました。

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