☆ 1 Side Yuki 〜幸視点〜

 ☆Dream 1☆


    ☆

 

 ―日本・某所―

 

 とあるカフェテリアにて。

「はぁ……」

 一人の少女がため息を漏らしていた。――彼女の名前はゆき

 幸はいたって普通の女子高生ではあるが、実は夜になると、メイハヴ・ノレーニョとして、〔悪夢〕から人々を救っていた。

 その日は休日。気分転換に、幸は昼食を外でとっていた。

 ――ところが。幸は今、むしろ憂鬱ゆううつな気分に陥っていた。

 何となく風に当たりたかったので、幸は店の野外テラスに出ていた。最初のうちは風が心地よく気分も良かったのだが、昼食を食べ終わって少し経つと、ふと物思いにふけり始めたのである。そして、昨日の――仕事・・の出来事をつい思い出してしまったのだ。


 幸は昨日、幼なじみで同じメイハヴ・ノレーニョであり、時々コンビを組む聖弥せいやと、別行動で仕事をしていた。幸は上手く仕事をこなしたが、彼が淡々と仕事を行ったせいで男リーダーにこっぴどく叱られていた。

 そのせいで不機嫌になった聖弥が、八つ当たりなのだろうか、幸に鋭い口調でこう言い放ったのである。

「次は絶ッ対、負けないからな!」

 ずっと前から、聖弥はメイハヴ・ノレーニョとして最優秀である幸をライバル視していた。けれど、彼のやり方が荒っぽいせいで、何度仕事をこなしても、幸にはかなわず、彼女の次に優秀のままで終わっていたのだ。……その、普段からの悔しさも相まっていたのかもしれない。

 幸自身はと言うと、ライバル視されることには少々困っていたが、一度も聖弥をそんな対象として見たことはなかった。むしろ、良き仲間であり、コンビとしてはとても大切なパートナーだと思っている。

 ――いつもなら。いつもなら、その悔しさを少しも幸を見せることなく、いたずらっぽく口元を一瞬緩めた後、「次は負けないぞ」と言い、軽く幸の頭を叩く。そして、意地を張ってかその場を離れるが、すぐ近くで幸を待っている。――それがいつもの聖弥だった。

 けれど、昨日は……。心が痛むくらいに、彼の言葉はひどく鋭かった。……それに、いつものように待っていてくれなかった。

 幸にはそれがとても悲しく、辛かったのだ。

 ……そんなんじゃ、ないのに。私は聖弥が――。


「はぁ……」

 考えるのをやめ、幸はまたため息を漏らす。……どうして、聖弥に気持ちが伝わらないのだろう?

「あらン、何かお悩みなのン?」

 ふと、隣から女性の声が聞こえた。

 幸ははっとして隣を見る。そこには二人が向かい合って座っていた。

 一人は先程の声の女性。長い金色の髪を風になびかせている。背が高い細身の女性は大きな羽根の飾りがついた大きな帽子を深く被り、真っ赤なワンピースと黒いカーディガンを身に着けていた。もう一人は腰が曲がった小柄な禿げた男性。腹回りが大きいながらも黒のスーツを着こなしている。そして、二人ともその奥が覗けない根深い黒のサングラスを掛けていた。

 ……いつの間に、隣に座っていたのだろう。幸は不審にそう思った少し後、頭が唐突に痛み始めた。考えれば考える程、頭がなぜか働かない。彼女は考えることを止め、頭を抱えた。

「かわいそうに、そんなにつらいのねン? 良かったら、話してみて? 力になれるかもしれないからン」

 その行動を悩みのせいだと勘違いした女性が、幸に優しい口調でそう話す。

 思わず、幸は戸惑った。見ず知らずの人に悩み事を――しかも「恋愛」と言える悩みごとを話してもよいものなのだろうか。けれど、幸はそう考える一方で、ここは思い切って、誰かに――〚この人〛に話してしまってすっきりしたいという衝動に駆られていた。

 まるで「遠慮せずに」と言わんばかりに、女性がアカい口紅の塗られた唇をアヤしく緩ませる。


 ――その唇を見た瞬間、幸の中で「何か」が〔外れ・・

 再び激しい頭痛が襲い掛かり、幸の意識が朦朧もうろうとし始める。


「実は……――」

 気が付くと、幸は何かにつられるように、悩みを口に出していたのだった。


「……なるほどねン」

 全てを話し終えた幸は信じられないほどの解放感を覚えていた。

「オトコってそんなものよン。 女心をちっとも分かってないのン。 だけど、大丈夫よン♡ いつか絶対、ステキなあなたの魅力に気付くからン♡」

「そうですよぉ! お嬢さんも、この方に負けないくらい、お美しいですから」

 女性と男性の二人が励ますような強い口調で幸に助言をする。

 幸は「ありがとうございます」と礼を口にしながら、呆然と・・・こう思っていた。

 ――……私のことなんて何にも知らないのに、こんなに真剣な姿勢で接してくれるなんて。この人達、とっても良い〚ヒト〛達なんだろうな。

 ふと、二人が目を合わせ、互いにうなずき合った。

「そういう時はですねぇ……」「道は一つ、なのよン」

『「ガツン」と猛アタック(よン)!』

 そして、声を大にして、揃えて言った。

 幸はその気迫に一瞬引いたが、少し経ってから納得したというようにうなずく。そして、決意を込めながらこう話した。

「そう……そうですね。 今度から、その、思い切って『ガツン』と行ってみます!」

 その後ふと、幸は時計を見た。……いけない。もうすぐ日が暮れる。仕事・・の支度をしなければ。――早く帰らないと。

「あ、あの。 私。用事があるので帰りますね。 見ず知らずなのに、親切にしていただいて、本当にありがとうございました。 では――」

「――あぁ、そうそうン。 あと一つあったわン。 『ガツン』と行かないのなら……〚忘れちゃう・・・・・〛という方法もあるわねン」

 立ちかけた幸に、視線を絡めるかのように目を合わせると、女性が妖しく微笑んでそう言った。

 その時、一瞬、幸の瞳が曇る・・。けれど、幸は何事もなかったように、女性に微笑みながら一礼して、その場を後にしたのだった。


 

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