☾ 3 〔Nightmare〕 〜〔悪夢〕〜


    ☾


 ゆっくりと、ゆきは目を開けた。

 すると、真っ先に、山積みにされている本が目に入った。よく見ると、数学や英語などといった表記があるのが分かる。――どうやら、この本は教科書のようだ。

 幸は辺りを見回した後、上に目をやる。そこには漆黒の闇が広がっていた。

「……入れた・・・

 ――どうやら、〔悪夢〕の中に入れたようだ。

 幸は話に聞いた高校生――〔悪夢〕にとり憑かれた人物を探すことにした。何とか歩ける隙間を見つけ、先へと進む。……手遅れにならないうちに、探し出さなければ。

 少し歩くと、ふと遠くの方から不気味な笑い声が聞こえてきた。幸はその方向へと急ぐ。

 すると、円形になっている空間に出た。その中心に、震えながらうずくまっている男子高校生――〔悪夢〕にとり憑かれた人物がいた。彼の周りには影のようなカタチをしたスカターが不気味な笑い声を上げながら、ゆらゆらとうごめいている。

 即座に、幸は懐にいれた「武器・・」――スカターを退治することができる短剣を取り出した。そして、その探検をスカターに向けながら、男子高校生の前に躍り出た。

(伸びて)

 幸がそう念じると、スカターに向けられた短剣が、真っ白な光で一回りほど伸びた。

 ひるむかのように、一瞬スカターが後ずさる。だが、すぐに、元のようにうごめき、少しでも男子高校生の方へと近づこうとした。

 短剣を向けても一時的な凌ぎにしかならないことを、幸は知っていた。――スカターを対峙するには、〔悪夢〕にとり憑かれた人物の悩みを解決しなければならないのだ。

 かばうように短剣を振り回しながら、幸は神経を研ぎ澄ます。


 ――馬鹿なお前なんかに行ける大学なんてないんだ――

 ――そうだそうだ。 馬鹿なお前には何の価値もないんだ――

 ――価値のお前なんか消えてしまえ!――


 少しして、幸はスカターがとり憑かれた人物にささやく言葉をきき取ることができた。

「やめろ! やめてくれ!」

 その言葉に反応するかのように、幸の後ろで男子高校生が苦しそうな叫び声を上げる。

 スカターに剣を向けたまま、幸は振り向いた。

「大丈夫! ――大丈夫だから!」

 その時初めて、幸は男子高校生に声を掛けた。

 幸の声を聴いた彼が顔を上げた。――やせ細り、やつれた顔だ。幸を見て、驚いたように目を丸くしている。

「き……君は?」

「――メイハヴ・ノレーニョ。 ねぇ、大丈夫だよ。 今まで色んなことを言われたのかもしれないけど、あなた、ずっと頑張ってきたんでしょ? ――分かるよ。 何となくだけど、私それが分かるの。 もしかして何かで落ち込んじゃって、あなたに〔悪夢〕がばらかれたのかもしれないけど、まだ間に合うよ。 すぐに決まるわけじゃないんだから、今からでもきっと間に合う。 ずっとそうして来たように、まだ頑張れる。 ――後悔しないように頑張れるよ。 それに、この世界に価値のない人間なんて一人もいないんだから! ねっ? だから、大丈夫!」

 幸は微笑みながら、男子高校生にそう話した。

 その言葉に驚いたのか、彼は一層目を丸くした。戸惑っているように、幸の顔をじっと見つめていたが、納得したようにうなずく。

「そう――そうだね。 君の言う通りかもしれない。 まだできるかもしれない。 オレ、もう少し頑張ってみるよ」

 幸はうなずくと、スカターの方へと振り向いた。そして、短剣を握り直すと、体勢を整えた。……今なら、いける。

 慌てたように、スカターがうごめく。幸はそれを逃がすまいと狙いを定め、地面を蹴った。

「やああぁぁ!」

 ありったけの精神力を込めて、幸は短剣をスカターに突き刺す。


 ――――ギャアアァァ!


 叫び声を上げて、スカターは消滅する。

 それと同時に、教科書の山が一瞬にして消え、辺りも明るくなった。

「あの、ありがとう。 オレ、頑張るから」

 男子高校生が立ち上がり、頬を緩ませてそう言った。幸はうなずき返してみせた。

 その次の瞬間、周りが揺らめき始めた。

 悪夢が――終わったのだ。

「頑張ってね」

 幸はもう一度だけそう言うと、意識を遠のかせたのだった。


    ☾


 その数日後。

 幸は聖弥せいやとすっかり仲直りをして、いつものように学校の帰り道をふたりで歩いていた。

 ふと、脇を通りかかった高校生達に目がいく。その中に、あの〔悪夢〕の持ち主である男子高校生がいた。――あの時とは違って、とてもすがすがしそうな表情で、笑顔を浮かべている。

 その笑顔を見た幸は満足げに微笑むと、彼から目を離した。

「何してるんだよ、早く行くぞ」

 気が付くと、いつの間にか、少し先まで歩いていた聖弥に声を掛けられる。

 幸は「はーい」と返事をすると、駆け足で彼の隣に並んだ。その時、聖弥の横顔を見て、ふと、あることが頭をよぎった。彼女は思い切ってそれを口にする。

「ねぇ、聖弥。 私、これからは『ガツン』と行くからね」

「はぁ? 何だよそれ」

 わけが分からなそうにしている聖弥を置いて、幸はくすくすと笑いながら、少し先へと走り出す。

「待てよ!」

 彼女の後ろを、聖弥が慌てたように追い掛ける。

 幸はまだくすくすと笑いながら、後ろを振り向く。見ると、聖弥も訳が分からないも笑顔を浮かべている。

 彼のそんな様子を見て、幸は一層頬を緩ませるのだった。


    ☆★


 笑い声を上げながら、ふたりの男女が道を楽しそうに駆けて行く。

 〔〕を歩いていた女性と男性がふと足を止める。そして、何かを探るかのように、サングラスの奥で、そのふたりの姿をじっと見つめる。

「……この前のあのですね」

「えぇ、そうねン」

 うなずきながら、女性はその姿が遠くなるまでふたりを目で追っていた。

 ふと、女性の眉がひそめられる。何も言わず、いなくなったふたりの後ろ姿から目を離さなかった。

「しかも、あの娘と側にいたあの青年――」

 そう話し掛けた男性もそのふたりから「何か」を感じたらしい。

「……そうねン。 この間は何の収穫もなかったけど、ひとまず出会えただけまし――ってことかしらン」

 女性は苦い口調で答えると、やっと目をそらして、また影を歩き始めた。

「今からでもやって・・・おきます?」

 後ろから女性を追い掛ける男性が腕をさすりながら、遠慮がちながらもアヤしい表情カオを浮かべて、そう尋ねる。

 とがめるように、後ろをちらりと振り返った後、女性は首を横に振る。

 ――今は、まだ。けれど、いずれは対峙することになる。それまでは……――。

「……私達はただ、私達の目的を果たすだけよン。 今はまだ、ね。 ――さあ、行くわよン」

「はいっ」

 二人はそれきり会話を止め、早足で歩き出した。


 ふと、雲が太陽が覆い、辺りが暗くなる。

 ――その瞬間、まるで闇に溶けるのかのように、二人のその姿はこつ然と消えてしまったのだった。

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メイハヴ・ノレーニョ 〜invitation to dream〜 紡生 奏音 @mk-kanade37

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