第17話「最初の大冒険」

”で、俺は暫くの間、謝罪の行脚だ。教師に土下座しながらアメリアへの虐めも暴露してやったから、当初の目的は果たせて万々歳だけどな。


 出迎えた母さんに謝った時は堪えたね。まず俺の横っ面を引っぱたいた。それはもう容赦なく。

 それで聞いてくるわけだ。


「今日の悪戯は貴方にとってどうしても必要な事だったの?」ってね。


 迷いなくそうだと答えたら、言ってくれた。


「それならしょうがないわね。でも、迷惑をかけた人にはちゃんと謝るのよ?」


 朝食を用意してくれるのと変わらない笑顔でだぞ?

 で、思ったわけだ。もう絶対心配かけないってな。

 喉元を過ぎれば何とやらなんだがなぁ。


 ……おいマザコンって何だ? 当時は小学生だったんだからしょうがないだろ!?”


南部隼人のインタビューより




「おい見ろ! これだよ! これが空だよ!」

「分かりましたから動かないでください!」


 立ち上がろうとする隼人の首根っこを引っ張りつつ、近づいてゆく街の灯を瞳に収める。

 自分は今、誰よりも速く飛んでいるのだ。


 それは何もかもが新鮮で。


 確かに、空は素晴らしい。

 隼人はずるいな。そんな事を思う。


 だって、こんな素晴らしいものを独り占めしていたのだから。


 ひんやりした夜風を受けて、小銃士達リトル・マスケティアを乗せた白竜は家路を急いだ。


「運んでくれてありがとう! あのまま残ってたら大目玉じゃ済まなかったわ」


 あっけらかんと隼人が言う。

 確かに、あのまま石化した密猟者と一緒に夜を明かしたら大騒ぎだ。


 隼人はマリアを危険な目に遭わせたとして、村八分で済めばいい方だ。

 白竜が取りなせば逆に英雄扱いかも知れないが、そうなると話がどんどん大きくなって父に迷惑がかかる。


 彼らが選んだのは、「裏山で遊び疲れて寝てしまった事にする」であった。

 これならまあ、隼人も拳骨一発で済むだろう。


『我こそ詫びねばならん。貴様らのおかげで竜神様と言葉を交わす事が出来た。それに、貴様らの方が竜神様の御心に寄り添っていた。その傲慢を正してくれたのだ』


 先ほどとは打って変わって神妙な言葉で礼を述べる。

 どうも彼の思いこみの激しさは、この一本気な性分にあるような気がする。


「リッキーはこれからどうするんだい? あとパフも誰が連れてゆくか決めないと」

「きゅ?」


 首を捻るパフを撫でて、リッキーが提案する。


「パフはぼくが連れてゆくよ。受け入れてくれるだろうし、育てる場所は事欠かないから」


 つまり、しばしのお別れという訳だ。

 パフも頭を垂らして、寂しそうに鳴いた。


「じゃあ、大人になった時再会する場所を決めておかないとな。俺は中学を出たら士官学校を受けるつもりだけど?」


 もう何度目か分からない隼人の話だが、前世の記憶とやらで彼が変わっていない事に安堵した。


「ぼくも士官学校を出て陸軍へ行くつもりだったけど、空軍も悪くないかも」

「だろ? じゃあお前俺の相棒ウィングマンな」


 そのウィング何とかは分からないが、空軍というのも確かに良いかも知れない。

 訓練は厳しいと言うけれど、士官は国の誉として扱われる。「人々を守る」と言う大いなる義務に合致する仕事だからだ。

 義務を果たすと言えば、この鳥籠から飛び立てるかもしれない。


「私も、行っちゃおうかな?」


 意識することなしに呟いてしまった。

 リッキーと隼人は顔を見合わせ、にやりと笑い合う。


「じゃあ、士官学校で会おう!」

「入試で落ちないで下さいよ?」

「そう言うマリアこそ、体力検査で落ちないように、ちゃんと鍛えておいてくれよ?」


 憎まれ口を叩きあっているのに、なんだかとても可笑しくて。

 別れの時間が嫌で、このままずっと飛んでいればいいのにと思った。


 おもむろに隼人が英語の歌を口ずさむ。

 昼に話していた竜と少年の歌。彼の前世の歌だ。


「歌の中で竜のパフは、少年ジャッキーと別れてしまう。ジャッキーは大人になって、もう竜と遊んでいられなくなったから」

「何だか、悲しい歌ですね」

「きゅー!」


 こちらの・・・・パフが抗議の声を上げた。

 ジャッキーはとんでもない奴だと言いたいらしい。


「でも俺は思うのさ。『働きながらパフと遊べばいい』ってな!」


 大真面目にそんな事を言う。

 パフだけは嬉しそうに隼人の脚に顔を擦り付ける。


「いいじゃないか。力を与えられた者は、大いなる義務を背負う。逆に言えば、義務さえ果たせば後は好きにやって良いって事じゃないかい?」


 リッキーまで同調してしまう。今までの石頭は何処に行ったのか。


「……じゃあ、私は2人が仕事の時にパフの面倒を見ます。私が忙しい時は、パフと遊んであげてください」


 つい乗せられて言ってしまうが、隼人はがははと笑う。


「じゃあ、士官学校で会おう。そこで仲間を集めて、破滅と戦うんだ!」

「はいはい。まさか中学出た後もこの男に振り回される事になるとは……」


 白竜に捕まっていなければ頭を抱えるところだ。


「濃い1日だったね。忘れようとしても絶対忘れられないね」

「一生の思い出、俺たち最初の・・・大冒険だな」


 白竜が高度を下げてゆく。

 楽しい時間もそろそろ終わりだ。


「最後にあれやろうぜ」

「あれ?」

「ああ、あれだね」


 右手を顔の前に掲げて、隼人が叫んだ。


「皆は1人の為に!」


 リッキー、マリア、そしてパフが続いた。

 再会の誓約を。


「1人は皆の為に!」


 こうして、彼らの最初の大冒険は終わった。

 やがてライズを破滅より救う英雄たちは、人知れず王国の片隅に芽吹いたのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 2人を見送った後、リッキーはいつまでも夏の空と街の灯を見つめていた。

 パフは悲しそうに飛び回った後、リッキーの腕の中に潜り込んだ。


「もう、いいよ」


 声をかけた背中から気配がした。

 振り返った先には、背広姿の男が2人。


 警戒したパフは羽毛を逆立てて威嚇するが、頭を撫でて落ち着かせる。


「……その竜は?」

「後で説明します。母上は?」


 一瞬沈黙が流れた。

 男たち――2人の侍従・・は言いにくそうに、重い口を開いた。


「明日の視察のため、既にたたれました」

「……そう」


 一瞬、パフを抱く手に力を入れそうになっている事に気付き、動転した自分に気付く。

 また、心配してはもらえなかったらしい。


「事情は白竜から説明を受けました。回収部隊が山頂の賊を逮捕に向かっています」


 案の定、彼らはこの件を闇に葬るつもりのようだ。

 理不尽には思わない。我儘に振り回された彼らの方が理不尽を嘆きたいだろう。


 それに、騒ぎにならないのは自分たちにとって都合も良いだろうから。


「すみませんが朝一番の列車を手配してください。直ぐに追いかけます」

「かしこまりました」


 侍従たちは一礼し、リッキーを車に誘導する。

 パフを抱く手は、平静に戻っていた。辛うじてであるけれど。


「迷惑をかけました」


 車のドア越しに、頭を下げる。

 だが、彼らは謝罪を許さなかった。


「謝罪を受けるのは我々ではございません。王女殿下・・・・


 排気を吹き上げながら、自動車がスタートする。

 腕の中では、パフが心細そうに相棒――ダバート王国王女、エーリカ姫を見上げていた。


 ゼンマイは巻かれ、運命は動き出した。

 秒針は小刻みだが確かに未来へ進む。少しずつ、少しずつ。


 再会の日に向かって。






四人の再会は『雛鳥たちの航跡雲』で語られます。良ければそちらも引き続きご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330659132038138

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竜の卵と3人の小銃士《リトル・マスケティア》 萩原 優 @hagiwara-royal

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