優しい人にしてあげる
涼
第1話 指輪
その子の名前は、
今日、7歳の誕生日を迎えた。
美鈴は、7年前、つまり、生まれてすぐ、施設の前に捨てられた。
1通の手紙とともに。
『美鈴、あんたがいたら、コーチンがあんたを殺す。だから…だから…ごめん…。生きられたら、なるべく…ずっと…生きてて。』
と言う、手紙と、毛布を掛けられただけの状態で…。
*
誕生日で7歳になった夜。
みんな寝静まった午前2時。
そぉぉぉぉっと、少しのお菓子と、5歳から貯め続けた貯金箱、それだけを持って、施設から抜け出した。
ずっと歩いて、ずっとずっと歩いて、何とか暗闇のない、明るい街に辿り着いた。
それは、本当に冒険だった。
美鈴は何人か補導員を見かけ、その人達の目を盗みながら、夜が明けるのを待った。
そして、朝7時、とあるスクランブル交差点で、青になっても、ずーっと渡らず、泣いている女子高生を見つけた。
その人は、とても悲しそうで、その手に何かを握りしめていた。
美鈴は信号が青になると、すぐさまその女子高生にこう言った。
「どうしたの?お姉さん、泣いてるの?」
いきなり話しかけて来た、変な子に、こうしている理由を言うほど、みんな優しくはない。
「…どうだっていいでしょ?」
「良くないよ?悲しい人が居たら、悲しませた人が必ずいるでしょ?お姉さんは誰に悲しい顔にされちゃったの?」
女子高生は邪魔な美鈴を遠ざけようとした。
少しの沈黙が2人を包んだ。
それでも、離れていかない美鈴。
諦めたように、そして、女子高生は、
「フラれちゃったの!あたしが前に彼からもらった、初めてのプレゼント…1200円おもちゃの指輪。確かに安っぽかったけど、私の宝物で…それ…伝えたくて…ちょっとした冗談のつもりで…」
『あれ、今日指輪してねぇの?』
『あー、あれ?もう捨てちゃった』
って…」
「失くしちゃったの?」
「ううん!!ちゃんとある!ちゃんと大事にしてる!」
「じゃあ、どうして?」
「告白だったの」
「告白?」
「わざと失くした、って言って、本当はちゃんと大事にしてるよ!って打ち明けて…。あたしなりのサプライズだったんだけんどな…」
「そっか。お姉ちゃんは彼氏さんに喜んで欲しかったんだね」
「…うん。今まで右の薬指だったんだけど、今度は左手に…はめてって言いたくて…でも、それが言えなくらい…彼にマジにさせちゃって…」
「ふざけんな!俺は…俺は1200円の指輪で、確かにプレゼントとしてはめっちゃセコイけど、それでも、それをはめ続けてくれた事、嬉しかったのに、それなのに、…捨てちゃった、ってなんだよ!」
「ちょっ!まっ!あのね!!」
そう言うと、増々彼氏の怒りを買った。
「…別れる。お前とはもう付き合えない」
「って…言われちゃって…」
「ここにいるのはなんで?」
「彼の通学路なの。直接会って謝りたいし、指輪も大事にしてるって、…ごめんねって、伝えたいから…」
そこに、向こう側に彼が現れた。
しかし、彼女の姿を見つけた瞬間、同じく信号は青になり、彼は、彼女を避けて行ってしまった。
「お姉さん!待ってて!私がお兄さんを優しい人にしてあげる!だから、その指輪も
借りて良い?」
「イイ…ケド…きっと…もうダメな気がする…」
「大丈夫!」
そう言って、彼氏さんを追いかけた。
「お兄さん!」
そう言って、指輪を握りしめて、
美鈴は、一生懸命走って走って、彼の所まで追いつき、
「お話、聞いたよ!あのお姉さんから!」
「だったらなんだよ!あいつはもう俺とは関係ねぇ!」
「関係あるよ?お姉さんはお兄さんが好き。で、お兄さんも本当はお姉さんが好き…そうでしょう?」
「んなもんお前みたいなガキに言われても意味ねぇんだよ!もう指輪は…ねぇんだから…」
一気に空気が変わった。
「嘘なんだよ!お姉さんが指輪を捨てちゃったって話」
「え?」
そう美鈴が言い、お姉さんを手招きした。
大変申し訳なさそうに、大変機嫌悪そうに、2人は全く違う顔をしていた。
そして、お姉さんが話し出した。
「この間はごめん…。冗談にしてはひどすぎたよね?本当にごめんなさい!なま…おチビちゃん、指輪イイ?」
「うん!」
そう言うと、美鈴はお姉さんに指輪をその手に戻した。
「え…それ…捨てたって…」
「ごめんなさい!!
「言って欲しい事って?」
「今日から…今すぐ…この指輪、左手の薬指にはめてくれない?佑真の手から」
少し、照れながら、差し出された指輪を、お姉さんから指輪を受け取り、少し手首を曲げて、薬指を若干目立たたせた、お姉さんの指に、佑真は、静かに、丁寧に、左薬指に1200円の絆を交わした。
「おチビちゃん、あり…あれ?女の子は?」
「そう言えばいねぇな…なんだったんだ?あいつ…もしかして!俺らの天使だったのかも!」
「ふふ。佑真そんな恥ずかしい事言わないでよ!」
「…悪かったな」
「あ!嘘嘘!!でも、優しい人にしてくれた…あの子の言う通り…佑真も、私も」
「…」
無言で、手を繋いで2人は学校へ向かった。
『2人とも優しい人だね』
「!!」
2人は想わず同じタイミングで後ろを振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった―…。
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