優しい人にしてあげる

第1話 指輪

その子の名前は、片桐美鈴かたぎりみすず

今日、7歳の誕生日を迎えた。

美鈴は、7年前、つまり、生まれてすぐ、施設の前に捨てられた。

1通の手紙とともに。


『美鈴、あんたがいたら、コーチンがあんたを殺す。だから…だから…ごめん…。生きられたら、なるべく…ずっと…生きてて。』


と言う、手紙と、毛布を掛けられただけの状態で…。









誕生日で7歳になった夜。

みんな寝静まった午前2時。

そぉぉぉぉっと、少しのお菓子と、5歳から貯め続けた貯金箱、それだけを持って、施設から抜け出した。


ずっと歩いて、ずっとずっと歩いて、何とか暗闇のない、明るい街に辿り着いた。

それは、本当に冒険だった。

美鈴は何人か補導員を見かけ、その人達の目を盗みながら、夜が明けるのを待った。



そして、朝7時、とあるスクランブル交差点で、青になっても、ずーっと渡らず、泣いている女子高生を見つけた。


その人は、とても悲しそうで、その手に何かを握りしめていた。

美鈴は信号が青になると、すぐさまその女子高生にこう言った。


「どうしたの?お姉さん、泣いてるの?」

いきなり話しかけて来た、変な子に、こうしている理由を言うほど、みんな優しくはない。


「…どうだっていいでしょ?」

「良くないよ?悲しい人が居たら、悲しませた人が必ずいるでしょ?お姉さんは誰に悲しい顔にされちゃったの?」

女子高生は邪魔な美鈴を遠ざけようとした。



少しの沈黙が2人を包んだ。

それでも、離れていかない美鈴。

諦めたように、そして、女子高生は、

「フラれちゃったの!あたしが前に彼からもらった、初めてのプレゼント…1200円おもちゃの指輪。確かに安っぽかったけど、私の宝物で…それ…伝えたくて…ちょっとした冗談のつもりで…」



『あれ、今日指輪してねぇの?』

『あー、あれ?もう捨てちゃった』


って…」


「失くしちゃったの?」

「ううん!!ちゃんとある!ちゃんと大事にしてる!」

「じゃあ、どうして?」


「告白だったの」

「告白?」

「わざと失くした、って言って、本当はちゃんと大事にしてるよ!って打ち明けて…。あたしなりのサプライズだったんだけんどな…」

「そっか。お姉ちゃんは彼氏さんに喜んで欲しかったんだね」

「…うん。今まで右の薬指だったんだけど、今度は左手に…はめてって言いたくて…でも、それが言えなくらい…彼にマジにさせちゃって…」



「ふざけんな!俺は…俺は1200円の指輪で、確かにプレゼントとしてはめっちゃセコイけど、それでも、それをはめ続けてくれた事、嬉しかったのに、それなのに、…捨てちゃった、ってなんだよ!」

「ちょっ!まっ!あのね!!」

そう言うと、増々彼氏の怒りを買った。


「…別れる。お前とはもう付き合えない」


「って…言われちゃって…」



「ここにいるのはなんで?」

「彼の通学路なの。直接会って謝りたいし、指輪も大事にしてるって、…ごめんねって、伝えたいから…」


そこに、向こう側に彼が現れた。

しかし、彼女の姿を見つけた瞬間、同じく信号は青になり、彼は、彼女を避けて行ってしまった。


「お姉さん!待ってて!私がお兄さんを優しい人にしてあげる!だから、その指輪も

借りて良い?」

「イイ…ケド…きっと…もうダメな気がする…」

「大丈夫!」


そう言って、彼氏さんを追いかけた。


「お兄さん!」

そう言って、指輪を握りしめて、


美鈴は、一生懸命走って走って、彼の所まで追いつき、

「お話、聞いたよ!あのお姉さんから!」

「だったらなんだよ!あいつはもう俺とは関係ねぇ!」

「関係あるよ?お姉さんはお兄さんが好き。で、お兄さんも本当はお姉さんが好き…そうでしょう?」

「んなもんお前みたいなガキに言われても意味ねぇんだよ!もう指輪は…ねぇんだから…」


一気に空気が変わった。


「嘘なんだよ!お姉さんが指輪を捨てちゃったって話」

「え?」


そう美鈴が言い、お姉さんを手招きした。


大変申し訳なさそうに、大変機嫌悪そうに、2人は全く違う顔をしていた。

そして、お姉さんが話し出した。


「この間はごめん…。冗談にしてはひどすぎたよね?本当にごめんなさい!なま…おチビちゃん、指輪イイ?」

「うん!」

そう言うと、美鈴はお姉さんに指輪をその手に戻した。

「え…それ…捨てたって…」

「ごめんなさい!!佑真ゆうま私、佑真から言って欲しい事があって…あんな笑えない嘘ついちゃって…ごめんね…」

「言って欲しい事って?」

「今日から…今すぐ…この指輪、左手の薬指にはめてくれない?佑真の手から」


少し、照れながら、差し出された指輪を、お姉さんから指輪を受け取り、少し手首を曲げて、薬指を若干目立たたせた、お姉さんの指に、佑真は、静かに、丁寧に、左薬指に1200円の絆を交わした。


「おチビちゃん、あり…あれ?女の子は?」

「そう言えばいねぇな…なんだったんだ?あいつ…もしかして!俺らの天使だったのかも!」

「ふふ。佑真そんな恥ずかしい事言わないでよ!」

「…悪かったな」

「あ!嘘嘘!!でも、優しい人にしてくれた…あの子の言う通り…佑真も、私も」

「…」

無言で、手を繋いで2人は学校へ向かった。


『2人とも優しい人だね』


「!!」


2人は想わず同じタイミングで後ろを振り返った。



しかし、そこには誰もいなかった―…。

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