第5話 陽
私はあの日、確かに火に焼かれた。だけど、誰も迎いには来なかった。私の体は不思議な力を持っているみたい。幼いころに空腹で死ななかったのはやっぱり、母の言葉のせい? 母はやっぱり魔女だったのかな。でもそんなことどうでもいい。
私は気にせずに裸でがれきとなった城から逃げ出した。街道を進んでいると布が風に運ばれてきた。マントのように着用してそのまま王都から離れていく。
そして、王都から少し離れた小さな村にたどり着いた。村の隅でうずくまっていた私は太陽を見つめて手を伸ばした。あの陽ならば私を連れて行ってくれる。そんなことを考えていた。
そんなことを考えながら数日が経つと、孤児院を経営していた教会のシスターがそんな私を拾ってくれた。彼女は老齢な体でタバコをふかして無言で私の手を引っ張ってくる。振りほどこうと体をゆすったけれど、彼女は気にせずにつれていく。皺だらけの掌がとても温かかった。
「聖女様~。ご本読んで~」
教会で過ごすようになってしばらくすると孤児達がなつくようになった。なぜかシスターは私のことを聖女と呼んできた。そんなこともあって子供達から聖女様とよばれるように。最初は野良犬でも見るかのように遠巻きに見てきていたけど、好奇心の強い子供はすぐに近づいてくる。今思えば、噛みついてあげれば私なんかに近づいてくることは無くなってよかったのかもしれない。こんな私なんかに近づいてきてもいいことはないから。
「スースー」
本を読んであげるとそんな寝息を立てて寝顔を見せてくる子供達。無表情にそれを見ているとシスターが大きなため息をついてきた。
「はぁ~。あんたの中の氷はいつ解けるんだい?」
シスターはそう言ってタバコをふかす。氷? それはどんなものだろう。私はそんなもの見たことがない。
首をかしげているとシスターは水の入ったコップを見せてくる。
「氷を知らないようだね。そうさね、物としてはとても高価なものさ。寒い地域でしか取れないから希少価値ってやつだね。この水をその寒いところで放置すると固まるのさ。だからね。あんたの心はそんな寒いところにいるんだって言ってるのさ」
シスターの話を聞いて首をかしげる。別に寒いわけじゃないのに心に氷ができる?
「ふぅ。重症だね。まあ、子供の心の温かさに触れればすぐに氷も水になるさ。しばらくは手伝っておくれ」
シスターはそう言って寝室へと入っていった。私は子供達と同じ部屋。夜になると寂しくて子供たちが集まってくるとても温かい部屋。だけど、どこか寒く感じる。それはあなたがいないから?
「シスター。おじさんが呼んでる~」
孤児院でしばらく暮らしていると人相の悪い男たちがやってきた。シスターはタバコをふかしながら相手取ると胸ぐらをつかまれる。
「あまり我々を甘く見るなよ」
男たちは声をあげながらシスターの胸ぐらを離すと去っていく。シスターは素知らぬ顔で子供たちの頭を撫でていく。
「みんな、当分は外で遊ばないようにね」
子供たちに言い聞かせると寝室へと入っていく。そんなシスターから母を感じて私は駆け寄る。
「なんだい? 私に何か用かい? 用事があるんだけどね」
シスターの寝室に入るとなぜか黒装束に身を包んだシスターが立っていた。扉を静かに閉めると私は剣を握っていた。
「なんだい? 私のやることが分かったのかい? でもダメだよ。子供を守るのは私の仕事さ。誰が相手でも私は子供たちを守るのさ」
ニカッと笑うシスター。彼女は見知らぬ私を助けてくれた。次は私が助ける番。どうせ生きていても仕方のない私、彼女の代わりに私が。
「はぁ~。あんたは心の氷を解かすことだけ考えればいいのさ。あんたも私の子なんだからね」
皺だらけの手で私の頭を撫でてくれる。とても温かくて勝手に涙が出てくる。
涙をぬぐってその手を力強く握る。そして、彼女と顔を見あう。
「力強い目だ。いくつもの屍を越えてきてる。でもね、私ほどじゃない。まだあんたはあの太陽のように登れる。何度でもね。でも私はダメさ。この黒装束のように頭まで真っ黒さ。どんな光でも私を照らすことは出来はしないのさ。だから、あいつらを殺すのは私の仕事」
シスターは悲しい顔で話す。私の頭を撫でながら告げられる声、なぜか意識が遠のいていく。毒? なんで……。
次の瞬間、さっきまで朝日がさしてきていたはずなのに月が出ていた。子供達の声も聞こえない。
「聖女様~!」
孤児院の外から子供の声が聞こえてくる。少女の声、私に一番最初に近づいてきた好奇心旺盛な少女。私は剣を握って駆ける。
「ん? おいおい、上玉がいるじゃねえか! 売れそうだな!」
男達が子供たちを連れて去ろうとしていた。子供は無事だけど、男たちはどこかしら怪我をしている。中には手足を切断されているものもいて殺気立っている。
「あのばばあ。こんな上玉を隠してやがったか」
不用意に近づいてくる男。ギラギラとぎらつかせる欲望の眼差し。
彼らの口ぶりからシスターはもう、そう思った瞬間、私はあの火の炎を身にまとっていた。
近づいてきていた男が燃えると男たちは驚き戸惑って逃げ惑う。子供達は燃えない炎、私は炎となって彼らを燃やし尽くす。そして、子供たちの無事を確認するとシスターを探し回る。
「暗殺家業をしていたシスターとはな。なかなか強かった」
村の入口で馬車に乗り込む男を見つけた。馬車の中にはシスターが横たわっている。男たちはどこかしらに血をつけて話し込んでいた。私は剣を構えて男たちに振り下ろした。刹那の瞬間にこと切れていく男達。炎で焼かれるよりも楽に殺してしまった。それはとても後悔することになる。
「シスター……」
シスターの顔は朝見た顔ではなかった。とても見ていられない……。
私は我慢できずに胃の中のものを吐き出してしまう。
「まったく、汚いね~。そんなことじゃ聖女なんて務まらないよ。まあ、私よりかはいいかもしれないけどね」
物言わぬ体になっているはずのシスターの声が聞こえてくる。そして、姿がくっきりと見えてくる。タバコをふかしている姿、波打つ彼女の姿はとても元気そうで今にも私は抱き着いてしまいそうだった。
「子供たちを頼んだよ」
それだけ言ってシスターは消えて行ってしまう。
私は変わってしまったシスターを抱き上げて教会に歩き出す。夜とはいえ、騒ぎのあった夜。野次馬が私を見つけて悲鳴をあげる。
悲鳴を背中に浴びながら教会にたどり着くと子供たちが待っていてくれた。
むせび泣きながら子供達と一緒に彼女の墓を掘る。えづきながらも見ている子供達。私は彼ら、彼女らに泣くのを任せてシスターを墓に埋める。
「太陽……」
いつの間にか陽が登ってきていた。子供たちは目をはらしてお墓に寄り添って眠っている。私のせい……シスターともっと話せていれば。
村を仕切っていた男たちが死に、私たちを縛るものは無くなっていた。だけど、そんな時間も長く続かない。
リックが治めた王都から兵士がやってくる。もちろん、その兵士は彼だった。
「やっぱりな……。生きていてくれた。俺の天使」
不用意に近づいてくる彼は泣き笑いしている。なんだかおかしい。
私を取り囲む子供達が守ってくれるけれど、子供達に「大丈夫」と告げると見守ってくれた。
「さあ、帰ろうぜ。俺たちの国に。もちろん、この子達を連れて」
リックはそう言うと子供達の頭を撫でていく。子供達も嬉しそうに撫でられる。だけど、私は首を振った。
「あなたの天使にはなれない」
血に汚れ、罪のない人を殺めた私が彼の横に立つなんてできない。私は俯いて彼から遠ざかる。子供たちは私についてきてくれて手を握ってくれる。今はこの子達さえいればいい。
「……おいおい、お嬢さん。誰が天使になってくれなんて頼んだ? 自意識過剰じゃねえか?」
初めて会った時のようなリック。調子のいい男に戻ってしまったらしい。私はため息をついて歩こうとする。
すると子供達が私を止めた。
「お前は俺の天使じゃねえ。太陽だ。あって当たり前、いて当たり前の存在だ。離れるなんてありえねえ。なんて言ってもずっと頭の上にいるんだからな」
カラカラと笑うリック。なんだかおかしい。だって、太陽なら月がいるはず、もう一人女をはべらせるつもりなのかな?
思わず笑ってしまうと彼は私の両肩に手を置く。真剣な表情の彼は私を見つめて離さない。
「月もいるの?」
「は?」
空気を読まない私が思わず疑問を口にすると気の抜けた返事をする彼。口をもごもごさせているものだから唇でおさえてあげる。彼は力強く私を抱きしめてくれる。とても温かくて涙が頬を伝う。
「あなたは生きなさい」母の言葉に生かされてよかった。多くの最愛の人に会えてよかった。彼に、リックに会えてよかった。
そう思った瞬間、あの日の記憶がよみがえる。
少年、ルーンと遊んだあの日……私の持つ剣に彼が自分から首を這わせてきた。彼は王の重圧に堪えられなかった。
騒ぎ出す護衛がすぐに城に戻ったのはそのためだった。
「あれ? 私……幸せになってよかったんだ」
ポロポロと涙が零れ落ちる。心配そうに拭ってくれるリック。
「聖女様結婚するの?」
無邪気な子供たちが質問してくる。リックは親指を子供たちに見せると私を抱き上げた。その時、教会の入口で腕を組んでみていてくれるシスターが見えた。
私は彼の太陽になる。月は子供達かもしれない。だって、夜は彼との間に子供達がいるから。
ひに悪夢を見る @kamuiimuka
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