第2話 感謝

美鈴は、夜になり、お腹も減り、貯金箱を開け、そこに貯まっていたのは、ほんの2000円ほどだった。


コンビニに行こうかと、迷い、ウロウロしていると、ビルとビルの間に何者かのシルエットが美鈴の瞳に入って来た。

その人は、ビルの壁に何度も何度も拳で叩きつけていた。


ちょっと怖いけれど、怯えながらも、ビルの間に入って行った。しかし、真っ黒で、何も見えなかった。

すると、満月の明かりが何とか照らしだした、その人が、男の人だという事が解った。

そして、男泣いているのを目の当たりにした。

そして、美鈴はそぉっと話しかけた。

「お兄さん、どうしたの?」

「うるせぇ!!ガキ!!」

と男は美鈴を蹴飛ばした。

「…うっ!」

 美鈴は吹っ飛んだ。

「いたた…」

美鈴はそれでも立ち向かって行った。

一歩一歩、また蹴られんじゃないかと思ったが、勇気と根性で、男に話しかけた。

「お兄さん…泣いてるの?悲しいことがあったの?」

「…うるせぇ…また殴んぞ!どっか行け!!」

荒々しいがその男の悲しさは、ちらっと見えた真っ暗な空間に白くタクシーのヘッドライトが通過する時、自らの拳で【これでもか!】と、ビルに殴り続けた傷から、血が滲み、流れていたことが分かった。


きっと、とっても悲しいことがあったんだ…。


美鈴はそう思い、放っておくことは出来なかった。

再び、殴られるのも覚悟して、男に近づいて行った。


「どうしたの?傷、痛くないの?」

「うるせぇ!!」

話しかける程、男は怒りを露にした。

それでも、離れていないかない美鈴は、お腹を抑えながら、もう一度、男に尋ねた。

「お…お兄さんは…何に怒ってるの?何がそんなに悲しいの?」

と、美鈴が切な気な瞳で、もう一度、尋ねた。

「なんで…悲しいって…解るんだよ?」

「やっぱり。悲しかったんだね。良いよ。私を殴る事で、お兄さんの悲しい気持ちが消えるなら、幾らでも殴って良いよ」

にっこり美鈴は微笑んだ。



「…」



その一言で、男は後ずさりした。

そして、

「クッ」

と喉を1回呑み込むと、ビルの壁をズルズルと背中を擦るように、しゃがみ込み、ゆっくり話し始めた。

涙をぽたぽた、自分の拳が傷ついて、流れ出した拳に血を交じり合わせながら。


「おやじが死んだ…」

「お父さんが?」

「あぁ…俺、中学で酒、たばこ当たり前みたいに飲んで吸ってて…おやじの事殴った事だってあったし…。そんな風におやじに反抗ばっかしで、…1回も謝れず…死んだ。だから!!俺が今更謝りたくても…もう…」

「お兄さんは、本当はとても良い子だったんだね」

「あぁ!?逆だろう!!!」

「だってお父さんが大好きすぎて、哀しいんでしょう?酷い人は…本当にお父さんが亡くなっても、涙なんて流さないもの」

「ケド…」

「本当にお父さんが嫌いなら、お兄さんみたいに泣いたり、自分の体を傷つけてまでそんな事しないもの!」

「…出来ねぇよ…!もう…」

「ちゃんと、仲直りしておいでよ。」

「出来ねぇよ…もう死んだんだ…」

「じゃあ、これあげる」


そう言って、美鈴は、施設から持ってきた貴重な飴を男の口に放り込んだ。



「ほら!優しい人になった!」

「は?」

「それなめるとね、優しい人になるんだよ!」

「んなこと…」

もちろん、そんな事、あるはずはないけれど、男は口の中で、転がる飴が少しずつ溶けて行くとともに、男の顔が変わった。


「行ってくる!!」

「お父さんに、最後に甘えてみなよ!甘えて甘えて甘えて来なよ!!そこで、泣いて泣いて泣いて『ごめんね』って、『ありがとう』って、伝えれば良いんだよ!!」


男と美鈴は手をパチン!とハイタッチをすると、男は走り出した。





男の父と夜が亡くなって、3時間。

やっと男は病院へ舞い戻った。

「おやじ!!!」

康文やすふみ…」

そう出迎えた母親が椅子に座っていた。

母親は、

「康文、お母さんはもうお父さんに言いたいこと言ったから、康文も、ちゃんと、お父さんと話しなさい」


一歩一歩、近づく康文。

「…おやじ…ごめんな…ごめんな…おやじ…いっぱい悪い事して…なんも…親孝行もなんも出来ないままごめん!!」




そうして、ゆっくり手を握り…もう何歳の時の記憶だろう?

ゆっくりゆっくり手を握る強さを増し、そして、想いだしていた。


ちょうど美鈴くらいの時、2人で白馬山に登った時、2人が、父親が、康文の肩に腕を回し、手を握っている風景が脳裏に浮かんできた。


あの頃、父親に甘えっ切りの康文が、こんな形でしか、もう一度、手を握れなかった後悔に、1つ甘えた。


「本当は…おやじが…大好きだったんだ…ごめん…ありがとう…!!」



そう言うと、病室を出たとこで、看護師さんに言われた。

「その傷、どうなさったんですか?早く手当をしないと…!」

「どうしたの?その傷…」

母親も気付き、心配そうに傷に目をやった。

「康文、そんなに自分を責めないで。お父さんは、どんな康文でも可愛かったのよ。反抗するのも、『いっちょ前に』って笑っていたし、お母さんが、『もうちょっと厳しくしなくて良いの?』って言っても、『あいつは大丈夫だ。心配するな』そうやって、康文を信じ続けていたわ…お父さんが亡くなるまでに何とか2人に仲良くさせたかっただけど…」


「はぅ…う…ごめん…おやじ…」

「母さん…俺、もう酒もたばこもやめる。もう…おやじに死ぬまでなんも出来なかったけど、親…父さんに、胸張って生きてく」


そう言いながら、



「あいつ…なんだったんだ…?」



と思うけれど、昨日と同じ時間、同じ場所に出向いたけれど、どんなに辺りを走ってみても、見つける事は出来なかった。

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