第5話 りゆうなんてひつよう?

「やめて……やめてください……、つつかないでください……」


 ――それは、幼い頃の記憶。


 気味の悪い鳥の鳴き声と、空から降り注ぐ雨。


森を望む町ヴェーヅァ】に住んでいたわたしは、道中で鳥のモンスター――ホラーバードの群れに襲われてしまいます。モンスターは人間を嫌っているため、町の中には基本的に現れないはずでした。でもその日は運が悪かったのか、わたしは一人でいるところを、狙われてしまったのでした。


「いたい……いたいです……だれか、だれかたすけて……」


 わたしは涙を流しながら、そうやって呟きました。

 そのとき、でした。


「やああーっ!」


 わたしは顔を上げました。ショートカットの藍色の髪、くりっとした紅色の瞳。わたしと同じくらいの歳の女の子が、傘を振り上げていました。


「このこを、いじめるなあ! あっちいけ!」


 傘を振り回す女の子から離れるように、ホラーバードたちはきゃあきゃあと声を上げて、散り散りになりました。一匹のホラーバードが、女の子の頬を足で引っ掻きました。しゅっと、彼女の肌が裂けました。


「はあ……はあ……」


 遠くの空へと去っていくホラーバードたちを、女の子は肩で息をしながら見据えていました。わたしは呆然と、彼女のことを見ました。


「たすけて……くれたんですか……?」


「うん、たすけた!」


「なんで……ですか」


 女の子は不思議そうに、首を傾げました。


「りゆうなんてひつよう? こまっているひとがいたら、たすけるよ」


 紅色の目の下にできた傷から、とろとろと鮮血が零れ落ちていました。


「わたし、ツバメ。あなたは?」


「……シラサギ、です」


「そうなんだ。よろしくね、シラサギ! おともだちになろ!」


 女の子――ツバメは笑いながら、地面に座り込んでいるわたしに手を差し出しました。

 わたしは恐る恐る、彼女の手を取りました。


 ――これが、わたしとツバメの出会いでした。



 冒険者になりたいの、とあるときツバメは言いました。

 わたしは、どうしてですか、と尋ねました。

 困っている人を助けられるから、とツバメは笑いました。

 そうですか、とわたしは微笑みました。



 ツバメが冒険者になるのなら、わたしも冒険者になろう――そう思いました。


 ツバメはとても才能のある人だから。他者に優しくあろうとすることに何の疑問も抱かない、無垢で純粋で優しいツバメ。わたしはそんなツバメの隣に、い続けたいから。


 ただ悲しいことに、ツバメは剣士としての才能はそんなにないようでした。わたしは性格があまりよくない代わりに、魔法使いとしての適性は恐ろしいほどにあって、何年か修行しただけでかなり強くなってしまいました。


 わたしはそのことを、ツバメに隠していました。ツバメの前では初心者でも扱えるような魔法しか使わないで、そうやって過ごしてきました。


 ツバメは尊い人だから。わたしの力が自分に見合わないと思えば、一緒にいてくれなくなるでしょう。その力をもっと他のところで使った方がいいと、曇りのない目で言うでしょう。


 嫌でした。


 わたしは結局、他者の幸福とかそういうものは、どうでもいいのでした。非情な人間だなと自分でも思います。ツバメの近くにずっといるのに、本当に大事なものを、彼女から何も学び取れていません。


 でも、それでいいのでした。


 わたしはただ、ツバメと共に笑い合えれば、それでいい。


 それでいいのでした……

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