ホワイトブラック・クリスマス
未練
1話完結 ホワイトブラック・クリスマス
今年は4年に1度の大寒波を迎え、皆が家族との団らんを過ごす中、ある男は狩りをしていた。
「今日でちょうど12年かぁ・・・。ナイア、お前は今どうしているんだ?」
その男は産まれて間も無い我が子を捨てた。
それは忌まわしき闇属性を授かったからか、愛しの妻を奪ったからかは彼自身にも分からなかった。
☆ ☆ ☆ 12年前ーー12月25日
『おぎゃーっ、おぎゃーっ!』
頭に響くような甲高い産声が部屋に鳴り響いた。
その元気で愛らしい表情を眺めながら皆が息を呑み,言葉を発する者は誰一人居なかった。
私は痛みに悶えながらも必死に我が子をだき抱える妻を見ていて胸が張り裂けそうだった。
赤子は産まれながら艶やかな黒髪を生やし、ルビーのような瞳をしていた。
それは美しくあるものの我が白魔道士家特有の白髪を授からず、よりによって黒髪だったのだ。
『『ゲルガー、お前の子は悪魔の子だ!!』』
出産に立ち寄った友人や冒険者メンバーが私を指差し口を揃えて言った。
それはどれも軽蔑するかのような強い口調と態度をしており、場の空気は一瞬で凍りついた。
それもそのはずだ、なにせこの子は闇属性を授かったのだから・・・
──闇属性
魔物を生んだとされる原初の核エネルギーで宿したものに驚異的な力を授けると言う。
それは確かに強大な力を授けるが闇を体内に宿した者は力の代償に魔物になってしまうのだ。
しかも直ぐには変貌せず、成長するにつれて身体の魔物化が進み成人になると同時に魔物になるとされている。
現に闇属性を授かった皇太子が王位継承権を握る成人の時に魔物に成り代わり、王族全てを皆殺して国家を破滅させたと言う報告書が残されている。
だから皆な奇異の目で我が子を、その親である私たちを見つめるのだろう。
『これは何かの間違えだ!たまたま黒いだけで魔物にはならないさ!だから・・・』
私は思い付く限りの言い訳をしようとした・・・
けど自分でも見苦しく思ったのか、皆の凍るような視線を見てはそれ以上口が開かなかった。
一体どうしたら良いのか、この状況を打破出来ないのか、私はこの世に生を受けて30年経って初めて頭を悩ませた。
今まで魔物だって難なく倒してきた、人間関係にも悩まず幸せに暮らしてきた、それなのに・・・
私が築き上げてきたものが崩れ落ちるのが目に見えた。
ドタッ!
それと同時にベットから崩れ落ちる妻の姿が目に入った。
『アリシア大丈夫か!』
すぐさま駆け寄り、両手で妻を抱えた。
その時彼女は・・・嬉しくも何処か悲しげな、そんな表情を見せた。
『この子を守ってあげて・・・ゲルガー・・・あ、愛い・・・』
──愛してる。
きっとそう言いたかったのだろう・・・けれど言い切る前に彼女はゆっくりと目を閉じた。
私は迷わずヒールを施したが閉じた目が開く様子は無かった。
『どうして・・・』
震える手で必死に妻の頬に手を添えた。
今にでも凍えそうだ・・・
アリシアの白くて艶のある肌からは雪のような冷たさを感じる。
それは指先から神経に伝わり、心まで到達するのに時間は要らなかった。
パキッ!
頭の中は真っ白になり、記憶上にある彼女の写真に亀裂が入った。
そして崩壊と共に私の視界は暗闇の中に落ちていった。
『これが闇属性が悪魔と言われる由縁か・・・』
──悪魔 。それは心のない魔物に対してのみ使う言葉では無い。
それは心をかき乱し、罪を犯しても平然としていられる心ない人間にも適用される。
例えば、大事なものを奪っておいて「俺、何かしちゃいました?」と何も知らない無垢のような態度をする奴のことだ・・・
そう・・・
『お前のことだよ!ナイアー!!』
暗闇の奥底でニッコリと笑顔を見せる、我が子に向けて怒鳴り声をあげた。
ナイアーの目は暗闇の中で赤く光を放つ。私にはそれが悪魔の目にしか見えなかった。
『お前のせいで妻が・・・アリシアが!』
私にとって妻は最愛の人だった。彼女は美しく優しい女神のような存在で、私に光と祝福を与えてくれた。
この人になら自分の全てを捧げてもいいと思えるほどに私は彼女を愛していた。
だからアリシアを奪ったお前が憎い。
『ナイアー!お前は私たちの子供なんかじゃない!』
ナイアーは笑みを浮かべて笑っていたが、今は悲痛の表情が見える。
徐々に顔色は赤くなり涙ぐむ、そしてナイアーは泣きはじめた。
『おぎゃーっ、おぎゃーっ!』
頭が割れるような甲高い泣き声が暗闇に鳴り響く。
『うわぁぁぁぁぁぁ!』
耳を抑えても耐え難いほどに、その声は威力を増し空間を歪ませた。
バキバキッ!
空間に亀裂が走る。
小さかった亀裂は太く、長くなり、どんどん広がる。
メキメキッ!
やがて私の目にいるナイアーにも行き届き、我が子は目の前で崩れ落ちていった。
☆ ☆ ☆
「はぁーーこれ以上は思い出せないな・・・って寒っ!」
私はあの瞬間を最後にその後のことを思い出せない。
周囲のものはお前がいらないといったから世のため人のために捨てたといっていた。
だから私のせいでナイアーは魔物の住む外の世界に捨てれて今頃・・・
「何やってるんだ私は・・・」
考えたくないが、不意に思ってしまう。
罪の意識と言うのは時間が経てば自然と忘れていくだろう・・・
でも、忘れたくないもの、忘れちゃいけないことは、どれだけの時間が経とうとも忘れやしない。
「お前に対してやったことは父親として失格だ、すまない」
空から見ているであろう我が子に向けて謝罪をした。
それは届くこはありえない、届いたとしても分かってはもらえないだろう。
「今日はもう帰ろう・・・」
手荷物をまとめ自然広がる世界樹の中をさっそうと歩く。
日は暮れはじめ、オレンジ色の夕日が帰路を照らす。
今日はいつも聞こえる鳥のさえずはなく、無音の寂しい道だった。
しばらくして、茂みの奥から香ばしい香りが漂い始めた。
おそらく冒険者が食についてるのだろう、この自然豊かな幻想地ではそれしかない。
「今から帰っても日をまたぐし家には何もない、ご一緒させてもらおうかな・・・」
私は香りを頼りに茂みをかき分け真っ直ぐ進んだ。
すると開けた空間に1人で肉を頬張る少年がいた。
彼はかなり痩せ型で身なりはボロボロ、おまけに色々なところにすり傷が伺える。
少年は私の存在に気付くとフードを深くかぶり、腰に携えていた剣を抜いた。
「これは僕のだ!食べ物が欲しいなら他をあたるんだな!」
剣先を向け、鋭い目をする。その瞳は息子とそっくりなルビーのようだった。
「いや君から食べ物をとるつもりはない、たまたま近くを通ったから寄っただけさ」
警戒心を解こうと笑顔を振る舞うが、いっこうに剣を下ろさない。
どうやら私が食料を狙っている盗賊だと思ってるらしいな、そんなに悪人面に見えるかな。
「ここはダンジョンだぞ、盗賊なんてこの階層に来れるはずないだろう?疑うんなら冒険者プレートを見せてもいい」
冒険者プレートはギルドの基準に満たした者のみに登録時に贈られる物で名前や階級が刻まれている。
私はこう見えても冒険者としての位は高く、ソロSランク冒険者としてそれなりに知名度はある。
「早く出して!」
少年は手をクイクイと動かし要求をする。私は首にかけていたプレートを外し彼に投げ渡した。
「分かって貰えたかな?」
少年は首を傾げ悩む様子を見せる。しかし少し間を空けて再び鋭い視線を向けた。
何をそんなに警戒しているんだ。私には見当もつかず数分間のにらめっこが続いた。
「ふんっ、上級冒険者だろうが僕の飯はやらないぞ!これは自分で取った獲物だからな」
「奪ったりしないさ、飯は自分で用意するからここに座っても良いかな?」
少年はそっぽを向き、何も言わず肉にかぶりつく。好きにしろ、って事なのかな?
私は近くにあった倒木に腰をかけ、保存食に火を通しながら少年の様子を伺った。
やっぱり似ている、何度見ても我が子そっくりな目だ。
「さっきから何見てんの?やっぱ狙ってるじゃん」
「いやいや狙ってはいないさ、ただ・・・君を見ていると息子のことを思い出してね」
「ふぅーん息子ね、おじさんは家族がいるんだ」
「ああ。今はもういないがな」
「・・・なんかごめん」
少年は手を止め、申し訳なさそうに俯く。
「気にしなくていい、こんな風になったのは全て私の責任だから・・・」
「責任?おじさん何かしたの」
「いや・・・あまり人様に言えることではないけど・・・私は妻を奪った我が子が憎くて、荒地に置き去りにしたのさ」
「・・・それは最低だね」
「そう思うよな・・・私は本当に最低だ」
ため息をつき俯く私の横に少年は座り込む。そして私にそっと声をかけてきた。
「おじさんは悪い人だけど、少なくとも根の悪い人じゃないと思う。本当に最低な人間なら何をしようと、例え我が子を捨てようと、後悔なんてしないから」
少年は悔しそうに唇を噛み締め、流血してしまう。
実際に体験してなければこんな表情は出来ない、そう思わせるほどに彼からは強い怒りと悲しみを感じた。
「じゃあ許して──」
「でも後悔してるか、してないかは会ってみないと分からない。だから会いに来ない奴は結局そういう奴だったてことさ」
「あっ・・・ん・・・」
その言葉はまるで自分にあてて言われているようで、返す言葉もなかった。
「じゃあどうしたら、君は相手を許せる?いやっ、今のは忘れてくれ。相手がどう出てきたら君は許せる?」
「なんでそんなこと聞くの?」と言わんばかりに少年は目で訴えかける。
私はそれが直視できず、目を逸らしながら「なんとなく」と答えた。
「変なこと聞くねっ、まぁ許すなんて考えたことないから直ぐには受け入れず、拒むかな・・・」
「そっか・・・ありがとう」
この日はこのやり取りを最後に床へと就いた。
まだ話し足りない部分はあったが、互いに考える時間が必要だったのだと思う。
☆ ☆
朝になった。
地平線の奥から朝日が登り、私のぼやけた視界に輪郭を与える。
ゆっくりと立ち上がり身体を伸ばした後で足元を見ると少年の寝顔が目に映る。
「寝てるのか、よし今なら・・・」
昨晩から気になっていた少年の容姿。私はそっと彼に近づきフードをめくる。が、突然の嫌悪感に襲われ、直視するのが耐えがたかった。
「そういうことか・・・まさかとは思ったが」
これまでの疑問点が線になって繋がった。
どうして彼がフードで顔を隠したのか。
──それは容姿が醜いからでは無い。
では何故警戒心が強く、ボロボロの衣服(装備)をまとっているのか。
──戦いに明け暮れたのでは無い。
そう彼は闇。
黒くて艶やかな髪に悪魔とも言える赤い瞳は闇属性特有のものだった。
「こんなところにいるとはな・・・腐れ外道がっ!」
少年の顔を見るだけで昔を思い出す。憎くてしょうがない。
「お前のせいでっ、お前の様な忌まわしき者が産まれるせいでどれだけの人間に迷惑がかかってると思ってんだ!」
感情が抑えられず私は少年を蹴り飛ばす。
「ぐへっ!」
痛みのショックで目を覚ました少年は、昨日とは別人の様な私に酷く心を痛めていた。
「くっ・・・やっぱりそうなんだ!結局、どいつもこいつも闇属性は目の敵にするのかよ!」
「黙れぇ、お前の様な奴にどれだけ迷惑をかけられたことか」
少年は抵抗するがそのステータスの差は歴然だった。
拳は空を切り、私の拳は少年の顔面を捉える。
「ぶへっ!やめろ、やめっ、て・・・ぐへっ!」
何度殴ったことか、少年は意識が飛びかけ涙を垂れ流す。と同時に黒い瘴気の様なものが少年から溢れ出ている。
「闇属性の粒子か、しかもこれ程までのものは見たことがないぞ!」
彼から漏れた闇属性はかなり濃度が高かった、その主な原因は激しい怒りや悲しみの負の感情。
私によって虐げられ、落ち着いていたはずの彼の心は乱されてしまった。
「ガァルゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー!!」
突然魔物の遠吠えが聞こえた。
「あの鳴き声・・・いやまさかな」
ここはダンジョンの未知の樹海エリア。通常Lv1~30のモンスターがうろつき、適用冒険者ランクはC級。
そんな低階層とも言えるエリアでS級ランクモンスター・ダークケロベロスの声がした。
普通ならばありえない。が、確かにそこにいる。
「かなり近いな・・・避難しなければまずい」
私は直ぐにでも逃げれる準備は出来ていた。が、少年は違った。
ボコボコされ、血を流し、立ち上がる体力すらないのは明白だった。
「・・・許してくれ、君は悪くない闇属性を授かってしまったのが悪いんだ、だから君は悪くない・・・」
私は少年に背を向け、ダンジョン出口に向けて1歩を踏み出そうとした次の瞬間、
ドゴォーーーーーーーーーーーーン!
大きな土煙が目の前に吹き荒れる。
土煙の中から巨大な顔がこっちを見つめている。それも1つではないく2、3つも。
──おい、おい!いくらなんでも早すぎだろ!!
それはあまりにも速すぎる登場だった。
「──ダーク・ケロベロス!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
咆哮と共に魔力が放出され、暴風が周囲の岩、倒木を吹き飛ばす。
──まずいっ!
ダーク・ケロベロスはS級ランク冒険者の私ですら未だに討伐した事の無い強敵。
感情のコントロールが出来てない現状では相手をしたくない(勝てない)相手だ。だが幸運なことに奴の標的は私ではなかった。
ダークケロベロスは大きな口を広げながら私の横を通り過ぎる。
こいつ捕食するつもり気か!?
ダークケロベロスはその名の通り闇属性を宿したケロベロスの特殊個体、闇を供給するために明らかなに少年を狙っている。
「やだぁ・・・し、死にたくない・・・どうしてこんな目にあはなくちゃならないんだ・・・理不尽だ」
少年は泣き叫ぶ。その声を背中で受け取るも振り返ることは私にはできなかった。
「うっ・・・お父さん、助けて、どうしてあの時僕を置いていったのっ」
少年はそう力なく声を漏らした。
私は彼の父親では無い。だが少年は、自分を捨て遠くの何処かで生きてるであろう父親に向けて声を送った。
もしかしたらナイアも遠い何処かで彼の様な言葉を言っているのかもしれない、私はそう思うと振り返らずにはいられなかった。
そこには手を伸ばし助けを懇願する少年がいる。
まるであの時のナイアの様だった。
助けなければ・・・いや助けれるのか?・・・何をびびってるんだ、誰かがやらなきゃいけない、
それは──私しかいないだろう!
「うぉぉぉぉーーっ!魔よ、空気と混ざり閃光の鱗粉となれ」
己を奮い立たせ、地面に魔法陣を展開し 魔物の周りには鱗粉を舞い広がる。
「喰らえっ──鱗魔 爆発!!」
声の発声により鱗粉の光は閃光に達し 、爆炎があげる。
ドガーーーーーーーーーーーン!!
「ギャゥーーーーーーーーンッ!」
ケロベロスは悲鳴をあげ少年から退くと、標的を私に変え飛びかかってくる。
「うおおおおぉーーーーーー!」
私は持てる全ての力を出して立ち向かった──
結果、奴を倒した。
呼吸を確認してないから分からないが、起き上がらないってことは倒せたのだと思う。
「はぁ・・・はぁ・・・さすがに歳かな」
もはや少年以上に動けなくなってしまった。
「どうして・・・どうして助けてくれたの?」
少年は這いつくばりながら私の方へと近づいてくる。
「安静にしていろ・・・無理をするな」
「だって──僕が運ばなければおじさんは死んじゃうじゃんか!」
「そう・・・だな、はははっ」
私の右足と左腕は欠損し、時期に出血死するのは目に見えていた。だから少年は私を助けようとしている。
私が彼なら助けない。あれだけゴミ扱いしてきた奴がどうなろうと知ったことではない。
でもあの子は優しい、私を置いていこうとしなかった。
「優しい子だな──」と、少年と会話するさなダークケロベロスに動きがあった。
「ガゥ・・・グルゥゥゥ・・・」
奴は再び立ち上がろうとしてる。
「なんてことだ・・・早く逃げろ、今度こそ食い殺されるぞ」
「嫌だ!まだ助けてくれた理由だって聞いてないのに」
少年は私の手を肩に通し、担ぎ歩こうとするが私はそれを拒む。
「だったら教えるよ・・・助けた理由」
「そんなの後にして、今は逃げることだけを考えて!」
私は彼を無視して1人でに語る。
「私は・・・君を見ていると息子のことを思い出すんだ。闇属性だからと言って捨てた過去のことをね。だから君がお父さん、と叫んだのが自分に言われてる様な気がしたんだ・・・だから助けた」
「そうなの・・・」と少年は悲しそうな顔をする。
私は頷いてみせた。だがそれは嘘だ、私は嘘をついた。
薄々気付いていた。彼はただのそっくりではなく息子のナイアそのものだと。
でも打ち明けるのが怖くて、拒絶されるのかと思うと赤の他人を演じるしか無かった。
このまま死んだら謝れない、愛してやれない、悔しい。
私は不器用だから上手く伝えられそうにないのがほんとに悔しい。
「なぁ少年・・・ケボッ・・・私は君の質問に応えた・・・今度は私のに応えてくれ・・・君は両親の名は何だ?」
「母の名はアリシア、父の名は知らない・・・」
「ふふっ・・・そうか・・・なら教えよう。君の父親の名はゲルガー、ゲルガ・ロゼリックだ」
少年は目を見開き、私の手を強く握る。その手は暖かくてとても大きな手だった。
「でもって・・・ゲホッ・・・ケボッ・・・その、そのクソ親父の息子の名は──ナイア、ナイア・ロゼリックだ」
この時だけは涙が噴水の様に打ち上がりそうだった。
どんな酷い顔をしてるかは容易に想像がつく、これがお前の父親、ゲルガーの顔だよ。
「それが僕の名なんだね、父さん・・・」
ナイアはにこやかな笑顔を見せてくれた。
伝わった、そう思うと嬉しくなって気が抜けていくのを感じる。
「父さんはここで待ってて、僕が奴を──必ず倒すから!」
「行っちゃ駄目だ、殺される・・・逃げてくれ、頼む・・・生きてくれ」
先に逝かないでくれ、頼む、私を1人にしないでくれ。
そう心中に思いながら私は目でナイアの姿を追った。
「大丈夫・・・僕はロゼリックの家の人間、父さんの子だよ、魔法の使い方はさっき見て覚えたから」
「ガルゥゥゥーーーーッ!」
「ダーク・ケロベロスだっけ?僕は君に父と再会させてくれた恩があるけど、僕達の感動の再会を邪魔するからにはタダじゃおかない」
ナイアは魔力を放出し気が高まっていく。そして何処で覚えたのか詠唱を行って見せた。
「やめろナイア!悪魔なってしまうぞっ!」
闇属性は驚異的な力を宿主に与える代償として徐々に身体が悪魔に変貌し、心を奪われてしまう。
あれほどの魔力を溜め込んでいるなら突然変異が起きてもおかしくはないのだ。
だがナイアは違った。
魔法陣の上に立つナイアの髪色半分が白く輝いている。
宿ったのは悪魔ではなく精霊だった。
なぜそんなことが起きたか?考えれば一つしかない、虐げられ衰弱した精神とは異なりナイアの中には人からの愛があった。
「黒閃 雷切」
魔力で構築した光の剣でナイアはダーク・ケロベロスを圧倒する。
戦闘経験は無いはずだが私の息子だけあって潜在能力は極めて優れたものだった。
「これで終わりだぁーーっ!」
ズシャーーッ!
「すごい・・・」そう思わず口走るほどにナイアの技術は常を卓越しており、ダークケロベロスを一刀両断する。
まさに──圧巻の戦いだった。
パチパチパチ!
拍手喝采が飛び交う。どうやら異変に気付いた探索中の冒険者達が駆け付け観戦していたのだ。
「まさか悪魔にならないなんて、これは良いのが見れたぜ」
「ほんとすげぇーーっ、あの魔物を単独撃破なんて!闇属性はコントロールさえ出来れば最強って訳か!」
「そうだな、あまり忌み子だと拒絶するのは良くない、暖かく迎え入れるべきなんだな」
ナイアは他冒険者には目もくれず私の元に歩み寄ると治癒魔法を施した。
それも白魔術のヒールを。
「ナイア・・・お前・・・凄い子だな」
「えへへっ、だって僕は父さんの子だよ?」
ナイアは笑顔を浮かべる。
「ちょっと君いいかな?私はA級冒険者をしているロキと言う者だ、さっきの戦い実に見事だった。是非とも君のような有望な者にはパーティーに加わって貰いたい」
「見て分かる、取り込んでるの。あんたも邪魔をするの?」
ナイアはロキを睨みつける。
「いやそんな訳じゃない、後でも良いさっ、それじゃ!」
臆したロキは腰を抜かし素早く後ずさる。
私は気を取り直して尋ねる。
「なぁナイア・・・」
「なに父さん?」
「どうしてだ?なぜ私を父と呼んでくれる、私はお前を捨てた人間なんだぞ、恨んでないのか?」
「はぁーーっ、いつまで引きずってんの?もしかしてこの12年間ずっと引きずってたでしょ、容易に想像がつくよ」
「いや引きずるに決まってるだろ!だって私は・・・お前を捨てたんだから──」
「確かに父さんは僕を捨てたさ・・・初めは憎んだ。でも・・・僕が1人なら父さんも1人、立場は違えど心はいつも一緒だったと思っていたから恨みは消えた」
そんな理由で?となったが、それしかナイアにはないのかもしれない。
「ふっ・・・ナイアらしいな・・・知らんけど」
「なにそれ酷くない?もっと酷いこと言えば良かった?」
「いや結構だ。もう帰ろう・・・肩を貸してくれ?」
「ふーん、分かった。てか家で生活できるんでしょ?ずっと野宿だったから凄い興味あるんだ!」
「残念だが家は持ってない、私も野宿専門だ。だから家を買おう・・・まずはそれからだ」
「うん、そうだね・・・それがいい」
たわいもない会話をしながら親子揃って肩を並べ、帰路につく。
この歳だと手は繋げないが、十分に親子を感じることができて私は幸せだ──
☆ ☆ ☆
あの日から3年が経った。
私は冒険者退職金で町外れの丘に小屋を建て、ナイアと共に家族2人で暮らしている。
あれからと言うもの、ナイアの活動報告書はギルドに提出された後各地に拡散され、一般人には異色の英雄、闇を宿した者達からは地位を改変した偉人として今や有名人。
S級に飛び級したナイアのランクはもう既に私を超え最高ランクSSSにたどり着いた。
歳も15歳と結婚を考えても良い年頃だから親離れが不安だ。
でもナイアが幸せな家庭を築いてくれれば私はそれで嬉しい、きっと天国のアリシアもそう思っている。
「ただいま父さん今帰ったよ」
朝からゴブリン駆除に出ていたナイアが帰ってきた。
SSSランクの冒険者が受ける様な依頼ではないが、地域に貢献したいとのことでナイアは毎日の様に誰かの依頼をそっなくこなしている。
「お帰り、今日はやけに早かったな。さすがはSSSランクってところかな?」
「良してよ父さん、ランクの話なんて持ち出さないでよ、そんなの興味ないし。それより報告があるんだ」
手で頭をかきながら恥ずかしそうにナイアは私を見つめる。
「報告かぁーーなんだ、なんだ?もったいないぶらずに言ってみろ、もしかして彼女でもできたのかぁ?」
「実は、ね?」
「えっ、まさか本当なのかっ!」
「うん、紹介するよ。さぁ入ってきて!」
ナイアがそう言いドアを開けると、1人の美しい女性が入ってくる。
「初めまして義父さん、婚約者のセレナ・ネフィーユとお申します。」
眉目秀麗で華やか女性がお辞儀よく頭を下げる。
こ、こ、こ、こ、婚約者だと──────!!
「こ、これはべっぴんさんじゃないかっ、凄いじゃないかナイア!いつからだ、なぜ父さんに教えない」
「いや話そうとしたけど、父さんったら酒飲んだら寝るわでタイミングが無さすぎるんだよ」
んぅ・・・言われてみれば確かに。
「そう・・・だな」
私は苦笑いをする。
セレナはプハハッ、と笑いを漏らし「親子そっくりですね」と言う。
「「どこがっ!」」
ナイアと声が揃う。
「そーゆうところですよ、ふふっ」
「はははっ、そうだな。でもまぁ・・・嬉しいよ、ナイアが愛人を連れてくるなんて」
「よしてよ、父さん」
賑やかな声が家中に響き渡る。
口では嬉しいと言うが心の何処かで寂しいと思っている自分がいた。
そして家族で少し談笑をした後、2人は手を繋いで家を出ていった。
この後セレナさんの親子さんの所に出向くそうだ。
もうナイアは1人前だ、心配はいらない。そう思っていても遠のいていく背中を見ているとやっぱり寂しくなってくる。
俺はこれまでにちゃんと伝えるべきことは伝えられただろうか。
今思うと、いつも遠ましにやって直接伝えられてなかった気がする。
いつ会えるか分からない、これが最後かもしれない、だったら最後だけは言えずにいたことを言おう。
「ナイアーーーー!」
私は大声をあげる。すると気付いたナイアは、
「なにーーっ、父さーーーーーん!」
と大きく返事をしてくれた。
「すーーっ」
深く深呼吸をして、気持ちを整える。
「子供が出来たらぁーーーーーっ、私に抱かせてくれぇーーーーっ!」
喉が枯れるような声でそう叫ぶと2人は、お互いを見合わせ笑った後、
「父さん、待っててねぇーーーーーーっ!」
と、笑顔で応えてくれた。
私にはそれがたまらず愛おしく、嬉しかった。
ありがとう、もう一度’’父さん’’と呼んでくれて──
これで心置き無く幕を降ろせる。
ヒューーーーーッ!
冷たい風が吹き抜け男を襲う。また、あの時期が来たようだ。
男はそっとドアは閉じるといつもの日常へと帰り、明日へ備える。
そして試作した真っ白なケーキの上にブラックチョコを添え、一人微笑むのだった。
ホワイトブラック・クリスマス 未練 @Kashimura0708
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます