第3話 愛情

美鈴は、施設から持ってきたお菓子で飢えを耐え、また、朝を迎えた。

「この辺なんだけどな…」




何キロも歩いて歩いて、仕舞いには県をまたいでいた。

そんなところで、何をしようと言うのか?


それは、美鈴にとって、とても楽しみで、そして、きっと悲劇の海よりも高い山を越えなければいけない事。



「大丈夫!絶対!!」

全身を奮い立たせて、また歩き出した。



「多分ここかな?はぁはぁ…」

もう、歩くのが限界な美鈴。

そうして、息を切らし、やっとお目当てのあるアパートに辿り着いた。

すぐ近くの木の影に隠れ、出て来るのを心臓バクバク高鳴らし、待っていた。




「上手く言えるかな?でも…私大きくなったもん!絶対大丈夫!」

呪文のように、繰り返しながら、じっと見つめる先には…、そこは、そう。

母親の住んでいるアパートだ。


施設の園長室中にある書類に、自分が誰にどうやってどんな形で、ここに置き去りにされたのか…。

なのに何故、名前だけが解っていたのか…。

そう。

最後の親のけじめのように、手紙には、母親の本名が書かれていた。

それから、『もしも、迎えに行けた時は…迎えに行くまで、お願いします』と書かれていた。

もしかしたら、迎えに来ることも考えていたのではないか…?

そう推察してもおかしくない。

しかし、『コーチンに殺される』と言う文末に、きっと先生たちが返さない方が良いだろう。

いつか、迎えに来てくれることを願おう。

そう、結論付けた。




「美鈴ちゃん?どうしたの?」

慌てて、書類を仕舞い、

「あぁあ…かくれんぼ、負けちゃった!えへへ!!」

「なぁんだ。先生とかくれんぼしてたの?先生聞いてないわよ?」

「じゃあ今の美鈴の負け?」

「うん。負け。だから、早くみんなの所へ行ってらっしゃい」

「はーい!」



【母親、片桐千壽ちず。当時、18歳。付き合っていた男、平山黄ひらやまこう21歳。DVの可能性あり。】



あんなにいっぱい書いてあった、千壽お母さんの事は美鈴の耳には先生たちから一度も聴いた事がなかった。

ここで、先生たちにたてついて、無理矢理行こうとしても、必ず行かせてはくれない。

きっと、DVと言う何かで父親が懸念されている。

そこまでは、美鈴にも、何となく分かる気がした。


7年間、顔も見ない、声も聴こえない、そんなお母さんに会いたい。

お父さんは…『こーちん』は、DVが治ったろうか?

それとも、私の代わりにお母さんをいじめていないか…。



そもそも、何故7歳と言う小さき体で、この大冒険を計画したのか…。



小さい気頃は解らない。

唯、自分の意識がはっきりした頃、美鈴はある事をされる事を極端に拒んだ。

美鈴は決めていた。




初めて抱き締めてもらうのは―…、


お母さんじゃなくちゃいやだ!



一生、会えないかも知れないのに…、会えても抱き締めてはもらえないのかも知れないのに、もしかして、コーチンに殺されるかもしれないのに…。



それでも、美鈴は母親を知らないのに、…解らないから、愛おしさは歳を重ねるごとに、大きく膨らむばかりだった。



そして、時は来た。



男の人と、女の人、2人並んで出て来た。

【どうする?今、名乗り出る?でも、あの人は違うかも知れない…】

そんな胸の推察を恐れながら、会いたくて、2人が美鈴が木の影を回りながら、2人の会話を盗み聞いた。


「コーチン、もう良いんじゃない?」

「千壽、お前はどう思う?」


(コーチン!?)

これで確定だ。この2人は美鈴の両親だ。

確定…確定なのにどうしても名乗り出る事が勇気がなくて…しばらく、美鈴はよくテレビにも出て来るような、へたくそな尾行で、2人を追いかけた。


「昨日、美鈴の誕生日に行ければよかったのかな?」

「そんな事出来ねぇよ…1回捨ててんだぞ!?しかも…俺のせいで…」

「コーチン、私たち、美鈴を迎えにいく為に頑張ったんだよ?そりゃ7年前はとてもじゃないけどコーチンと美鈴を一緒に傍にいさせるわけにもいかんなかったじゃん

!」

「うん…」




美鈴には半分分って、半分分らない会話に耳を傾けた。



でもこれだけは何となく分かった。


お母さんと【コーチン】は私を迎えに来てくれそうなこと。



そして、後をついて歩いていた距離は、もう美鈴の体力は限界だった。

それは、最後の力だった。




「おかあさ――――――――――――――――ん!!!!」


と涙をいっぱい溜めて叫んだ。


もういい。

自分が必要とされていなくても、【コーチン】が自分を殺しても、それでいい。

1回で良い。




だから…お願い…1度でいい。




「お母さん…美鈴だよ…」

「「!!」」

2人は心の中、悲鳴を上げた。

「「美鈴!!」」


2人はその時、あり得ないほどのスピードで駆け寄った。

そうして、後1メートルと言う所で、美鈴は突如、そこで倒れ込んだ。


「美鈴!」

先に美鈴を抱きしめたのは、千壽だった。

黄は、どうすれば良いか、解らず、千壽が、


「コーチン、抱き締めてあげて…」



そう言われて、黄はどうしていいか解らず、それでも、美鈴の父親だ。

何とかしゃがみ込むと、大切なものを、高い高い宝石を前にして大切に本当に大切に震える腕でそっと美鈴を抱きあげた。


そこで、美鈴の目が開いた。

「…美鈴の…お父さん…?」


黄は、大きな粒をポロポロ零し、

「そうだよ。美鈴…、ごめんな。お父さん、DVやめられなくて、2、3年前やっと治療も続けながらでもそろそろ迎えに行けるだろう、ってカウンセリングの先生に言われて、2人で迎えに行こうって…」

愛しくて、可愛くて、申し訳なくて、只々泣いている黄に、

「美鈴…もう施設に戻らなくても良いの?」

「良いのよ。もう…大丈夫。最初は…お母さんもお父さんも不安はあるけど、美鈴の事だけは、絶対大切にするから。ね?


「美鈴、お父さんの事、優しい人に出来た?お父さんはもう優しい?」





「うん。美鈴のおかげ。優しいお父さんになったよ」

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