☽ 2 At night 〜夜間〜


    ☽


 夜、九時頃。

 ゆきは全ての支度を終え、自分の部屋で月を見上げていた。

 ……少し早いけど、もう出よう。幸はそう考えて、手に握っていた、三つのボタンがついた機械を起動させる。――メイハヴ・ノレーニョ達は「ネープ」と呼ばれるその機械の機能を使い、本部のある施設へと転移・・しているのだ。

 ネープの三番目のボタンを押し、転移・・機能を起動させると、幸は目を閉じた。ほどなく、ピピピという電子音が聞こえる。――転移・・が完了したのだ。


 幸は目を開け、そこが自分の部屋でなく、カプセルの中であることを確認する。すぐに、右脇のボタンを押し、メイハヴ・ノレーニョの「制服・・」に着替えた。そのすぐ後、左のボタンを押し、布に包まれた「武器・・」を取り出した。

 「それ・・」をふところに入れながら、幸は正面のボタンを押して、カプセルを開ける。そして、外に出て、仕事場・・・に向かった。

 時間が早いせいか、外のロビーにはあまり人気ひとけがなかった。時々すれ違う、他のメイハヴ・ノレーニョ達に挨拶を交わしながら、幸は中心にある複数の一人用エレベーターへと歩いて行った。

 上の階には無数の扉があった。幸が向かうのはその中の十二時の方向にある扉。……けれど、今は時間もあるので急ぐ必要もないだろう。

 ふと、幸は前の方へと目を向けた。そこには柔らかな笑顔を向けながら、扉へ向かう人達に挨拶をする女性がいた。黒の、二重の丸い瞳と、長い髪を三つ編みに結んだ彼女はいかにも優しい雰囲気をただわせていた。

音希ときママ!」

 その女性を見た瞬間、幸は駆け出していた。

「ゆきちゃん」

 彼女――音希の方も嬉しそうに、両手を広げて迎え、胸へと駆け込んできた幸をそのまま優しく抱いた。

「今日、リーダーは?」

「あぁ、ディックスはね、ちょっと『招集・・』があって出張中なの。 だから、『ハノレイ』の方は私が代理」


 メイハヴ・ノレーニョには二人のリーダーがいる。そのうちの一人であるディックスはメイハヴ・ノレーニョ達の組織「ハノレイ」を中心となって、まとめている人物である。音希はそのディックスを支えるもう一人のリーダーだった。そして、彼とはとても仲むつまじい夫婦でもあった。ちなみに、ディックスは異国の生まれだが、音希は日本の生まれだった。

 女リーダーでありながら、音希はそんな素振りを見せず、誰にでも優しく接していた。その人の良い性格から、「家族」のような存在として慕われていた。特に、幸や聖弥せいやのような若いメイハヴ・ノレーニョ達からは「母」と呼ばれ親しまれていた。

 幸も音希のことをまるで同じように慕っていた。……普段、病にふせっている・・・・・・・・母にも会えない分、なおさらかもしれなかった。――音希に会えた時、幸は母親というものの温かさに触れられる気がして、幸はとても嬉しく感じていたのだ。


「ゆきちゃん、今日はどうだった? 昨日のこと、聞いてたから、ちょっと心配しちゃって」

 音希に聞かれ、幸は「大丈夫」と微笑んでみせた。

「あのね、今日はそのことでとっても親切にしてくれた人達がいたの。 それで、その人達はね……――。 ――あ……あれ? どんな〚ヒト達・・・〛だっけ……?」

 幸は昼間に会った二人のことを音希に話そうとしたが、どうしても〚その姿・・・〛を思い出すことができなかった。……変だ。別れる前までははっきりと覚えていたのに。

 けれど、話の内容はなぜか・・・思い出すことができる。そっちの方が肝心だったので、幸は思い出せないことをさして気に掛けないことにした。

「あ、でもね、聖弥のことでアドバイスもらったのは覚えてる。 確か……『ガツン』と猛アタックすればいいって言ってた!」

 音希がくすくすと笑いながら、何度もうなずいた。

「そうねぇ。 ゆきちゃんはちょっと引っ込み事案なところがあるし、せいちゃんは押されたら弱そうな感じだものね。 ひょっとすると、その人達のアドバイス、適格かもしれないわね。 ……あ、噂をすれば、せいちゃんよ」

 その時、二人の横を、不機嫌そうな聖弥が通り掛かった。聖弥がちらりと幸を見るが、すぐにそっぽを向いてしまう。

 音希はその様子を見て、幸に向かっていたずらっぽく笑いながら言った。

「気にしちゃだめよ、ゆきちゃん。 せいちゃんは素直じゃないんだから」

 彼女のその言葉が耳に入って来たのか、聖弥がぴくりと肩を震わす。そして、真っ赤になった顔で振り返り、吐き捨てるように叫んだ。

「音希かあさん、うるさいな!」

 そして、踵を返し、荒っぽい足取りでその場を去って行った。

 幸は音希と顔を見合わせ、二人で笑い合った。

「さて、と。 お話している間に、いい時間になったわね。 ゆきちゃんの今日のお仕事・・・はね、高校生のものよ。 何か悩みを抱えているみたいだから、ゆきちゃんにやってもらうのが一番だって、あのひとが言ってたわ。 ――それじゃ、頑張ってね」

 ふと、腕時計を見た音希がそう言った。そして、最後に幸をもう一度抱きしめ、離れると頭を優しく撫でた。

 少し名残惜しく感じながら、幸はうなずいてみせると、十二時の方向の扉に向かって歩き出した。

「せいちゃーん! あなた、まだ内容聞いてないでしょ! 戻ってきなさーい!」

 少し歩いたところで、音希の声が後ろから聞こえて来た。

 幸から大分離れたところにいた聖弥がぴたりと立ち止まる。そして、先程よりも不機嫌そうな顔で元来た道を歩いて来た。

 幸はそんな聖弥とすれ違った後、またくすりと一つ笑いをこぼした。そして、彼よりも先に、扉の向こうへと足を踏み入れる。

 中には円形に置かれた複数のカプセルがあった。幸は一人用のカプセルの側に立つと、その横にあるパネルを操作してその扉を開けた。足をぎりぎり伸ばすことができるくらいの小さなカプセルに、幸は横たわった。

 深呼吸をして、幸は脇のボタンを押して、カプセルの扉を締める。そして、目を閉じると意識を遠のかせていく。

 その時、ピピピと電子音が鳴る。

 ――合図だ。幸はそのまま意識を手放した。

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